第4話

文字数 2,543文字



 893が連射した弾丸がコンクリートの壁や柱に当たって跳ね返り、何発も部屋中を不規則に飛び回る。跳弾だ。その内の一発が正統派幽霊の肩口に当たりうめき声が上がる。落ち武者の一人にも当たってその場に倒れる。
 さっきまでエイリアンの居た場所の背後には、開放された空間が広がっていた。マンションの外壁が作られていない為だ。その後何発もの銃弾を受けた事により、よろめきつつ移動した為に今は固いコンクリートの壁を背にしている。固くて狭い空間での発砲は跳弾の危険が有る為にやってはいけない。
 しかし893は自分の撃った弾が自分の頬をかすめて肉をえぐり取っても跳弾などお構い無しに撃ち続ける。大勢の幽霊達は右往左往して逃げ惑う。

 893の後ろから斜め前にズイッと歩み出た者がいる。立派な鎧を着た落ち武者だ。刀傷だらけの鎧だが、その造りからして身分の高かった武将であろうと思われる。

 ただし首が無い。

 その身体全体から発する威厳と風格によるものなのか、893は気後れしたのか譲ったのか発砲を中止した。
 首無し武将は腰の大刀をすらりと抜き放つと八相に構えた。そのまま地を蹴って一気にエイリアンに駆け寄ると大上段から袈裟斬りにする。武将と共に走り寄っていた二人の足軽が槍で突き刺しすぐに引く。
 武将は首を狙って横薙ぎに電光石火の一閃を放つ。首が飛ぶかと思われた瞬間に、エイリアンが突き上げた下からの拳により甲高い音を立てて刀は折られ、折れた刀身はコンクリートの天井に深々と突き刺さる。
 武将は少しも慌てず折れた刀を一度鞘に納め再び抜き放つ。刀は折られる前と寸分違わぬ元の姿に戻っている。どうやら刀も893の無限弾倉と同じような無限の再生能力を有しているようだ。


 トントンっと軽く肩を叩かれて俺は振り向く。目の前にグレイの顔!!! もう一人いたのかっ!!
 俺は冷や汗がドッと噴き出て心臓がギュッとして止まりそうになるっっ!!!
 が、グレイの身体はスタイル抜群! なんだ多恵子かよっ、脅かしやがって。また着たのか全身タイツ。

「罰野君、わたし携帯忘れちゃったから幽霊達の写真を撮っておいてくれる?」
 くぐもったヒソヒソ声で多恵子は話す。
 あ、ああ、そうだな。そういえば携帯その他は持って無さそうだったな。多恵子の全身にピターッと張り付きまくる全身タイツは、まろやかな曲線の凹凸(おうとつ)ばかりで不自然な携帯の出っ張りとか全く無かったもんな。

「分かった。幽霊がカメラに写るのかどうか分からないが、なるべく多く撮っておくよ」
 俺のスマホはミドルクラスだからカメラの性能はそんなに良くない。元々暗い所での写りは悪いんだがパソコンで補正すれば何とかなるだろう。多恵子の二つ折り携帯よりはマシなはずだがな。
「フラッシュは切っておいてね。幽霊に気づかれたら大変な事になるから」
「その辺りに抜かりはない。カメラのシャッター音も鳴らないようにしてあるからな」
 まったく日本のスマホはメンドクサイ。海外のスマホはシャッター音などしないのに!

 あ、シャッター音を鳴らなくしているのは別に盗撮とかする為じゃないよ。ホントだよ。
 何の為かと言うと、えーとえーと……そうだ! 赤ちゃんの寝顔を撮る為とか犬や猫の写真を撮る為だ。シャッター音で驚かしちゃいけないからな。じゃあ、そういう写真を見せてみろと言われても困るけどな。ホント、盗撮の為じゃ無いヨ。

 で、試しに幽霊達を数枚撮ってみる。確認してみると画像は暗いがちゃんと写っている。これならイケそうだ。

「ねえねえ、バツー、幽霊退治をやりに行ってもいい?」
 この小学生は現状把握が出来んのか?
「お前が今のこのこと飛び出して行ったら、893や兵隊に蜂の巣にされて首無し武将に輪切りにされるぞ、それでもいいのか?」
「幽霊の弾丸なんか、このササラのハリセンで叩き落としてやるし、刀だってへし折ってみせるよっ。この浄化呪文が書かれたハリセンで幽霊だって一撃で消滅させてやるっ!」
「あー、分かった分かった。お前ならきっと出来るんだろうが、今は大人しく見学してろ」
「ヤダヤダっ、幽霊と戦うんだっ! 退治するんだっっっ!!!!!!!」
「こら、静かにしてろっ、幽霊に見つかるっ! 暴れるなっ。駄々っ子かお前っ!」
 俺はササラの口を塞いで押さえ付け、“コンナコトモアロウカト”事前に用意しておいた『対ササラ用秘密兵器』をポケットから取り出してササラの口にねじ込む。
「う、んぐっ、ぐふっ…………むふーーんっ、イチゴ味、甘甘」

 ふっ、やはりな、対ササラ用秘密兵器でササラは大人しくなった。
 まあ、秘密兵器と言ってもチュパカブラにちょっと似た名前の棒付きの丸いキャンディーなんだけどな。ササラには甘い物を与えておけば大人しくなる。これ豆な。

「罰野君、わたしも欲しいなー」
 と、多恵子はくぐもった声で言うんだが。
「そのマスクを被ったまま舐められるのか? 舐められるんならやるけど」
「あ、ああっ! そうだったわっ! マスクのままじゃ舐められない! かと言ってマスクを脱ぐのは絶対にイヤっ!! でも舐めたいっ!!!」
「おいおい、ちょっと落ち着けよ」
「何で普通のキャンディーじゃなくて棒付きキャンディーにしたの? わたしが舐められないと知っててそうしたの? そんなにわたしに意地悪したいの? どうなの! ハッキリ言ってちょうだいっ!!」
 多恵子は俺のTシャツの首元を掴んでゆさゆさと揺さぶる。こら、シャツが伸びる!

 俺は小学生の手からハリセンを借りると、大きな音が出ないように軽くペシっと多恵子の頭を叩く。多恵子の動きがピタっと止まる。
「あ、あれ? わたし、今何かしてた? あれ?」
 ふうーーむ、これはきっと、頭からすっぽりと被った全身タイツのために暑さで頭がやられていたんだな。一瞬霊が憑りついているみたいに見えたよ。いくら怪しい浄化呪文が書かれたハリセンで叩いて正気に戻ったみたいに見えても、それは無いよな、ははっ。
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