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文字数 6,323文字

 「・・・なんかよくわからんうちに、文芸部員が増えたな。どうなってるんや」
 翌日の昼休みのことである。
 職員室の嵯峨先生の机に、西京極倖太郎と衣笠誠の「入部届け」が置いてあり、あたしは、えへらえへら薄笑いを浮かべながら、先生の隣に突っ立っているわけで。
「あはは、あたしにもわかりません。何でも昨日の敵は今日の友、って感じだそうで。あ、衣笠君はうちにそのまま入って、西京極はコンピ研との兼ね合いもあるので、掛け持ちするって言ってました」
「まあ、あのままクラスが険悪に分裂するよりかは、そっちのほうがええけど」
 嵯峨先生は、そう言いながら自分の判子をポンポンと書類についてくれた。
「ほい、部長。じゃあ、これを生徒会の顧問の先生まで渡しといて」
「ぶ、部長?」
 完全に想定外の発言に、あたしの声は裏変える。
「アホか。最初からお前が文芸部の部長やないか。これが、入部の時の書類。見てみ、部長の欄におまえの名前が書いてある」
「ま、マジで?」
「はあ?・・・もっとも、つい最近までまともに活動してなかったんやから、部長が誰でも関係あらへんかったけどな」
 やれやれ、と頭を抱える嵯峨先生の横からのぞき込むと、部員名簿の『部長』の肩書きの横にあたしの名前がしっかり書き込まれていたのだった。当然だが、あたしの字ではない。
「こ、これは陰謀です!か、かずちゃんの罠に違いありません!」
「そうか、じゃあ尚更仕方ないな。野宮の陰謀なら、おまえごときで勝てると思うか?」
 うっ、流石は先生。よくご存じで、見抜いていらっしゃる。
「うう・・・。勝てないです」
「じゃあ、頑張れ。部長」
 頭の上にどさっと書類一式を載せられて、あたしは渋々それを有り難く拝領した。
 そっかあ、あたし部長だったのかあ。と、今更ながら、それでもなんとなく納得して、あたしが歩き出そうとした時だった。
「あ、そうや。これ」
と嵯峨先生が、忘れていたように一つの大きな茶封筒を取り出した。
「なんか本が入ってるわ。どこかからの献本かなんかやろ。読んだら部室の棚にしまっといて」
「ケンポン?」
「文芸部宛で今日届いてた。誰かが本書いたか、どこかの部誌を送ってくれたんやないか?早い話が、サンプルプレゼントみたいなもんやな」
 ふうん。まあ、この間あたしたちが他の学校とzineや部誌の交換をしたようなものらしい。
 嵯峨先生は、ちらっと中だけ確認して、どうでも良さげにあたしたちに丸投げしたみたいだった。
「はあい。じゃあ、失礼しました」
 あたしはぺこりと一応おじぎをして、嵯峨先生の机を離れた。そのまま、生徒会の顧問の先生の机に書類を置いて、結局あたしの手元には、謎の茶封筒だけが残っている。 
 職員室から教室へ戻りながら、中の本らしき物体を取り出してみると、白い服を着た女の子が目を閉じて、両手を胸の前で組んでいるイラストが入った表紙の薄い冊子だった。女の子は、まるで眠っているように見える。
 表紙はそれだけで、他にはなんの文字も入っていない。
 不思議な冊子だな、と思いながら、パラパラめくってみると、中表紙にはしっかりとタイトルらしき文字が印刷されていた。
『三十一文字殺人事件』
 わ。殺人?なんとなく、ぎょっとする。女の子イラストの儚げなイメージと重なって、
あたしは少し不安な気持ちになったのだ。
 その瞬間、冊子の中に挟んであった一枚の紙が、はらりと廊下の床に舞い落ちた。
 なんだ?と思って拾い上げると、そこにはとんでもないことが書いてあった。あたしは、思わず叫んでしまう。
「なんだこれ!」
 これは、事件だ!いや、三十一文字殺人事件って書いてあるから事件なんだけど、そうじゃなくて!こんなものが文芸部に届いたこと自体が、事件に違いない。
 あたしは一刻も早くみんなに見せようと、謎の冊子を持ったまま教室へと走り出した。

「・・・ミステリーだな」
 マードックは、その冊子と挟まれていた紙きれを交互に見ながら、呟いた。
「まあ、怖い。誰のいたずらなのかしら」
 由佳は、眉をひそめてブルブルっと肩を振るわせる。
「挑戦状、ってことですよね。きっと」
 摩耶はそういって、ちょっとだけドキドキワクワクしているように見える。
「先に言っておくが、僕の仕業じゃないぞ」
 卑屈な態度なのは、もちろん倖太郎。
「受けてやろうじゃないの。その挑戦」
 にやっと笑うのは、我らがかずちゃん。
 つまり、我がzine部員は、全員でその冊子をこねくり回しながら、突然舞い込んできたこの事件に盛り上がっているわけである。
 あたしがさっき拾い上げた、中に挟まれていた紙には、おそらくこの冊子の送り主からの挑戦状とも言うべき内容が書かれていた。
 以下、その内容を紹介しておく。
『親愛なる各校の文芸部員諸君』
 そんな書き出しで、その手紙は始まっている。
『日々、毎日の学業並びに、部活動での研鑽と修練に励んでおられることと思う。そんな君達の努力を讃えて、ここにゲームを進呈しようじゃないか。
 読んでいただければわかるが、同封の本は一話の推理小説になっている。物語の中で、とある殺人事件が起きるのだが、犯人は明らかになっていない。本来であれば、探偵役の登場人物が無事に事件を解決して犯人をつきとめるというのがセオリーだが、私が最後のページを破り捨てておいたから、犯人はわからないままだ。
 そこでだ、諸君。ぜひとも犯人を解き明かし、このゲームに勝利してほしい。賢明な文芸部の諸君であれば、これくらいたやすいことだろうと信じている。
 解答にたどり着いた場合は、下記のアドレスの掲示板に書き込みをして欲しい。自動的に私の元へそれが転送される仕組みになっている。そして、晴れて正しい解答を導き出した諸君には、私から栄光の賞を授与するつもりだ。
 頑張ってくれたまえ。ははははは。待っているよ。君たちの挑戦を。
 私が何者か。それはこの際どうでもいい。そうだな、「暗闇の歌遣い」とでも名乗っておこうか。私は闇に紛れて、君たちを待っている。では、さらばだ』
 そして、その掲示板とやらのアドレスが記入されていたわけだ。これをミステリーと呼ばずして、なんと言おうか!
「つまり、この本を読んで最後のページに書かれているはずだった犯人を当てればいいってことね!」
 あたしが言うと、マードックが付け加えた。
「そして、できるならこの挑戦状を送りつけた方の犯人も見つけだしたいものだね」
「二重の意味で、ミステリーってことですね」
 摩耶は、なんかよくわからんけど身を乗り出して来ている。
「あたし、気になります!これ、きっと他の高校にも送られてきてますよね!」
「だろうな。各校の文芸部員諸君、とあるから、少なくとも近隣から県内の高校には送りつけられている可能性が高いな」
 倖太郎が、珍しくまとも発言をしながら、メガネを中指できゅっ、と押し上げる。
「嵯峨先生にも、言っておいた方がいいんじゃないかしら」
 由佳はまだビクビクしている。まあ、可愛いったらありゃしない。
「では、捜査本部を結成する」
 今まで黙って事態を見守っていたかずちゃんは、でんっ、と机を叩くと、立ち上がって部員を見回した。
「他のガッコに負けてられないわ。やるからには一番乗りで解決するからね。桜子、あんたは嵯峨先生に他学校の状況を調べてもらって。変態とマードックは、このアドレス関係を洗って欲しい。由佳から順番に、とりあえずどんな話か回し読み。摩耶はコミケ関係に『暗闇の歌遣い』を名乗る人物がいないか調べて」
 淡々と割り振りを決めるかずちゃんは、やっぱり大物だ。
「か、かずちゃんは何するの?」
 圧倒されながらあたしが訊くと、かずちゃんは眉間にしわを寄せながら言う。
「本部長は、部室で待機。各方面からの情報を元に策を練る」
 ほ、ほんぶちょう?
「事件は現場で起きてるの。忘れないで、常盤刑事」
 だいたい何のことかわかってきた。あたしは頭を抱える。か、かずちゃん、あんたあの国民的警察ドラマのファンだったんだね。あんたの引き出しの深さには、やっぱり脱帽だよ。
 
『三十一文字殺人事件捜査本部』
 ・・・とまあ、びろーんと長い模造紙に立派な筆文字で書かれた看板が張り付けられているのは、もちろんあたしたち文芸部の部室である。
 書いたのは約一名。あの子しかいないじゃない。
 放課後になって、職員室で嵯峨先生とひとしきり話込んだあたしが部室へ来ると、既に何人かが室内で盛り上がっていた。
 ガラガラ、と引き戸を開けて中に入る。
「ご苦労。どうだった?」
と部屋の中央でやたら姿勢良く腕組みして座っているのはもちろん本部長かずちゃんだ。
「表のあれ、かずちゃんが書いたの?」
「盛り上がるでしょ?本格的で」
 ああ、心底嬉しそうなのがやっかいだ。
「盛り上がり過ぎだってば。そのうち、あたしにカーキ色のコートとか着せるつもりでしょ」
「いいね、それ!」
「あたしゃ、撃たれるのはいやだからね!」
 はああ、とため息をついて、あたしは机にヘたり込む。
「まあまあ、かずちゃんって。ハマるタイプだからねえ。許してあげて」
 由佳が慰めてくれる。手元にはあの冊子が置いてあり、どうやら読み切ったらしい。
「男子二人、そのうち来ますよね」
 摩耶は、生き生きした表情で言う。ああ、こんなにワクワク顔の美少女に見つめられたら、倖太郎でなくても、胸をきゅん、っと射抜かれてしまうに違いない。
 同性だってこんな気持ちになるんだもの。異性だったらなおさらだ。
 ん?同性でも・・・。いかんいかん、いろんな意味でかずちゃんの世界に引きずり込まれ始めているらしい。
 すると、部室の引き戸が開いて、
「ごめん、遅くなって。情報処理室でかなり調べてきたよ」
と、マードックと倖太郎が入ってきた。
「全員集合ね。捜査会議を始めるわ」
 かずちゃんは、待ってました、とばかりに立ち上がった。

「捜査状況の報告を」
「はい。じゃあ、あたしから。嵯峨先生に話しました。案の上、ちら見しただけで、まさかそんなものが入ってたとは思ってなかったみたいで、びっくりしてたわ。ちょうど、他の学校の顧問の先生からも電話があって、付近の学校にも届いているみたい。送り主が誰かは不明だけど、卒業生か何か、文芸部に関係する人物がいたずらで遊んでるんじゃないか、ってのが先生方の推測ね」
 とりあえずあたしは、生徒に危害を加えるような感じじゃないっぽいから、ほっとこう、みたいな話も出てたことや、嵯峨先生が後で読ませろって言ってたことを報告する。
「卒業生かあ、だったら人数多すぎて犯人特定は難しいなあ」
 倖太郎が、頭を掻いている。隣で、摩耶が手を挙げる。
「あ、あたしはコミケ関係です。友達にいろいろメールで訊いたんですけど、『暗闇の歌遣い』って名前で活動しているサークルや個人はありません。表紙イラストも、写真メールで回して見てもらったけど、心あたりなしです。ただ、アニメ系だけじゃなくて、文学マーケットとか、小説オタが集まるイベントもあるから、そっち方面に詳しい人にも尋ねてみます」
 さすがはオタク少女。ネットワークが広い。
「こっちは、サイト関係。ちょっとソース見てみたけど、他のサイトを経由して外に飛ばしてるから、先の先まではすぐにはわからん。まあ、昨今は無料掲示板なんて誰でもすぐに使えるし、別に被害が出てるわけじゃないから、運営会社に利用者の履歴出させるのは難しいと思う」
 倖太郎はそう言って、
「まあ、裏から手を回せばもう少し切り込めるかもしれないが」
と指で輪を作って「お金」のゼスチャーをしてみせる。
「それはパス。西京極財閥の力なしでも、あたしたちで事件を解くのよ」
 かずちゃんは、しっしっと手で追い払うポーズを取り、倖太郎は恍惚の表情を浮かべている。ああ、なんなんだこいつらは!
「僕の方は、おもしろい発見があったよ」
そう言って嬉しそうに手を挙げたのは、マードックだった。
「報告に入る前に、秦さんの手元にあるその冊子を見て欲しい。捜査に入る前に少し見せて貰って、面白いことに気付いたんだ」
 何なに?何に気付いたの?
 みんなが顔を寄せあって注目する中、マードックは例の冊子をパラパラとめくっていく。そして、破られている最後のページの後ろを開いて見せた。ちょうど裏表紙のところだ。
「ここに奥付がある」
「オクヅケ?」
「うん。本には一応、発行した時期や著者名、作った出版社などの記録が載っているページがあって、それを奥付って言うんだ。この本も一応、それらしい情報が載っている」
 確かに、見ると簡素ながら、奥付らしいものが記載されているのがわかった。
「よく見て欲しい。見逃しがちだけど『zine-novel三十一文字殺人事件』がタイトルになっていて、著者名は『暗闇の歌遣い』と書いてあるだろ?あとは、発行日が今月になってる」
「ジン・ノベル!」
 みんなが一斉に叫んだ。zineという言葉がここに入っているなんて!
「まあ、暗闇の歌遣いさんは、これがzineだという認識を持っている、ってことだよ。つまり、zineを知っている人物なわけだ。そこで、近年全国でzineがどんなふうに流行っているかを、僕はネットで調べたんだ。zineを作っている人たちはたくさんいるけど、彼らのネットワークの中の誰かと関係を持っているかもしれない、と思ってね」
「zineにも、いろんなコミュニティがありそうですもんね」
 摩耶が言う。彼女のメインステージとジャンルは違うが、漫画好きもzine好きも、重なる部分があるだろう。
「で、残念なことに暗闇さんに行き着くことはできなかったんだけど。その代わり、zineを扱ってる本屋さんを見つけた」
「本屋さん!zineって売ってるの?」
 あたしは、びっくりした。まさかあたしたちが作っているような素人の本が、売り物になるという発想がなかったからだ。
「ふつうの本屋さんの片隅で扱ってくれてたり、ネットショップだったりいろいろスタイルはあるんだけど、専門的に売っている本屋さんを見つけた。後で、そこのオーナーさんに、このzineを知っているか尋ねてみようと思ってる」
「すごい!その本屋さん、行ってみたい!」
あたしが思わず叫ぶと、みんなも大きく頷いて同意した。
「よし、じゃあ。本屋さんの件は次の休みの日ね。あとは・・・、肝心の小説の中身が問題」
 かずちゃんが、由佳を促す。由佳はしっとりと立ち上がって説明を始めた。
「うんと・・・、後でみんなにも読んで貰うんだけど、要約しておきます。どうせ犯人はわからないんだから、あらすじ先に言っちゃってもネタバレだなんて怒らないでね」
「怒らない怒らない。大丈夫だから教えて」
 あたしが言うと、由佳はにっこりと頷いた。
「物語はとある短歌会、つまり短歌を詠む人たちのサークル内のお話しなの」
 そして、由佳は語りはじめた。三十一文字殺人事件、というその物語の内容を・・・。
 さてみなさん聞いてください。それはもう、なんとも物悲しいお話だったわけで。
 ここから先は、少しの間、由佳のお話に耳を傾けて、みんなもぜひ推理に参加して欲しいので、よろしく!
 あたしたちは、身を乗り出しながら、由佳の語りに引き込まれていった。
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登場人物紹介

常盤桜子(ときわさくらこ)

いわずと知れたこの物語の主人公。文芸部の部長に昇格?!

野々宮一美(ののみやかずみ)

新たな僕(しもべ)を引き連れて、さらにパワーアップした文芸部の闇のエース。

秦由佳(はたゆか)

おだやかでたおやかな、文芸部の癒し担当。

堀川摩耶(ほりかわまや)

同級生なのに妹キャラなのはなぜ?文芸部のロリ担当。

西京極倖太郎(にしきょうごくこうたろう)

新たな何かに目覚めてしまった相変わらずの奇妙な男。でも憎めないお金持ち。

衣笠誠(きぬがさまこと)

新聞屋さんの息子。メディア王マードックと呼ばれている。実は1巻からいたんだけどね。

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