第1話

文字数 3,592文字



 来てしまった……。満月に照らし出された通称『お化けマンション』の前に。

 足元の背の高い夏草の雑草が生い茂る草むらからは、様々な虫達の鳴き声が聞こえている。
 周囲の森からは時折、鳥か獣の鳴き声のようなものが聞こえて来る。
 山中に建つ蔦の絡まる廃墟のマンションからは異様な雰囲気が漂っている。

 時刻は午前二時ちょっと前。草木も眠る丑三つ時って奴まであと少しだ。
 隣には高校のクラスメイトの大和良井(おおわらい)多恵子と、多恵子と同じアパートに住む小学生女児のササラが居る。

 俺は後悔している。
 夏休み中で暇だった俺は、同人誌即売会も終わって暇になったであろう多恵子に電話をかけ、アニメのフィギュアでも見に行かないかと誘うつもりだった。
 その時うっかりとお化けマンションにエイリアンの幽霊が出るんだってよーって話してしまったのだ。
 『エイリアンの幽霊? 面白そーっ!』って多恵子は言っていたが、別に面白くねーよっ! 全然面白くねーーっっ!! 俺は幽霊関係は苦手なんだよっ!! ハッキリ言うと幽霊が怖いんだよっ! 今までお化け屋敷とか入った事が無いんだよっっ!!!
 で、なんだかんだで強引に誘われて、今お化けマンションの前に立っているってわけだ。
 ちくしょー、帰りてーっ!

「それにしても、何だよその恰好は?」
「カッコいいでしょ、通販で買って改造したのよっ」
 上機嫌でルンルンしながら多恵子はくぐもった声で答えるが、カッコいいのか? その格好。
 くすんだ銀色に近い色のグレーの全身タイツに、世間一般にお馴染みのアーモンド型の大きな目を持つ宇宙人『グレイ』のマスク。改造したと言うだけあってそこそこの完成度だが、そのプロポーションは無いだろっ!
 全身タイツの胸部の布地が暴力的と言ってもいいほどの大きな双丘の圧力で、内側から押し広げられて無茶苦茶ぱっつんぱっつんだぞ! 布地の悲鳴が聞こえて来そうだ。それに反してキュッと締まった腰の辺りは、布地がピタッと貼り付いてはいるがかなりの余裕が有りそうだ。そしてその足の長さよっ! 伸縮素材だから着られるのだろうが、俺が着たら布地がダブダブに余りそうだ。
 こんなにスタイル抜群な宇宙人のグレイなんて居てたまるかっ!
 って言うか、素材のせいで身体に密着し過ぎて、身体中の微妙なラインや下着の線まで全てをさらけ出した全身タイツ姿に、俺はさっきから目のやり場に困っているんだ!

 多恵子が連れて来た小学生女児のササラだが、こんな深夜にもかかわらずメチャクチャ元気だ。小学生の良い子はもうとっくに寝ていなけりゃならない時間だぞ。
 赤いミニのプリーツスカートにアニメの魔法少女のキャラが大きくプリントされたTシャツ姿は、一見可愛らしいが問題はそのキャラだ。一般の人々が見れば可愛い魔法少女のアニメ絵は小学生の女の子にはお似合いだと思うのだろうが、さにあらず。これは深夜に放送されていたアニメで、謎の光が入りまくりの過激なエッチシーンが頻発していたエロアニメだ。オタクの皆さんには高い支持を得ているが、小学生女児が着るTシャツがこのキャラではちょいとまずかろう。日曜の朝に放送されているようなアニメのキャラにしろよ!
 多分これは、と言うか絶対にこれはコスプレ好きでアニメ好きなオタク女子の多恵子の影響だな。ササラに大量のアニメを見せて洗脳教育を施しているらしい事は度々聞いていたからな。多恵子によるササラのオタク化計画は着々と進行しているようだ。小学生に過激な深夜アニメを見せるとか、ササラの今後の人生に悪影響が出なければいいんだが……。

 当のササラ本人だが、さっきから俺の尻をスパーンスパーンとハリセンで叩き続けている。
「なんだこらっ、痛てーじゃねーか!」
 実際は音の割には痛くない。いい音が出るハリセンを作るには色々とコツが有って難しいのだが、ササラのハリセンはそのあたり上手く出来ている。
「そのハリセンにびっしりと書き込まれている文字みたいなものは何だ?」
「これは霊を浄化する呪文だ。天才ササラが作り上げた至高の一品だぞっ」
 ふーん、俺にはミミズがのたくった様な字にしか見えんがな。だいたい何語なんだよそれっ。つーか、俺の尻には霊は憑りついてないぞっ! 多分。
「ハリセンに呪文を書くのも効果があるのかも知れんが、耳なし芳一みたいに全身に呪文を書くのもいいかも知れんぞ」
「あっ、それイイかも! 全身に書けば霊に突撃アタックが出来るなっ! 今度やってみよっ!」
 冗談のつもりだったんだが、コイツ本当にやるかもしれん。耳に書き忘れるなよ。

「ハアー、ハアー、罰野(ばつの)君、そろそろ丑三つ時だからお化けマンションに入りましょうよ、ハアー、ハアー」
 多恵子が変態みたいにハアハア言いながら俺を促す。
「その全身タイツ、暑いんじゃないのか?」
「そうなの! あっついのっ! メチャクチャあっついのっ!!」
 そりゃあそうだろう。日中よりは涼しいとはいえ真夏の熱帯夜だ。Tシャツ短パン姿の俺でさえ暑くて汗をかいている。そんな時に頭からすっぽりと被る全身タイツで暑くない筈が無い。
「じゃあ、脱げばいいじゃん。全身タイツ」
「イヤよっ! せっかく着てきたのにっ! エイリアンの幽霊に会うんなら、やっぱりエイリアンの恰好をしてないと!」
 良く分からん発想だな。
「でも熱中症になって倒れでもしたら困るだろ?」
「んー、んー、……そうね。みんなに迷惑かけても悪いし……んー、でもねー……」
 そんなに悩むような事か?
「よしっ、脱ぐわ、わたし!」
 そう言うと多恵子はグレイのマスクを脱いで頭を振る。頭の上でまとめられていた長い金髪がほどけて汗ばんで上気した顔に数本張り付く。うっ、なんか色っぽい。エロっぽい。
 しかし、スタイル抜群の金髪美少女が宇宙人のコスプレをしたマスクオフ姿って堪らないものがあるな。心の奥底までぐっと来る。でも俺はその姿をじっくりと観察出来るほどの度胸は無い。たまにチラッと目の端で見るくらいが関の山だ。

「あーっ、やっぱり脱いだ方が涼しくて気持ちいいわーっ」
 って言いながら多恵子は上半身も脱ぎ始める。全身タイツの下から汗ばんだ、たわわな二つの果実がブルるるんっと飛び出す。
「お、おいっ、何やってるんだよっ! 下には何も着てないのかよっ!」
「え? ブラを付けてるじゃない」
「い、いや、そうじゃなくてそんな恰好を他人に見せちゃダメだろう!」
「でも、この白いブラは下着じゃなくて水着だから他人に見せても大丈夫でしょ?」
 うーん、理屈ではそうなんだが、俺にとっては理屈じゃない。下着も水着も大差ない。ますます多恵子を見られなくなる。

「下も脱いじゃえばー? 下も水着なんでしょー?」
 ササラがハリセンで俺の背中をグリグリしながら言う。
「そうねー、どうしようかな?」
 おいおい、勘弁してくれよ。下も脱がれたら俺は完全に多恵子を見られなくなる。今後は目隠しをして行動しなけりゃならないじゃないか! それに山中の廃墟のマンションでビキニ姿の美女が歩いているなんて構図はシュールすぎる! ゾンビ映画じゃあるまいし!

「着替えは持ってきてないのか?」
「着替えなんて持ってないわよ。アパートからこの格好で来たんだから」
 だよなー、持ってないよなー。待ち合わせをした公園でササラを荷台に乗せてマウンテンバイクで現れた時に、暗かったせいもあるが無地のサイクルジャージを着ているのかと思った。胸の辺りに何かぶら下げているなーとは思っていたが。
 それから俺のママチャリの荷台にササラを乗せ換えてここまで来たわけだが、到着してから気が付いた。胸にぶら下がっていたのはグレイのマスクだったという事を。荷物は一切無し。しかし、深夜で人通りが少ないとは言え街中でコスプレするなよ。ハロウィンじゃないんだから。
「下も脱ぎたいけど、エイリアンの幽霊に出会った時に素早く衣装を着れないから上だけで我慢する」
 どうしてもコスプレで幽霊に会いたいようだ。

「ほらほら、バツーっ、幽霊退治に行くよーっ」
 またもやササラがハリセンで俺の尻を叩きながらせっつく。行きたくないんだけどなー、マジで。それに別に幽霊を退治しにここへ来たわけじゃないだろ、ただの見物だぞ。それと呼び捨てはやめろよな。バツお兄ちゃんって呼んでくれ。
「それじゃあ罰野君、元気にお化けマンションへレッツゴー!」
「レッツゴーっっ!!!」
 女子二人は気合が入ってるなー、これじゃ俺も行かないわけにはいかないな。ヤだなー。
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