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文字数 5,266文字
それじゃあ、私の拙い説明で申し訳ないけど、あらすじをお話します。
江戸時代からの古い街並みが残る小京都のひとつ、として知られたある町で、その事件は起こりました。
折しも浜風の強い季節のこと。海岸に一人の少女の遺体が打ち上げられているのが発見され、町は大騒ぎになります。亡くなっていたのは、与謝野舞(よさのまい)という旧家の娘で、町でも一番の美しさと評判の学生さんだったの。
すぐに警察沙汰になって、いろいろと捜査が始まったのだけれど、死因が鋭利な刃物で刺されたことによる失血死、ということがわかっただけで、犯人の特定には至りませんでした。
でもね、舞ちゃんの交友関係を洗っていくと、少しずつ彼女を取り巻く人たちが浮かび上がってきたわけ。
まず、舞ちゃんは、町の短歌会に所属していて、その会に参加していた人たちの中に、きっと彼女と利害関係があるだろう、という怪しい人物が何人かいたの。
警察が真っ先に疑ったのは、舞ちゃんと恋愛関係にあったと思われる島木隆(しまきたかし)という青年。恋人同士だったらしい、ということは周囲も気づいていたのだけれど、二人の間にトラブルがあったかどうかまでは、ちょっとわからない感じ。
でも、警察が絞り上げても、島木くんは彼女を亡くして憔悴し切っているだけで、はっきりとした動機も、ましてや凶器も発見されないもんだから、警察も逮捕するまでには至らないの。
それからね。短歌会に、舞ちゃんに恋心を抱いていたらしい男性や、あるいは古い町のことだから、家と家との確執で与謝野家と不仲だったお家のご子息もいて、捜査は難航してゆきます。
ええっと、怪しい人物を拾いだしていくとね。舞ちゃんが島木くんと交際する前に、以前から好意を寄せていたのが正岡巧(まさおかたくみ)って同級生で、この人はどうも一度舞ちゃんに振られているみたい。
それから、家同士のトラブルがあったのは、斉藤玄太(さいとうげんた)という地主の息子で、代々与謝野家とは領地争いが続いていたんだって。
もう一人、若山哲弥(わかやまてつや)っていう地元新聞の記者がいて、彼は舞ちゃんの亡くなる前日に最後に彼女に会っただろうと思われる人物なの。
もちろん、警察も彼には目をつけてるわ。ただ、こっちも物的証拠が上がらないから、参考人止まりになってる。
つまり、怪しい人物は四人ってことね。でも、全員直接的な証拠はないわけ。
ところが、少しずつ事態は不思議な方向へ進んでいきます。ここからは、さらにミステリーよ。
あのね、短歌会のメンバー内では、なんとなく自分たちの中に犯人がいるんじゃないか、ってことですっごく疑心暗鬼になっていくんだけど、彼らをさらに恐怖に陥れるような事件が起きるの。
みんなが短歌会を開催するのに使っていた古い公民館の会議室にね、一枚の短冊が置いてあるのが発見されるわけ。
その短冊には、
「その子二十櫛にながるる黒髪の少女の遺体浜にあがりき」
という短歌がワープロで書き付けてあって、これは舞ちゃんのことだ!とメンバーはみんな騒然となってしまいます。誰かのいたずらにしてはタチが悪すぎるでしょ?でも、事件のことを何か知っている人物の仕業だろう、と互いが互いを信じられなくなっていくの。
警察にももちろん届けるんだけれど、誰の仕業だとか、どんな機械で印刷したかとか、すぐにはわからないのね。
そうこうするうちに、第二、第三の短歌がいろんなところで見つかってゆくんです。
「のど赤き玄鳥ふたつ空にゐて少女は既に死にたまふなり」
「青年は悲しからずや恋人は海のあおにも染まずただよう」
これはもう、短歌会の誰かがわざと置いているに違いない。でもなかなか短冊を置いている人物も突き止めることができないの。
そんな時、警察が付近の海岸で凶器と思われる刃物を発見して、捜査が進展するか、と期待するんだけど、どうもかなり古い刃物を研ぎ直して使ったらしくて、入手先から犯人を絞りこむことも難しいことがわかったので、事件は振り出しに戻ってしまいます。
すると翌日にはまた短冊。
「くれなゐの二尺のびたる刃渡りの凶器がつひに発見されり」
メンバーたちも互いに罵り合うようになって、短歌会の内部はもうめちゃくちゃになるんだけど、それでも犯人は出てこないわけで。
そして、彼女がなくなって四十九日の法要に際に、最後の短冊が見つかるの。
「安らかに眠る少女の声聞けば心に染みて生きたかりけり」
ってね。
この短歌が見つかったことで、荒れていた短歌会のみんなの気持ちが少し落ち着きを取り戻すっていうか。ほら、舞ちゃんが無念な死に方をした、っていうことをあらためて実感してね。みんな歌詠みだからぐぐっと心に伝わるものがあったんじゃない?
ここから一気に事件が解決に向かうのだけど、要するに最後は、この短冊を置き続けた人物がついに見つかってしまって、彼がこれを置いた真意をみんなに語るわけ。そして、翌日、警察に舞ちゃんを殺害した犯人が、自首する、っていうラスト。
でもね、その「誰が犯人だったか」というオチのところが、破られてるからわからないの。私たちに出されている問題は、その犯人探しってこと。
以上、秦由佳がお届けしました。
「なるほど、とてもわかりやすい説明、ありがとう」
そう言って、こくこく頷きながら、マードックが腕組みして考えこんでいる。
「面白いことなんだけど、この話の中にも二つの謎が仕込んであるんだね」
「二つ?ですか?」
摩耶が尋ねたので、マードックは続ける。
「うん。一つはもちろん、与謝野さんを殺した真犯人探しだけれど、物語は短冊の置き主のほうもミステリー仕立てで進んでるじゃないか」
「ああ、なるほど。見えない敵みたいなのが二人いるわけですね」
「そういうことだ。ちなみに、秦さん。短冊の置き主のほうは、物語の中で明らかになるのかな?」
「ええ。短冊のほうの犯人は若山さん。新聞記者の」
「最後に会った人物ってことね」
あたしが言う。
「若山さんがそんなことした意図は?」
続けて訊くと、由佳はぴっと人差し指を立てた。
「そこよ。彼は、最後に真犯人らしき人影を見たのよ。でも、もちろんそれが誰なのかは、物語の中にも出てこないし、わからないような書き方になってるのがポイントってこと。でも、真犯人にはわかったのね。自分が見られていた、若山さんにはバレているらしい、って気付いて観念するのよ」
「僕なら、真っ先にその犯人を名指しで問いつめるがなあ」
倖太郎が言うのももっともだ。あたしだって、犯人に気付いていたのなら、真っ先に胸ぐら掴みに行くだろう。
「そこがほら、やっぱりもともとはおなじ短歌会の仲間だってこともあって、自分で罪を償ってほしかったんだと思うわ。若山さんが短冊のことを見つかった時も、彼は最後まで自分では犯人の名前を挙げないの。うーん、このあたりは、ちょっと泣けるかな」
なるほど、そういう悲しげなテイストの展開なのだ、とあたしは納得した。
「それにしても、だ」
マードックは、まだ引っかかっている。
「物語中の二つの謎のうち、一つは解けているからまあいいとして、こっちの謎は二つとも解けてないのが気に食わない」
「同じく、気に食わないよね」
かずちゃんが、同意する。いやあ、賢い人たちは、あたしたちとツボが違うねえ。
「どこが気にくわないの?かずちゃん」
「桜子は気付かない?物語の内部では二つの謎。そして、物語の外にも二つの謎。暗闇の歌遣いって奴は、なかなか手強いよ」
「物語の外?」
「ああ、僕らの世界のことだ。つまり、物語の外にも謎がある。ひとつは、もちろん犯人を当てて正解を送りつけることだけど、もう一つの謎は・・・」
「そっか、暗闇の歌遣いの正体!」
あたしの叫びに、かずちゃんは「ご名答」と頷いた。
「ってことは、問題に正解しても、まだ歌遣いさんの正体を暴くまで、真の正解じゃないってことですか?」
摩耶の目が、さらに輝く。この子は、謎が多ければ多いほど、幸せなタイプらしい。
「そういうこと!」
マードックが持った湯呑みをバッタと落とし、小膝叩いてにっこり笑う。いや、ごめん。これも関西人の読者にしか、ちっともわからないよね。ありがとう。
とりあえず、もう少し調査続行、ということでその日の操作本部はお開きになった。
回し読みする時間がもったいない、と倖太郎がその後すぐ、情報処理教室で小説をスキャンして、みんなのスマホにデータで送ってくれたので、今夜は読書で眠れそうにない。
倖太郎ったら変態の割に、意外と使えるじゃない、とちょっとだけ見直してやる。
電子メディアも、使い方によっては便利なものだ、とあらためて実感して、あたしが帰ろうとした時だった。
「おう、今帰りか」
嵯峨先生だ。
「あ、先生。・・・ちょうどいいんだか悪いんだか。放課後、いろいろ調べたけど、冊子の送り主もわからないし、謎解きもまだ未解決です。あ、そうだ。みんなコピー持ってるから、原本を先生読みます?」
「ん?ああ、貸してもらうわ」
嵯峨先生は、あたしから「三十一文字殺人事件」を受け取ると、パラパラとめくっている。
「推理小説になってるんやな。これでも昔は武庫川散歩の探偵小説を全巻読破したんや」
先生は、嬉しそうに有名な推理小説家の名前を出している。
「部内では、二つの謎解きで盛り上がってますよ。ひとつは、物語の中の犯人探し、もうひとつは、その本の送り主探し」
「なるほど。送り主のほうは、文芸部顧問の先生方の間でも話題にはなってるけど、難しいなあ。郵便の消印は、うちの県の県庁所在地だから、件数が多すぎて特定不能やし」
「やっぱり、各校の先生方も、気になってるんですか。・・・とりあえず、物語の謎解きを最初に済ませた方が早そうですね」
「よし、俺も挑戦してみる」
まじすか?あらまあ、そんな子供っぽい。
「おまえらに負けられへんからな。絶対先に解いてやる」
そう息巻いている嵯峨先生を、ちょっとだけ可愛いと思った。この人は、気難しいところもあるが、やっぱりお茶目なおっさんだ。
彼女とかいるんだろうか。一条先生とはどうなのかな、と気になることが次々浮かんできてあたしは可笑しかった。
「あたしたちだって負けません!こないだみたいに、絶対出し抜いて見せます」
Vサインを突きつけて、あたしはにかっと笑った。
「ふふん。大人をなめたら、あかんで。なんなら部室を賭けて勝負するか?」
「ち、ちょっと待って!それはダメ!あぶないあぶない。危うく先生の罠に引っかかるとこだった」
確かに大人は汚いぜ。とあたしは早々に逃げ出すことにする。
「じゃ、先生さよならっ」
「あ、こら待てっ!」
後ろも見ずに、小走りで走り出す。
実のところはね、このミステリーそのものが、嵯峨先生が仕組んだいたずらなのかもしれないとちらりと思ったこともあるのだけれど、どうもそれは違うぽかった。何故なら、冊子をめくってるときの先生の表情は、かずちゃんとか摩耶とかと一緒で、やたらドキドキわくわくキラキラ輝いていたからだ。
なんかよくわからないけれど、『暗闇の歌遣い』のせいで部のみんながいっそう生き生きしてきたことには間違いない。
なんだか、やたら面白くなってきたってもんよ。
その日の夜は、案の上「三十一文字殺人事件」を読むのにハマってしまい。あたしはなかなか寝付くことができなかった。
ベッドの脇に置いたスマホを取り出しては、データ化された文章を読み返して、やっぱり閉じて、またファイルを開いての繰り返し。
でも、残念なことに、与謝野さんを殺した犯人に繋がるような手がかりは、あたしの読解力では全く得られなかった。
強いて言えば、表紙に描かれた女の子の姿、これがきっと亡くなっている与謝野さんの姿なんだろうなあ、としみじみ見入ってしまうだけだ。
そんなとき、ふいにものすごく不思議な気持ちに襲われるのを感じた。
あれ?なんだっけこの感じ。どこかでこの子にあったことがあるんだろうか。それとも、どこかでこの絵を見たことがあるんだろうか。懐かしいような、親しみを感じるような、変な気持ち。
きっとこの絵のテイストが、今風の絵じゃなくて少し昔風の味わいだから、そんな風に思うのかもしれない。
小さい時に買ってもらった漫画雑誌の絵柄というか、古本屋で少女漫画を物色している時に発見した知らない漫画の絵柄というか・・・。
そんなことをいろいろ考えているうちに、どうやらあたしは眠っていたらしい。
「桜子!いつまで寝てるの!遅刻するよ!」と母親に頭をシバかれて飛び起きた時には、すっかり翌朝になっていたからだ。
江戸時代からの古い街並みが残る小京都のひとつ、として知られたある町で、その事件は起こりました。
折しも浜風の強い季節のこと。海岸に一人の少女の遺体が打ち上げられているのが発見され、町は大騒ぎになります。亡くなっていたのは、与謝野舞(よさのまい)という旧家の娘で、町でも一番の美しさと評判の学生さんだったの。
すぐに警察沙汰になって、いろいろと捜査が始まったのだけれど、死因が鋭利な刃物で刺されたことによる失血死、ということがわかっただけで、犯人の特定には至りませんでした。
でもね、舞ちゃんの交友関係を洗っていくと、少しずつ彼女を取り巻く人たちが浮かび上がってきたわけ。
まず、舞ちゃんは、町の短歌会に所属していて、その会に参加していた人たちの中に、きっと彼女と利害関係があるだろう、という怪しい人物が何人かいたの。
警察が真っ先に疑ったのは、舞ちゃんと恋愛関係にあったと思われる島木隆(しまきたかし)という青年。恋人同士だったらしい、ということは周囲も気づいていたのだけれど、二人の間にトラブルがあったかどうかまでは、ちょっとわからない感じ。
でも、警察が絞り上げても、島木くんは彼女を亡くして憔悴し切っているだけで、はっきりとした動機も、ましてや凶器も発見されないもんだから、警察も逮捕するまでには至らないの。
それからね。短歌会に、舞ちゃんに恋心を抱いていたらしい男性や、あるいは古い町のことだから、家と家との確執で与謝野家と不仲だったお家のご子息もいて、捜査は難航してゆきます。
ええっと、怪しい人物を拾いだしていくとね。舞ちゃんが島木くんと交際する前に、以前から好意を寄せていたのが正岡巧(まさおかたくみ)って同級生で、この人はどうも一度舞ちゃんに振られているみたい。
それから、家同士のトラブルがあったのは、斉藤玄太(さいとうげんた)という地主の息子で、代々与謝野家とは領地争いが続いていたんだって。
もう一人、若山哲弥(わかやまてつや)っていう地元新聞の記者がいて、彼は舞ちゃんの亡くなる前日に最後に彼女に会っただろうと思われる人物なの。
もちろん、警察も彼には目をつけてるわ。ただ、こっちも物的証拠が上がらないから、参考人止まりになってる。
つまり、怪しい人物は四人ってことね。でも、全員直接的な証拠はないわけ。
ところが、少しずつ事態は不思議な方向へ進んでいきます。ここからは、さらにミステリーよ。
あのね、短歌会のメンバー内では、なんとなく自分たちの中に犯人がいるんじゃないか、ってことですっごく疑心暗鬼になっていくんだけど、彼らをさらに恐怖に陥れるような事件が起きるの。
みんなが短歌会を開催するのに使っていた古い公民館の会議室にね、一枚の短冊が置いてあるのが発見されるわけ。
その短冊には、
「その子二十櫛にながるる黒髪の少女の遺体浜にあがりき」
という短歌がワープロで書き付けてあって、これは舞ちゃんのことだ!とメンバーはみんな騒然となってしまいます。誰かのいたずらにしてはタチが悪すぎるでしょ?でも、事件のことを何か知っている人物の仕業だろう、と互いが互いを信じられなくなっていくの。
警察にももちろん届けるんだけれど、誰の仕業だとか、どんな機械で印刷したかとか、すぐにはわからないのね。
そうこうするうちに、第二、第三の短歌がいろんなところで見つかってゆくんです。
「のど赤き玄鳥ふたつ空にゐて少女は既に死にたまふなり」
「青年は悲しからずや恋人は海のあおにも染まずただよう」
これはもう、短歌会の誰かがわざと置いているに違いない。でもなかなか短冊を置いている人物も突き止めることができないの。
そんな時、警察が付近の海岸で凶器と思われる刃物を発見して、捜査が進展するか、と期待するんだけど、どうもかなり古い刃物を研ぎ直して使ったらしくて、入手先から犯人を絞りこむことも難しいことがわかったので、事件は振り出しに戻ってしまいます。
すると翌日にはまた短冊。
「くれなゐの二尺のびたる刃渡りの凶器がつひに発見されり」
メンバーたちも互いに罵り合うようになって、短歌会の内部はもうめちゃくちゃになるんだけど、それでも犯人は出てこないわけで。
そして、彼女がなくなって四十九日の法要に際に、最後の短冊が見つかるの。
「安らかに眠る少女の声聞けば心に染みて生きたかりけり」
ってね。
この短歌が見つかったことで、荒れていた短歌会のみんなの気持ちが少し落ち着きを取り戻すっていうか。ほら、舞ちゃんが無念な死に方をした、っていうことをあらためて実感してね。みんな歌詠みだからぐぐっと心に伝わるものがあったんじゃない?
ここから一気に事件が解決に向かうのだけど、要するに最後は、この短冊を置き続けた人物がついに見つかってしまって、彼がこれを置いた真意をみんなに語るわけ。そして、翌日、警察に舞ちゃんを殺害した犯人が、自首する、っていうラスト。
でもね、その「誰が犯人だったか」というオチのところが、破られてるからわからないの。私たちに出されている問題は、その犯人探しってこと。
以上、秦由佳がお届けしました。
「なるほど、とてもわかりやすい説明、ありがとう」
そう言って、こくこく頷きながら、マードックが腕組みして考えこんでいる。
「面白いことなんだけど、この話の中にも二つの謎が仕込んであるんだね」
「二つ?ですか?」
摩耶が尋ねたので、マードックは続ける。
「うん。一つはもちろん、与謝野さんを殺した真犯人探しだけれど、物語は短冊の置き主のほうもミステリー仕立てで進んでるじゃないか」
「ああ、なるほど。見えない敵みたいなのが二人いるわけですね」
「そういうことだ。ちなみに、秦さん。短冊の置き主のほうは、物語の中で明らかになるのかな?」
「ええ。短冊のほうの犯人は若山さん。新聞記者の」
「最後に会った人物ってことね」
あたしが言う。
「若山さんがそんなことした意図は?」
続けて訊くと、由佳はぴっと人差し指を立てた。
「そこよ。彼は、最後に真犯人らしき人影を見たのよ。でも、もちろんそれが誰なのかは、物語の中にも出てこないし、わからないような書き方になってるのがポイントってこと。でも、真犯人にはわかったのね。自分が見られていた、若山さんにはバレているらしい、って気付いて観念するのよ」
「僕なら、真っ先にその犯人を名指しで問いつめるがなあ」
倖太郎が言うのももっともだ。あたしだって、犯人に気付いていたのなら、真っ先に胸ぐら掴みに行くだろう。
「そこがほら、やっぱりもともとはおなじ短歌会の仲間だってこともあって、自分で罪を償ってほしかったんだと思うわ。若山さんが短冊のことを見つかった時も、彼は最後まで自分では犯人の名前を挙げないの。うーん、このあたりは、ちょっと泣けるかな」
なるほど、そういう悲しげなテイストの展開なのだ、とあたしは納得した。
「それにしても、だ」
マードックは、まだ引っかかっている。
「物語中の二つの謎のうち、一つは解けているからまあいいとして、こっちの謎は二つとも解けてないのが気に食わない」
「同じく、気に食わないよね」
かずちゃんが、同意する。いやあ、賢い人たちは、あたしたちとツボが違うねえ。
「どこが気にくわないの?かずちゃん」
「桜子は気付かない?物語の内部では二つの謎。そして、物語の外にも二つの謎。暗闇の歌遣いって奴は、なかなか手強いよ」
「物語の外?」
「ああ、僕らの世界のことだ。つまり、物語の外にも謎がある。ひとつは、もちろん犯人を当てて正解を送りつけることだけど、もう一つの謎は・・・」
「そっか、暗闇の歌遣いの正体!」
あたしの叫びに、かずちゃんは「ご名答」と頷いた。
「ってことは、問題に正解しても、まだ歌遣いさんの正体を暴くまで、真の正解じゃないってことですか?」
摩耶の目が、さらに輝く。この子は、謎が多ければ多いほど、幸せなタイプらしい。
「そういうこと!」
マードックが持った湯呑みをバッタと落とし、小膝叩いてにっこり笑う。いや、ごめん。これも関西人の読者にしか、ちっともわからないよね。ありがとう。
とりあえず、もう少し調査続行、ということでその日の操作本部はお開きになった。
回し読みする時間がもったいない、と倖太郎がその後すぐ、情報処理教室で小説をスキャンして、みんなのスマホにデータで送ってくれたので、今夜は読書で眠れそうにない。
倖太郎ったら変態の割に、意外と使えるじゃない、とちょっとだけ見直してやる。
電子メディアも、使い方によっては便利なものだ、とあらためて実感して、あたしが帰ろうとした時だった。
「おう、今帰りか」
嵯峨先生だ。
「あ、先生。・・・ちょうどいいんだか悪いんだか。放課後、いろいろ調べたけど、冊子の送り主もわからないし、謎解きもまだ未解決です。あ、そうだ。みんなコピー持ってるから、原本を先生読みます?」
「ん?ああ、貸してもらうわ」
嵯峨先生は、あたしから「三十一文字殺人事件」を受け取ると、パラパラとめくっている。
「推理小説になってるんやな。これでも昔は武庫川散歩の探偵小説を全巻読破したんや」
先生は、嬉しそうに有名な推理小説家の名前を出している。
「部内では、二つの謎解きで盛り上がってますよ。ひとつは、物語の中の犯人探し、もうひとつは、その本の送り主探し」
「なるほど。送り主のほうは、文芸部顧問の先生方の間でも話題にはなってるけど、難しいなあ。郵便の消印は、うちの県の県庁所在地だから、件数が多すぎて特定不能やし」
「やっぱり、各校の先生方も、気になってるんですか。・・・とりあえず、物語の謎解きを最初に済ませた方が早そうですね」
「よし、俺も挑戦してみる」
まじすか?あらまあ、そんな子供っぽい。
「おまえらに負けられへんからな。絶対先に解いてやる」
そう息巻いている嵯峨先生を、ちょっとだけ可愛いと思った。この人は、気難しいところもあるが、やっぱりお茶目なおっさんだ。
彼女とかいるんだろうか。一条先生とはどうなのかな、と気になることが次々浮かんできてあたしは可笑しかった。
「あたしたちだって負けません!こないだみたいに、絶対出し抜いて見せます」
Vサインを突きつけて、あたしはにかっと笑った。
「ふふん。大人をなめたら、あかんで。なんなら部室を賭けて勝負するか?」
「ち、ちょっと待って!それはダメ!あぶないあぶない。危うく先生の罠に引っかかるとこだった」
確かに大人は汚いぜ。とあたしは早々に逃げ出すことにする。
「じゃ、先生さよならっ」
「あ、こら待てっ!」
後ろも見ずに、小走りで走り出す。
実のところはね、このミステリーそのものが、嵯峨先生が仕組んだいたずらなのかもしれないとちらりと思ったこともあるのだけれど、どうもそれは違うぽかった。何故なら、冊子をめくってるときの先生の表情は、かずちゃんとか摩耶とかと一緒で、やたらドキドキわくわくキラキラ輝いていたからだ。
なんかよくわからないけれど、『暗闇の歌遣い』のせいで部のみんながいっそう生き生きしてきたことには間違いない。
なんだか、やたら面白くなってきたってもんよ。
その日の夜は、案の上「三十一文字殺人事件」を読むのにハマってしまい。あたしはなかなか寝付くことができなかった。
ベッドの脇に置いたスマホを取り出しては、データ化された文章を読み返して、やっぱり閉じて、またファイルを開いての繰り返し。
でも、残念なことに、与謝野さんを殺した犯人に繋がるような手がかりは、あたしの読解力では全く得られなかった。
強いて言えば、表紙に描かれた女の子の姿、これがきっと亡くなっている与謝野さんの姿なんだろうなあ、としみじみ見入ってしまうだけだ。
そんなとき、ふいにものすごく不思議な気持ちに襲われるのを感じた。
あれ?なんだっけこの感じ。どこかでこの子にあったことがあるんだろうか。それとも、どこかでこの絵を見たことがあるんだろうか。懐かしいような、親しみを感じるような、変な気持ち。
きっとこの絵のテイストが、今風の絵じゃなくて少し昔風の味わいだから、そんな風に思うのかもしれない。
小さい時に買ってもらった漫画雑誌の絵柄というか、古本屋で少女漫画を物色している時に発見した知らない漫画の絵柄というか・・・。
そんなことをいろいろ考えているうちに、どうやらあたしは眠っていたらしい。
「桜子!いつまで寝てるの!遅刻するよ!」と母親に頭をシバかれて飛び起きた時には、すっかり翌朝になっていたからだ。