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文字数 9,242文字

 「やばい!レポート忘れて来た!」
 翌朝のことである。あたしは自宅の自分の部屋で慌てふためいていた。
 週明けに締め切りだという地歴のレポートに取りかかろうと、あたしはバッグの中をまさぐっていたのだが、どう探してもプリントなどを入れて置いたファイルが見つからない。
 宿題関係をまるごとそれに放り込んでいたのだが、学校に忘れてきたらしい。考えられるのは、クラスの自分の机の中か、ああ、なんとなくあそこにある気がするよ。部室のテーブルの隅っこだ。
 いやまったく、整理整頓できないだらしない女だよ、あたしは。と、つくづく自分でも嫌になるが、元々あの部室では制服まで脱ぎ散らかして好き放題やっていたのだから、鞄の中身がそこらへんにとっちらかっていても、さほど不思議ではない。
 いやいや、そんなこと言ってる場合か。あたしは面倒くさいのを我慢して、制服に着替えた。
「忘れ物!学校に取りに行ってくる」
 家族にそう言い残して、家を飛び出す。休日にまで学校に行くなんて、本意ではないのだが、レポートが出せずに怒られるのも、もちろん本意じゃない。
 幸いなことに、あたしの家は学校から近いので、徒歩で十分通えるのだ。

 すぐに学校に着いて、あたしは職員室を覗いた。体育系の部活の連中がグラウンドをうろうろしていたから、先生も誰か出勤しているに違いない。
「あら、休みなのに部活?」
 職員室には、一条先生がいて、あたしの顔を見ると声をかけてくれた。
「ああ、先生良かった!先生こそ休日出勤ですか?」
とあたしが駆け寄ると、
「国際交流部のイベントが近くて、いろいろ準備しなきゃならないのよ」
と笑っている。さすがは英語の先生だ。国際交流なんて、かっこいいねえ。残念ながらあたしは英語もロシア語も中国語も、あまつさえ日本語も怪しいので、外国の方との交流はご辞退申し上げるのだが。
「そんなこと言ってる場合じゃなくて。あの、先生。国語科準備室の鍵貸してください!地歴のレポートのプリント、部室に忘れて来ちゃったんです」
「あら、部活じゃなかったのね」
 一条先生は、そんなことを言う。あれ?変な言い回しだなあ、と思ったが、すぐにその意味がわかった。
「さっき、衣笠君が来て、鍵持ってってるのよ。てっきり文芸部で今日何かするのかと思ってたわ」
「マードックが?」
「うん。休みなのに、彼も何か忘れ物だったのかしら」
「そうかも。先生ありがとう!」
 あたしは、一条先生に頭を下げると、職員室を飛び出した。
 ほとんど誰もいない校舎の中を、早足で駆けていく。昨日のマードックの様子といい、今日部室に来ていることといい、何かおかしい。彼に何があったのかはわからないけれど、我がzine部員の仲間なんだもの。心配するに決まってるじゃないか。
 階段を上り、あたしは国語科準備室の引き戸を開けた。
「ぶ、部長!」
 部屋には、明らかにギクリ、と驚いた顔でこちらを振り返ったマードックがいた。
「おはよ。マードック。地歴のレポート忘れてたから、取りに来たの」
とあたしは、いたって何気なくマードックのところへ近付く。
 彼は、慌てた様子で、机の上に転がっている国語の本や、古い資料の束の中に、さっと何かを隠した。
「そ、そうか。いや、僕もちょっと用があってさ」
とマードックは口籠もっている。
「そう。あ、やっぱりここだったわ。あたしのファイル」
 あたしは、自分のファイルを発見し、それを手に取って、それから今度は、マードックに向き直って、彼の目を真正面から見た。
「・・・ねえ、マードック。昨日から様子が変なんだけど、なんかあったの?」
 そうあたしが言うと、彼はじっとあたしの目を見て、それはなんていうか、目を逸らそうとしてるのだけど、それができないみたいな、まるで何かに捕まってしまったような、そんな表情をしているのだった。
 沈黙。沈黙。あたしも、言葉を探している。
「・・・やっぱり、君は部長なんだね。僕なんかにはかなわないところがある」
 マードックは、観念したように言った。
「何があったの・・・。まさか、暗闇の歌遣いの正体があんただったなんて言わないでよね」
 冗談めかして言ったのに、彼はビクッと体を硬直させた。
「・・・いや、そうじゃない。そうじゃないけれど、部長には見て欲しいものがあるんだ。僕だって、今日ここに来るまでは、信じられなかったさ。でも、見つけてしまったんだ」
 彼は、さっき自分が隠して紛れ込ませた資料の中から、一冊の本みたいなものを取り出した。
 それはやや薄汚れた古い冊子で、色画用紙のようなもので表紙をくるんだ、そうそう、うちの部室に山ほど転がっている歴代の文芸部誌のようなものだった。
 ちょっとだけ、あたしは拍子抜けする。そんなのは、うちの部にとっては、何でもない石ころみたいなもので、マードックが隠そうとするほどのものではないじゃないか。
「それがどうかしたの?」
 あたしが尋ねると、マードックは黙って、ゆっくりとその冊子のページを開いてあたしの前に突き出した。
「こ、これ!」
 あたしは驚愕した。驚愕して声が出せない。いろんなものが、頭の中を一瞬でぐるぐる駆け抜ける。
 これはなんだ。なんでこれがここにあるんだ。一体全体どうなってるんだ。そして、なんでマードックがこれを見つけて、あたしたちはここで固まってしまってるんだ!
「・・・僕だって、信じたくはないよ。でも、これが事実なんだ」
 マードックは、目を伏せて言う。あたしは、ヘたり込むように椅子に座る。
「教えて。あたしわけわかんないの。どういうことなのかも、全然まだわかってない。うーんと、そう。説明してほしい。あたしにだってわかるように、ちゃんと説明してよ!」
 彼も、ゆっくりと腰掛けた。それから、重い口を開く。今日、どうしてここへこようと思ったのか、その理由から。そしてこの冊子が何なのか、それが意味することが何なのかまで、彼はひとつずつ説明を始めた。

 その日の夕刻、あたしは部長として、zine部員全員にメールを打った。マードックと相談して、明日のことをどうしてもみんなに伝えなくてはならなかったからだ。
 学校からの帰り際、マードックはあたしに言った。
「ごめん。いろいろごめん。巻き込んだのか巻き込まれたのか、自分でもまだ整理がついていないけれど、きっとこういう方法しかないと思うんだ。僕だって、これが最良だとは思わないし、自分だけで蹴りをつけたほうがいいかもしれないとずっと悩んでた」
「ううん。マードックだけが抱えるべきことじゃないと思う。それに、暗闇の歌遣いが望んでいるのは、全てを闇に葬ることじゃないと思うの。彼がやっている一種の、なんだっけ?ほら、演劇っぽいあれ。ギャラリーを巻き込むやつ」
「・・・劇場型犯罪、とでも言いたいんだろ」
「そうそう!それよ、その劇場型なんとかが好きな犯人なんだから、その願い、あたしたちが叶えてあげたいわけよ」
 よくわかんないけど、あたしは胸を張る。かずちゃん直伝の、「策」とやらがあたしにはある。きっと、かずちゃんならこうするだろう、とあたしは確信していた。
 暗闇の歌遣いとの、最終決戦がもうそこまで来ているのだ。
 『部員全員に告ぐ。これはとっても大事なメールだから、何も言わずに従って、お願い!明日早朝五時半に、学校の校門前に集合して欲しいの。寒いから暖かい格好でね。繰り返して書くけど、絶対約束守って!』
 送信ボタンを押す。嬉しいことに、みんなきちんと返事をくれる。
「了解。・・・何か掴んだのね。それにしても、zine部の作戦は毎回朝が早すぎる(笑)」
 ありがとう、かずちゃん。
「オッケー。じゃあ、暖かいスープを魔法瓶にいっぱい入れてくから」
 泣けるねえ、由佳。
「何かあるんですね!絶対、絶対行きます!」
 摩耶、あんたは最高に可愛いよ。
「もちろん、野宮さんの命令なんだろうな。だったら私にとって絶対だ。絶対服従」
 ・・・残念だが、今回はあたしの命令なんだよ。でも、まあわかってボケてくれてるんだろう、サンクス倖太郎。
 よし。これで舞台は完全に整った。あとは、明日になるのを待つだけだ。
 マードックの気持ちを考えると、多少複雑な気もするが、たぶんこれが一番みんなにとっていい結末なんだろう、とあたしは自分を納得させようとした。
 少なくとも、県内の文芸部をみんな巻き込んだ暗闇の歌遣い相手なんだから、これくらいの戦い方でちょうどいい。
 あたしは、ちょっと武者震いした。前回のかずちゃんの気持ちがわかったような気がした。いいじゃん、やってやろうじゃないの。zine部ここにあり、って感じだよ。待ってろよ、暗闇の歌遣い!明日は、けちょんけちょんにしてやる!

 翌朝五時半。うちの高校の校門前は、ずっと坂道になっていて、生徒はやや長い登り坂を懸命に上がってくるような地勢になっている。その門の陰に、表通りの坂の下から見えないように、あたしたち六人は小さくなって隠れていた。
 当然まだ太陽が昇る前だから、あたりは真っ暗で、ポツポツと立っている街灯の明かりだけが、その真下をほんのりと照らしている。
「さっむー」
とマフラーとコートに身を包んで、かずちゃんが手に息をかけている。
「はい。コーンスープにしたの。みなさんとうぞ」
 由佳が紙コップに注いで配ってくれたスープが、体に染み渡る。
「ごめんね。みんなこんな朝早くから」
 あたしが両手を合わせて謝ると、
「いいんですよ。それは全然。でも、これから何が始まるんですか?」
と摩耶は、きらきらした瞳であたしを見ている。
 あたしの代わりに、マードックが答えて言う。
「暗闇の歌遣いが、もうすぐここに現れるはずだ」
 まっすぐ、坂道の先を見ている。
「歌遣いさんが!ここに?」
 摩耶だけじゃない。みんなが驚きの声を上げている。
「こ、こ、ここに現れるって、じゃあ、やっぱり嵯峨先生なのか!」
 倖太郎が大きい声を出すので、
「しっ。まだ暗いんだから、近所迷惑だ」
とかずちゃんが制する。
「・・・いいえ。黙って待っていればわかるわ」
 あたしも身を屈めて、坂の先に目を凝らした。静寂の中に、街灯の明かりだけが、スポットライトのように道路を照らしているのが見えた。
 すると、かすかに遠くから音が聞こえてきた。ゆらゆらゆらめく光の輪が、はるか向こうに見える。
「・・・来たぞ」
 マードックが、低い声で言う。
「いよいよね」
 あたしも、手に力が入る。寒さのせいか、緊張のせいか、少し体が震えているような気がした。
「・・・バイクだわ」
 由佳が呟いた。
 そう。光の輪はバイクのヘッドライト。バババッとエンジンの音を響かせながら、ゆっくりゆっくりとこちらへ近づいて坂道を上ってくる。
 街灯の光で、バイクの影が延びたり縮んだりしているのが見え、あたりの静寂の中で、エンジン音が次第に大きく、強くなってくるのを感じていた。
 そして、あたしはバイクの運転手が急な飛び出しで驚かない程度の距離で、ゆっくりと道路上に手を広げて立った。
 マードックも、横に並んで立つ。
 相手からは、道路上のあたしたちの姿が、ゆっくりはっきりヘッドライトに浮かび上がっているはずだった。
 キキッと、バイクはあたしたちの少し手前で止まった。
 変な感じの沈黙。向こうもあたしたちも、互いの様子を伺っているような雰囲気。
 あたしは、ごくりと唾を飲み込んで、それから言う。
「暗闇の歌遣いさんですね」
「・・・」
 バイクの主は黙っている。
「もう、あなたの正体もわかってるんです」
 あたしがそう言うと、彼はエンジンを切って、バイクから降りた。
 そして、ゆっくりとヘルメットを脱いで、シートの上に置く。
 街灯に照らされて、その人物の姿・そして顔がぼんやりと浮かび上がって来た。
「その通り。私が暗闇の歌遣いだ」
 彼は、そう低い声で、しかししっかりと答えて言う。
「やっぱり、あんたの仕業だったんだな。・・・おやじ」
 マードックが、一歩前に出て言った。
「ま、マードックの、おとうさん?」
「どういうことなの!」
 後ろで小さくなっているギャラリーから、動揺の声が上がっている。
 暗闇の歌遣い、いやマードックの父親は、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 四十代前半、といったところだろうか。若々しい、それでいてしっかりとしてそうな人物に見える。そして当然、マードックの中年バージョンのようなよく似た顔をしている。
「さすがはzine部のみなさん。素晴らしい。
僕は今、猛烈に感動しているよ!まさか、君たちに気付かれるなんて思いもよらなかった!」
 なんだか、めっちゃ笑顔だった。この状況の中で、マードックのお父さんは心から嬉しそうに笑っている。
 逆に、あっちゃー、という顔で恥ずかしそうにしているマードックのほうが気の毒なくらいだった。
「ち、ちょっと説明してくれないか。どうしてマードックのお父さんが暗闇の歌遣いなのか、全然さっぱり私にはわからん」
 倖太郎がうろたえているので、マードックは
「す、すまん。うちのおやじが全部悪いんだ」と、こっちも平謝りの様子で、話が進まない。
「どうして気付いた?僕は徹底的に気をつけてたつもりだったんだが」
 少しずつ、朝の光がほんのりとあたりを照らし初めていた。
 マードックパパが乗っていたバイクが、新聞配達のそれであることがみんなにもわかってくる。この時間が配達のルートで、学校前を通るから待ちかまえていたんだ、ということもみんな気付きはじめていた。
「最後の最後までわかりませんでした。お父さんが、周到に正体を隠していたから、あたしたちもかなり苦戦したのは事実です」
「だが、状況証拠はたくさんあった」
 あたしが言うと、マードックが続ける。おお、かっこいいねえ。親子対決だね。
「文芸部にターゲットを絞っていること。内容の高度さ。だから文芸部に関わりのある、創作をやってた人物の犯行だってことは、誰にでもわかる。でも、あんたはミスもしている。ひとつは冊子にzineノベルという記載をしたこと。そして、もう一つは、文芸部のある全ての学校に冊子を送らなかったことだ」
「全ての学校?・・・ああ、そうか!」
 マードックパパは、息子の言っている意味に気付いたらしい。ちょっとだけショックを受けた顔つきで口をぽかんと開けていた。
「そう、あんたが冊子を送らなかった学校は、いや、送れなかった学校は新設校ばかりだった。だから気付いたんだ。暗闇の歌遣いが持っている学校リストは、古いと。
 とすれば、必然的に嵯峨先生たち現役の文芸部関係者は、犯人じゃない。卒業生に違いない」
「だが、県内の文芸部OBやOGは山ほどいるじゃないか。どうして父親が怪しいと睨んだんだ」
 マードックパパの問いに、息子は答える。
「zine、だよ。僕らはほとんどすべてのzine関係の情報を調べた。でも、zine作家さんたちのネットワークに暗闇の歌遣い、という名前は引っかからなかったんだ。だから、よけいに変だった。なんでzineなのか、と。そして思い出したんだ。文芸部関係者で、たった一人だけ、zineのことを知っている人物がいると。あんたにzine部のことを話したのは、僕だ。そして、あんたはうちの卒業生で文芸部長だった。リストを持っていてもおかしくない。それも、古いリストをね」
 すばらしい!とマードックパパは呟いた。まったくもってこの親にしてこの子あり、だよ。親子で謎かけと謎解きやってるんだから、遺伝子とやらは本当にすごいものだ。
「しかし、それだけでは物的証拠がないんじゃないか?」
 マードックパパは、にやにやしながら言う。まるでこの親子対決を楽しんでいるみたいに。
「僕もそこで悩んでいた。最後まで何も見つからないんじゃないかと。でも部長が、ここにいる常盤桜子さんが、あの表紙イラストをどこかで見た、と言うからひょっとしたら、と思って部室をひっかき回したんだよ。そして、見つけた」
 取り出したのは、あの冊子だ。そう、あれは、マードックパパが現役だったころのうちの学校の文芸部誌で、中のページを開くと、
「三十一文字殺人事件」とそっくりなイラストが載っている。テーマは「祈り」。本当は両手を合わせてお祈りをしている少女の絵で、亡くなった与謝野舞ちゃんの姿ではなかったってことだ。
「絵が書けないあんたは、これをスキャンして加工した。部長は部室を大改造して、挙げ句に元通りにさせられるというハメになったから、作業中のどこかでこれを目にしてたんだろう。見つけた時はショックだったさ。まさか実の父親が、暗闇の歌遣いの正体だったなんて!」
「だが、そろそろ闇の時間も終わりのようだ」
 気が付くと、朝焼けが遠くの空を明るく照らしている。そうか、暗闇の歌遣い、の由来は、マードックパパがいつも真っ暗な夜に、新聞配達で走り回っていたからなんだ!
「しかし、素晴らしい」
 そんな父親に、マードックは食ってかかる。
「僕は恥ずかしいよ!いっぱいいろんな人を巻き込んで、いい歳して何やってるんだか」
「だってさあ」
 マードックパパは、全然悪びれた様子はない。そして、
「だって、zine作ってみたかったんだもん!zine部が羨ましかったんだから、いいじゃないか!」
と、まるで子供のようにほっぺたを膨らませながらそう言ったのだった。
 その様子を見て、あたしたちはみんなでクスクス笑ってしまった。
 なんとなく、わかる。あたしたちは高校生で、こうやってみんなで楽しむ場が与えられているけれど、マードックパパのように、大人になってしまったら、どんなに羨ましくてもそんな場は与えて貰えないに違いないからだ。だとしたら、自分で何かアクションを起こさないと、仲間を見つけることも、何かを生み出すこともできないと思うんだ。
 もちろん、パパのやり方はちょっと、いやかなりエキセントリックだったけれど、あたしには彼の気持ちがなんとなく伝わった。
 将来、大人になって、あたしにも何かこんな騒ぎを生み出せるほどパワーがあるのかな、と思うと自信ない。でも、そうだ。zine部だったら、離ればなれになったみんなを集めて、もう一度zine部を作ることもできるかもしれない、と思った。
 マードックパパは、変な人だけど、楽しそうだ。変な親子だけど、マードックだっていい息子だ。だからあたしは、今回の事件を許そう、と思う。
 いや、許すもなにも、これだけみんなが楽しめる騒ぎを起こしてくれたんだから、むしろありがとう!な気持ちの方が、大きいような気がした。

「すまん!みんなすまん!もう衣笠家を代表して心から謝る!」
 朝の教室で、マードックはみんなに謝り倒している。マードックパパは、残りの配達のためにバイクで去ってしまい。あたしたちは、これまた早朝から教室で騒いでいる。
「でも、面白かったからいい。めっちゃ、楽しかった」
とかずちゃんも笑顔だ。
 マードックパパによると、三十一文字殺人事件の謎を解いたのは今のところ五、六校で、あたしたちは残念ながら一番乗りではなかったらしい。その代わり、暗闇の歌遣いの正体を解いたのはあたしたちだけなんだから、まあ良しとしようじゃないか。
「zineが作りたくて、あそこまでやるなんて、お父さん凄い人ですね。マードックさんも、お父さんも尊敬します!」
 摩耶はまだ興奮醒めやらぬ様子で、マードックを慰めている。
「それにしても灯台下暗し、とはまさにこのことだ。私だって、いろいろ裏で調べ回っていたんだが、皆目見当も付かなかった」
「あんたが、じゃなくて、あんたのパパの会社の人たちが、でしょう」
 倖太郎とかずちゃんも、こづき合ってててもどこか楽しそうだった。
「ああ、そうそう。お父様のプレゼント、一体何が入っているのかしら」
 由佳がそう言ったので、思い出す。マードックパパが別れ際に『仕事帰りに投函しようと思っていたのだが、これ。謎解きの賞品だ』と言って、渡してくれたものがあるのだ。
 あらためて取り出して見ると。茶封筒の中に、何かが入っているように見える。
「・・・何か、嫌な予感がします」
 と摩耶が言う。同感だ。あたしも何だか、嫌な予感がするったらありゃしない。
「もしかして、もしかするのか」
 倖太郎が、呟く。
「あ、開けてみるしかないか」
 マードックが封を破って、中身をそっと取り出した。
「やっぱり!またか!」
 全員が叫ぶ。中から出てきたのは、案の上、一枚のお手紙となにやら冊子っぽいもの。
『はーっはっは!諸君、第二ラウンドの始まりだ!賢明なる諸君のことだから、またしてもこの謎を解いてくれるに違いない!』
 そして、『謎解きは歌会の後で 怪人三十一面相』と書かれたzineノベルがじゃじゃーんと登場したのだった。
「ええかげんにせえ!」
 と思わずつっこむ。マードックが頭を抱える。摩耶は喜び、由佳が微笑み、倖太郎が苦笑いをしている。
 しかし、そんな中で、今度こそ不敵な笑みを浮かべている人物が約一名いるのだった。
「そうこなくっちゃ!よし、今度こそ嵯峨先生に見られる前にあたしたちで解くわよ!」
 かずちゃんである。今回後半切れ味が悪かったかずちゃんが、リベンジを誓うべく拳を突き上げて立ち上がっている。
 ああ、もう一回あれが始まるのか、と思うとげんなりする気持ちもあるのだが、でもまあ、暗闇の歌遣いの正体もバレたことだし、もう少しだけマードックパパに付き合ってあげることにしよう。
 いやいや、なんならお父さん。あなたもzine部に入部しちゃえばいいんじゃない?あたしたちは男女問わず年齢問わず、誰でも熱烈歓迎するに違いないからだ。
「ほお、朝っぱらから、また面白そうなことやってるな」
 教室の扉が開いて、嵯峨先生が顔を覗かせる。
「隠して!桜子!」
 かずちゃんが叫んだがもう遅かった。
「あ、もしかして第二弾か!読ませろ!」
 飛びかかってくる嵯峨先生をすり抜けて、あたしは教室を飛び出した。
「今度はあたしたちが先に解くんです!先生は後で!」
 そう言い残して、全力で走る。
「こらあああ!廊下は走るなあああ!」
 嵯峨先生の叫び声が聞こえたが、そんなことは気にしない。ああ、なんだか前回と同じエンディングだな、と思いつつあたしは走りながら叫んでいた。
 zine部最高!と。
 
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登場人物紹介

常盤桜子(ときわさくらこ)

いわずと知れたこの物語の主人公。文芸部の部長に昇格?!

野々宮一美(ののみやかずみ)

新たな僕(しもべ)を引き連れて、さらにパワーアップした文芸部の闇のエース。

秦由佳(はたゆか)

おだやかでたおやかな、文芸部の癒し担当。

堀川摩耶(ほりかわまや)

同級生なのに妹キャラなのはなぜ?文芸部のロリ担当。

西京極倖太郎(にしきょうごくこうたろう)

新たな何かに目覚めてしまった相変わらずの奇妙な男。でも憎めないお金持ち。

衣笠誠(きぬがさまこと)

新聞屋さんの息子。メディア王マードックと呼ばれている。実は1巻からいたんだけどね。

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