第6話

文字数 2,591文字



 辺り一面は血の海だ。遠くの床や壁にも血や肉片が飛び散り、グレイの頭上の天井からは大量の血の雨が滴っている。血の海に浮かぶのは、クズ肉のようになった幽霊達の残骸だ。

 残るは首無し武将の一団の四人だけだ。
 あ、いや違うか?
 今まで気が付かなかったが、部屋の隅の暗がりに何人かいるような気がする。……気がするだけじゃない! よく目を凝らして見れば、確かに数人の集団がそこにいる。
 他の幽霊達みたいに透けているから見えにくいのかと思ったが、そうでも無いようだ。その集団は全員が頭の上から足の先まで黒い衣装に身を包んでいる。黒い衣装で暗がりにいるから今まで気が付かなかったんだ。
 その集団は無言でじっと動かずそこに立っている。このグレイとの戦闘に参加する意思は無いように感じられる。あそこで何をしているのだろう。


 グレイと幽霊達の凄惨な戦いに見入っていた俺は、その時ハッと気が付いた。相手は幽霊だとは言え、こんなスプラッタ場面を女子供に見せちゃダメなんじゃないかと!
 多恵子を見ると平気そうな顔で、あ、いやグレイのマスクを被っているから顔は分からない。平気そうな態度で身を乗り出して幽霊達を見ている。
 そうだった! 多恵子はゾンビやら悪魔やらモンスターやらの映画が大好きだった! スプラッタ映画が大好物だった! 血が噴き出せば噴き出すほど喜ぶ奴だった!
 俺も大好きとまでは言わないが、洋画の怪物物やスプラッタ物もたまに観る。ただし、邦画の幽霊とか呪いとかの映画はダメだ。怖すぎる。夜トイレに行けなくなる。
 だから今日見た幽霊は最初怖いと思ったが、戦いが始まってスプラッタになった時点で平気になった。まるで映画を観ているみたいだったから。ネチネチとした理不尽な呪いでなければ幽霊も怖くはない。

 ササラはと言うと、うーんと、えーとこれは。
「寝てるのか?」
「さっきキャンディーを舐めながら寝ちゃったみたい」
 ササラは多恵子の柔らかそうな太ももを枕にして、キャンディーの棒を咥えたまま気持ち良さそうに眠っている。小学生は寝てる時間だから無理もない。糖分摂取で眠くなったか?
 R15+指定のスプラッタシーンを見なくてよかったよ。教育上悪いからな。でも、案外平気な顔で喜んで見るのかも知れないが。
「あ、ほら罰野君」
 言われて幽霊達の方を向くと、丁度落ち武者の一団がグレイにやられている所だった。


 頭頂部から鼻先にかけてぱっくりと割られた大きな刀傷の侍が、グレイの指先から発せられた稲妻型の怪光線で切り裂かれている。こいつはさっき893の撃った跳弾で腹を撃ち抜かれて倒れていた奴だ。腹から血を流し、弾丸の突き抜けた背中の大穴からは少し腸がはみ出している。
 トカレフに使われる銃弾の弾頭は値段の高い鉛を使用せず、鉄製の弾芯を使った物も多く初速も高い為、徹甲弾のように貫通力が高い。その弾頭が腹の中で暴れまわり、横転でもして背中を突き抜けた為に大穴が空いたのだろう。
 続けて足軽の二人が為す術も無く怪光線でズタズタに切り裂かれてボロ雑巾のように崩れ落ちる。

 首無し武将は刀で怪光線を弾き飛ばしながら走り寄り、グレイにあと一歩の所まで迫った。
 しかし、光速で放たれる怪光線を弾ききれず、刀を持った右腕の肘から先を切り飛ばされる。鮮血の迸る右腕を気にも留めず、すかさず武将は左手で脇差を抜きグレイに切り付ける。
 グレイの頭頂を割るかと思えた瞬間、全身に怪光線を浴びて魚の三枚おろしのように縦に三つに切り裂かれた。腕の立つ武将でも、やはり飛び道具には勝てなかったか。
 倒れた首無し武将の血まみれの身体に、グレイは尚も怪光線を浴びせ続け、完全なミンチ状態になるまでその手を止めない。先程の武将に切り付けられた袈裟斬りに対して、余程の恨みが積もっていたのだろう。


 これでグレイ以外の他の幽霊達は完全に滅ぼされた。
 グレイは天井を仰いで両手を握りしめ、長い雄叫びを上げる。その声は怒っているような笑っているような泣いているような、それらが全部合わさったような複雑な感情の籠った声に聞こえる。
 地球の幽霊対宇宙の幽霊の戦いは、エイリアンの幽霊であるグレイの勝利に終わった。
 真夏の熱帯夜の長い戦いはこれで閉幕だ。


 だが、これで終わりだと思った次の刹那、異変が起こる。


 床の血の海に散らばる幽霊達の残骸が(かす)かに震え出し、やがて大きく動き出す。
 部屋中に飛び散っていた幽霊達のバラバラな手足の部品や脳髄や骨、細かな肉片までもが元の肉体を求めるかのようにズルズルと床を這いずり回りだす。
 やがてそれらはそれぞれに元の肉体へと結合し始めた。床や天井や壁に飛び散った複数の幽霊達の混じり合ったおびただしい量の血液も、どうやら自分の肉体が判別出来るらしく元の肉体へと吸い込まれていく。

 完全に元の姿を取り戻した幽霊達は、一人、また一人と立ち上がる。
 復元が終わり全ての幽霊達が立ち上がった時には、グレイの流していた緑の血も消え傷口もまた消え去っていた。
 暗がりに潜んでいた黒ずくめの集団は今はもういない。


 グレイが右手の細長い人差し指を突き出す。また怪光線で切り裂くつもりかっ!
 と思ったがなんだか違うみたいだ。
 グレイの指先は幽霊達に向かって少し震えながらおずおずと差し出されている。
 この光景は昔観た名作SF映画のワンシーンを思い出させる。地球に取り残された宇宙人が地球の少年と心を通わせ友達になるという有名な映画だ。

 このグレイもたった一人で地球に取り残され、そしてたった一人で寂しく死んでいったのだろうか。友達が欲しかったのだろうか。
 思い返せば、グレイは最初幽霊達に攻撃されても反撃らしい反撃はあまりしていなかったように思う。グレイはまるで集団でいじめられているようにも見えた。途中で反撃に出たのは我慢の限界だったからかも知れない。本当は心の優しいイイ奴なのかも知れない。
 地球の幽霊達は言葉も通じない異星の幽霊が侵略しに来たと思ったのだろうか。それで自分達の住処(すみか)を守るために戦っていたのだろうか。
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