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文字数 5,421文字

 電車はあたしたちの住む地方の町から、どんどんと増える家々の町並みを抜けて大都会へと向かっている。
 休みを利用して、あたしたちはzine専門店の本屋さんを訪ねてみることにしたのだ。
「いやあ、なんか修学旅行の予行演習みたいだねえ」
と、あたしは窓から流れる風景を見ながら由佳に言った。
「ほんとうね。すぐ来年二年生になるんだもの、おんなじ班になったら嬉しいわ」
 モスグリーンのシートにゆったりと深く腰掛けた由佳も、清楚なスカートに白いカーディガンをふわふわひらひらさせながら言う。
 かずちゃんは黙って、スマホをいじくりながらちょこんと座っている。モノトーンの服が、いかにもかずちゃんらしいチョイスだ。さっきから真剣な表情なので、時間を惜しむように、暗闇の歌遣いの情報探しに懸命なのだろう。
 マードックは、嵯峨先生から返してもらった「三十一文字殺人事件」の原本とにらめっこしている。こちらも何か手がかりがないか、調べているらしい。
 倖太郎と摩耶は、何やら新番組のアニメの話でもしているようで、某アニメ会社の絵のクオリティがどうのだのと、オタクな会話で微笑ましい。
 ZNBは恋愛禁止なのだそうだが、ご主人様が目くじらをたてるような、そんな感じでもないから、まあいいか。実のところ、摩耶のふだんの服装が想像つかなくて、絶対領域も艶めかしいゴスロリでも着て来られたらどうしようと思っていたのだが、その心配は無用だった。
 ああ、ちなみに男子二人の服装に全く言及しないのは、そんなことをしてもかずちゃん以外に誰も興味がないからだ。悪意はないことを申し添えておく。
 マードックが調べてくれたzine専門店は、あたしたちの町から電車で小一時間ほどかかる都市にあるらしい。zineがたくさん揃って言う本屋さんって、どんなに素敵な所だろう、とわくわくする。
 あたしにとっては、他の人が作ったzineを見られることが、実はとっても待ち遠しい気持ちだった。
「あのさあ、由佳はやっぱり芸術家になりたいの?」
 ふとそんなことを尋ねる。由佳は、ふふふ、と笑って答えた。
「芸術家だなんて!そうねえ、デザイナーさんとか、本の装丁とか、そういうのには興味があるわ。なんていうか、ふつうの人にいろいろ使ってもらえるような、そういう作品を作る仕事がいいかな」
「将来のこと、ちゃんと考えてるんだ、えらいねえ」
「桜子は、進路希望とか決めてるの?」
 ぎくり、だよ。そうくると思ったさ。
「あたしは、まだよくわかんない。zine部でも、あたしの生かせる力なんてわからないまま勢いでやってるし、昨日の謎解きだって、あんまり役に立ってないし」
 ぶっちゃけアホ丸だしだったもんなあ、と振り返るだけで恥ずかしい。結果として謎が解けたのは良かったのだけれど。
「桜子は、桜子だからいいんだよ」
 かずちゃんが、急に話に入ってきた。なんだ、ちゃんと聞いてたんだ。
「あんたを部長にしたのも、正解だと思ってる。倖太郎との対決の時だって、昨日だって、なんだかんだ言って最後にちゃんとまとめてくれるのは桜子の力だから。あんたは力に気づいてないだけだよ、きっと」
 かずちゃんは、いつもあたしをうるっとさせることを言う。
「いや、なんていうかそれはね」
 あたしは、ちょっといっぱいいっぱいな気持ちで言った。
「そういうの引き出してくれてるの、かずちゃんや由佳や、みんなだと思うんだよ。あたし一人じゃ、たぶん非力なんだよ」
「それを言い出したら、全員そうだと思うけどな。僕だって非力なものさ」
 マードックだった。
「だから、こうやってみんなで何かに立ち向かうわけで。部活してると、自分一人じゃできないことに、みんな気づかされるんだ」
 なるほど、そういうもんなのかあ、とあたしは頷く。だとしたら、これから学年が上がって、卒業して、一人で社会に出ていくことになったら、あたしはどうしていいかわかんない。
 社会に出てから、みんなで集まったり、何か作ったり、こうして出かけることって、あるんだろうか。
 暗ーい顔になっているのに気づいたのか、
そっと、由佳があたしと手をつないでくれた。
「桜子は、いっつもテンションがころころ変わるのねえ。大丈夫、ずっとみんな仲間でいられると思うよ」
 ばれてるなあ、と頭をコンコン叩く。てへぺろだよまったく。
 電車は、ゆったりゆったりと町の中を進んでいった。あたしはきっと、すばらしい仲間に恵まれているんだ、とちょっとだけ由佳に肩をもたれかけながら、思った。

 zine専門店「DANDELION」は、都会の片隅にひっそりと残った古い町並みの一角の、これまた取り残されたようなレトロなビルの中にあった。
「わあ、不思議な建物ね」
と、由佳が目を見開きながらきょろきょろとビルの中を見回している。
 ビル、といっても小さな部屋の集まった雑居ビルというか、古いアパートのような作りで、いかにも由佳が好みそうな小さな雑貨屋さんとか、小物を扱うようなお店がたくさん入居している。
「なんでも元は会社の寮だったらしいよ」
とマードックが言う。
「いろんなお店がありますね」
と摩耶も楽しそうだ。
 あたしたちは、階段をとんとんと上がり、三階の角部屋にある、「DANDELION」の扉をそっと開けた。
「いらっしゃいませ」
 店主さんらしき若い男性が、軽くおじぎしてくれたのが見えた。
「あの・・・お邪魔します」
 あたしたちは、恐るおそる中へ入る。そこは本当に名前通りタンポポのように小さなお店で、壁にはたくさんのいろとりどりのzineがレイアウトして飾ってあり、棚にもたくさんの手作り本が並んでいるお店だった。
「わあ!zineがたくさん!」
 思わす声を上げてしまうほど、たくさんのzine、zine、zine!
 本来の目的を忘れてしまって、みんな夢中で貪るようにzineをめくりはじめた。
 写真のzine、イラストのzine。小説・エッセイ・詩。図鑑みたいなテイストのzineもあれば、まさにモノクロコピー一色の、コンビニでコピーして作りました、みたいなzineもある。
 中には、ちゃんと印刷所で作ってもらったような、本格的なものも並んでいたので、思わず
「すごいね。本格的だ」
とかずちゃんと囁き合う。
「リトルプレスって言って、個人で作っているんだけどちゃんと印刷製本したものもあるんですよ」
と店主さんが教えてくれた。
「みなさんみたいな高校生の方が作ったzineも、こちらにあります」
 そう言いながら、何冊か見せてくれたので、あたしは思わず
「あ、あの!あたしたちもzine作ってるんです!」
と興奮しながら言った。
「それは嬉しいです。もし、良かったらうちに置かせてもらうこともできるから、ぜひご相談くださいね」
と店主さんはにっこり笑ってくれた。
「本当ですか!わあ!」
 由佳が、まっすぐな目で店主さんを見つめている。やっぱり、由佳はアーチストなんだなあ、と思う。彼女はいつか、いろんな素敵な作品を作って、世の中で活躍してくれるに違いない。
 ひとしきり、あたしたちはzineを読みまくって、それぞれ自分の気に入った作品を買ったりしながら、時間が過ぎるのも忘れていた。摩耶はもちろん、漫画っぽいテイストのzineをチョイスしていたし、マードックは書評なんかがいっぱい詰まった真面目なzineを買っている。
 可笑しいのは倖太郎で、ガーリーな女の子の絵のドローイング集を買おうかどうしようか迷っているので、
「あんたさ。もうどんな趣味の持ち主でも驚かないから、気にいったんなら買いなさいよ」
とあたしが小突いたら、本当に恥ずかしそうに照れていた。
「あ、そうだ。あの、お尋ねしたいことがあるんです」
 思い出したように店主さんのところへ駆け寄ったのは、マードックだった。
 そうそう。そうなのよ。本来あたしたちがここへ来た目的は他にあったのだ。
「これ、ご覧になったことありますか?」
 三十一文字殺人事件、を取り出して、見てもらう。
 店主さんは丁寧に冊子を見ていたが、
「うーん、残念ながらうちで取り扱ったこともないし、どこかのzineフェアとかで見たこともないですね」
と首を横に振った。
「そうですか・・・、暗闇の歌遣い、という人が作者らしいんですが、その名前にも心あたりありませんか?」
「うたつかい、さんですか。歌、ねえ。自作の曲や短歌とか俳句をテーマにしたzineもたくさんあるけど、その名前もあまり聞いたことないなあ」
 残念だね、という顔でマードックとあたしたちは顔を見合わせる。
 この店なら手がかりがありそうだったのに、ちょっと振り出しに戻った感じだった。
「そうですか・・・。あ、でも僕ら高校でzine部を作ったんです。これから、またいろいろ相談に乗ってもらうかもしれないので、よろしくお願いします!」
 マードックはそう言っておじぎをする。
「お、お願いします!」
 あたしたちも、一緒に頭を下げた。すると、店主さんは驚いた顔で
「zine部ですか!それはすごいね!・・・僕もzineの作り手さんとたくさん出会ってきたけれど、そんな部活は初めてです。zine部があるなんて、素敵じゃないですか。ぜひ、こちらこそ、いろいろ情報交換させてください」
と、お店のメールアドレスなど連絡先を教えてくれた。
「あの・・・、じゃあ、これ見本で置いていきます」
 かずちゃんが、あたしたちの最初のzineを店主さんに手渡した。
「すごいじゃないですか!これはもうちゃんとzineになってますよ。zine部かあ、楽しそうでいいなあ」
 店主さんは本当に自分のことのように嬉しそうだった。
 きっと、ここへは何度も遊びにくるだろう、そんな予感がした。あたしたちにとって、この店はかけがえのない場所になるに違いない。日本中や世界中のzine作家さんたちと、いろんな繋がりが生まれそうで、あたしはこの店が大好きになったのだ。
 

「残念だけど、暗闇の歌遣いについては、収穫なしだったなあ」
 帰り道、マードックはかなり悔しそうな顔をしている。
「本当ですね。・・・これで手がかりがなくなっちゃった」
 摩耶も悲しそうな顔をする。
「後は、掲示板に書き込んだ返事を待つしかないってことか」
 倖太郎が言う。
「状況を整理する」
 かずちゃんが指を折って数えはじめた。
「まず、zine関係者には、暗闇の歌遣いがいない、ってこと。次に、県内の文芸部にターゲットを絞っていること。それから、冊子が送られていない学校があること。ネットを使いこなしたり、メディアに詳しいこと」
 ふむふむと聞いているが、そうなると
「それじゃ、どんどん嵯峨先生とか、ここにいる倖太郎が送り主何じゃないかって思えてくるよね」
ってことになる。
「いや、何度も言うが私ではない。第一、そんなことをするメリットがないし。常盤さんたちに仕返しとか、そういう目的だったら、いろんな学校を巻き込む必要がないじゃないか」
 倖太郎は、落ち着いている。至極もっともだし、当たり前の推理だ。
「私には、嵯峨先生が演技してるようには見えませんでした」
 摩耶の言葉だって、もっともだ。
「じゃあ、本当に見当がつかないわ。怖いけど、まさに暗闇に潜んでるって感じ」
 由佳は、心から不安そうにそう言った。
「あ、そうだ」
 そういえば、である。あたしはずっと気になっていたことを思い出した。
「あのね、あたしあの表紙の女の子の絵、どっかで見たことあるような気がするんだ。でも、全然思い出せないの。みんなはそんな記憶ない?」
 誰もがううん、と首を横に振る。
「そっかあ、じゃあやっぱりあたしの気のせいなのかなあ」
 釈然としない気持ちで、歩き続ける。だんだんと街に夕闇が迫ってきていて、あたしたちは自然に歩みが早くなった。
「倖太郎の言うとおり、待つしかないかもね。きっと、また何か連絡してくるはずだもの」
 あたしはみんなを励ますように言う。そうだね、と一応自分たちを納得させるように、みんなは頷きあった。
「あした、まだもう一日休みだし、この件は忘れてゆっくりしようよ!」
 そう言って、無理やり笑顔を振りまく。ともかく、今日はお疲れさまなのだ。
 ふと、みんなの顔を見て気になったのは、マードックのことだ。もちろん、みんなそれなりに沈んだ顔をしているのだが、彼の表情だけが、やけに重く、暗く、思い詰めたように見えたからだ。
「ねえ、マードック。いろいろ調べてくれてありがとうね。おかげで素晴らしい本屋さんに出会えて、感謝してるわ」
 あたしが言うと、彼は話を聞いていなかったように、
「え?」
と、こちらを見て、
「あ、ああ。そうだね。あそこにzineを置いてもらえるように、頑張らないと」
なんて作り笑いをした。
 ・・・なんか気になる。どうしたのかな。 けれど、マードックは、心配かけまいと思ったのか、倖太郎とどうでもいい四方山話を始めた。あたしは腑に落ちなかったのだけど、ともかく、自分たちの町まで戻り、そして今日のところは解散ということになったわけだ。
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登場人物紹介

常盤桜子(ときわさくらこ)

いわずと知れたこの物語の主人公。文芸部の部長に昇格?!

野々宮一美(ののみやかずみ)

新たな僕(しもべ)を引き連れて、さらにパワーアップした文芸部の闇のエース。

秦由佳(はたゆか)

おだやかでたおやかな、文芸部の癒し担当。

堀川摩耶(ほりかわまや)

同級生なのに妹キャラなのはなぜ?文芸部のロリ担当。

西京極倖太郎(にしきょうごくこうたろう)

新たな何かに目覚めてしまった相変わらずの奇妙な男。でも憎めないお金持ち。

衣笠誠(きぬがさまこと)

新聞屋さんの息子。メディア王マードックと呼ばれている。実は1巻からいたんだけどね。

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