第18話 生類憐みの一徳

文字数 1,561文字

 仁助たちが、永光院の愛猫、たまを救ったことは、

たちまち、市中だけにとどまらず城へまで広まった。

時を同じくして、綱吉公のご側室の実兄を殺害した後、

日本中を逃げ回っていた下手人が

逮捕相成り獄門に処された。

仁助とおひさがいつものように、

犬猫鳥よろず相談所を開いているところへ、

新三郎がひょっこり、顔を出した。

「おまえさんに朗報を持って参った」

 新三郎が開口一番に言った。

「朗報とは何ですか? 」

 仁助が聞いた。

「永光院の愛猫を救ったとの話が城へも伝わり、

西の丸様と謁見出来ることになった」

 新三郎が意気揚々と告げた。

新三郎の話によると、綱吉公の意向である

生類憐みの徳を積んでいる市井の者を

奨励しているとのことだ。

これまでも、数人が奨励されているとの事だ。

「西の丸様は、次期将軍となられるお方であり、

公方様のご意向に従うのが常。

さようなお方に、認められたとはすごいことですよ」

 おひさが大喜びした。

「さもあろう」

 新三郎が満足気な表情で告げた。

「何も、ほめられたくてやっているわけではありません」

 仁助がきっぱりと告げた。

「もしや、断るつもりか? 正気の沙汰とは思えぬ」

 新三郎が怪訝な表情で言った。

「滅相もありません。して、登城はいつですか? 」

 おひさが身を乗り出すと聞いた。

「何故、そなたが答える? 」

 仁助が鼻を曲げた。

「一か月後だ。もちろん、ひとりではない。

わしも同席致す故、心配ご無用」

 新三郎が答えた。

「若旦那様。先生もご一緒でしたら、

恐れる必要はないのではありませんか? 」

 おひさがまるで、仁助の心を見透かしたように言った。

一方、仁助の両親は、またとない話だと大喜びした。

商家の倅が登城して、西の丸様へ

お目通り叶うだけでなく、行いを奨励されるのだ。

「店の良い宣伝にもなる。頑張って来なさい」

「くれぐれも、粗相のないようにしなくてはなりません」

仁助の両親は、仁助の着物を新調させたり、

親戚から、礼儀作法を指南する人を紹介してもらい、

お目通りに備えて準備に励んだ。

登城日まで、一週間を切ろうとしたある日のことだ。

偶然、瀬戸物屋を訪ねた御家人から、奇妙な話をまた聞きした。

「なんでも、数日前、中野の犬小屋で、火事騒ぎがあったそうな」

「そいつは大変じゃないですか!? 」

「二日後に鎮火したはいいが、

火事の際、小屋にいた犬が数匹逃げたそうな」

「えー! 」

 仁助は驚きのあまり、包みかけていた器を落としそうになった。

「おいおい、丁寧に頼むよ」

 客である御家人があわてて注意した。

「すみません。器はこの通り、無事でさあ」

 仁助が決まり悪そうに、器を見せると告げた。

「西の丸様がそれを知ってお怒りになられて、

小屋の役人は総出で、逃げた犬探しをしているわけじゃ」

 その御家人が、包んだ品を受け取ると言った。

「さようで。実は、仕事の合間に、

犬猫鳥のよろず相談をやっていまして。

何かお役に立てれば幸いでさあ」

 仁助が、その御家人の耳元で囁いた。

「それはまことであるか?

もしや、永光院の愛猫を救った市井の人とは、おぬしのことか? 」

 その御家人が代金を手渡すと聞いた。

「さようで。近日、登城と相成りました」

 仁助が答えた。

「登城とな? 御家人のわしでさえ、

叶えたことがないことを

おぬしが先に、叶えるとはけしからん」

 どういうわけか、その御家人の機嫌が悪くなった。

「まいど」

 その御家人を見送った後、

仁助の脳裏に、犬小屋でのひとときが浮かんでは消えた。

もし、中野の犬小屋から逃げたという犬探しを手伝ったら、

犬猫鳥のよろず相談としては、腕の見せ所になる。

何と言っても、永光院の愛猫を見つけ出したことが

まぐれではないことを証明出来るというわけだ。

あの犬小屋での経験があったからこそ、

やりたいことや目標が見つかったのだ。

恩返しにもなるだろう。




















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