第7話

文字数 2,114文字





「幽霊を退治するのだーーーーっっっ!!!!!!!!」

 ササラが突然大声を張り上げた!!
「馬鹿、コラっ、ササラ! 大声出すなっ! 幽霊に気付かれるだろっ!」
 ……あ、コイツ寝てやがる。寝言かよっ!
「罰野君……」
 多恵子に呼ばれて目線の先を見た。
「あ……」

 目が合った。幽霊達が一斉にこちらを見ている。
「ササラ、起きろっ、逃げるぞっ!」
「え、あ、ふわぁーあふっ、もうゴハン?」
「ご飯は後だっ、逃げるぞっ!」

 グレイを先頭にして幽霊達がこちらに向かって来る。ササラを抱き起こし、俺は逃げ出そうとした。しかし、なぜか多恵子は逃げようとはしない。
 その場にすっくと立ち上がり、少し足を開いてコンクリートの床をしっかりと踏みしめ仁王立ちになる。
 その後ろ姿の気高い美しさよ! スマホで後ろ姿を写したかったが、とりあえず各部を網膜にしっかりクッキリと焼き付け、脳内HDDに保存! 保存!! 保存!!!

 先頭のグレイが奇妙な声を上げ、俺達の数メートル手前で立ち止まる。後ろから来ていた幽霊達もその場で立ち止まった。
 グレイのアーモンド型の輝く大きな目は、俺とササラには目もくれず多恵子一人を見つめている。なんとなく熱い眼差しにも見える。奇妙な(うな)り声にも熱い何かを感じる。
 あー、違うんだよグレイさん。この人はメスのグレイじゃありません。グレイに雌雄の区別が有るのか知りませんが、この人はただのコスプレ好きの全身タイツの偽グレイです。

「なあっ、逃げないのか?」
 多恵子はグレイに向いたまま、右手を横に向かって水平にビシっと伸ばす。
「罰野君、黙っててっ!」
 真剣な声で怒られた。
「あっ、はい。ごめんなさい」

 多恵子は腕を横に水平に伸ばしたままゆっくりと肘を曲げ、指をピンと伸ばして顎の下に持ってきた。これではまるで『アイーン』のポーズじゃないか! マスクでどんな顔をしているのか分からないが。
 そして水平にした手の平で喉のすぐ下の胸を小刻みに叩きながら、
「ワ・レ・ワ・レ・ハ、ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」

 グレイが猛烈な叫び声を上げる! 怒っちゃったぞ!

「何やってんだよっ、意味分かんねーよ! 早く逃げるぞっ」
 俺は多恵子の手を掴んで走り出す。
「あら、でもさっきのは宇宙人のポピュラーな挨拶でしょ?」
「あれは宇宙人が地球人に対してやる挨拶だよっ」
「えっ、あれっ? そうなの? 勘違いしてた」
 また熱中症で頭がやられてるのか?
「どうせなら宇宙語で言えば良かったんだ」
「でもあの宇宙人の言葉は、なまりの強い古代宇宙語だったから分からなくて」
 ホントかよ。

「あ、ちょっと待って、走ると息が苦しい。マスクを脱ぐから」
 ゼーハー言いながらマスクを脱ぐ。汗ビッチョリ。
「あれっ? ササラが居ない。さっきまで付いて来てたのに」
「罰野君、あそこっ」
 ササラが廊下の中央に仁王立ちしてハリセンを振り上げている。
「さあ、幽霊共、かかって来るのだっ! この天才ササラが全部退治してやるぞっ!」
「あーっ、もうっ、あの小学生はっ!」
 俺はササラを横向きにひょいっと抱え上げて走り出す。小さく軽くて良かったよ。多恵子だったらこうはいかない。
 あ、いや、別に多恵子が太ましいと言う訳じゃないが、標準的な女子高校生を抱えて走るのは俺には無理ってだけだ。標準的とは言っても、肉感的な胸部は標準よりかなりおっきいが。

「こらっ、バツっ、離せーーっ! ササラは幽霊を退治するんだーーーっ!!」
 小学生は手足をジタバタさせてもがく。
「暴れるなよっ、走れないじゃないかっ」
 俺は再び『対ササラ用秘密兵器』をポケットから取り出してササラの口にねじ込む。
「う、んぐっ、ぐふっ…………むふーーんっ、メロン味、甘甘」
 よしっ! 大人しくなった。秘密兵器は効果抜群だっ!


 俺達は一気に階段を駆け下り、長年積もった砂埃を巻き上げながら後ろも振り返らずに玄関を抜け、マンションの敷地の外まで全力で逃げ出した。どうやらここまでは追っては来ないみたいだ。ほっと一安心、ちょっと一休み、どっと疲労感。
「あっつ、あっつ、もう全身びちゃびちゃ、汗だくよー」
 と言いながら多恵子は全身タイツを全部脱いで上下白の水着姿になった!
 羞恥心とか無いんかいこの人はっ! それとも俺は男として見られてないのか? それはそれでちょっと悲しくもあるが、水着姿を眼前で披露してくれるのはありがたくもある。
 汗ばんだ素肌が満月に照らし出され、てらてらと妖艶に光る。甘酸っぱい体臭が鼻孔をくすぐる。
 うーーーんっ、ササラがいなかったら俺、思わず変な気をおこしてしまったかも。今夜は満月だし、狼男になってたかも。男はオオカミなのよ。気をつけてね、多恵子さん。
 ……なんて思ってはみたが、結局俺は何もできないだろーな……。
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