第8話 オコッテハイケナイ

文字数 2,440文字

俺が隣の彼の笑い声に呆気にとられていると。

ドアが開いてゾロゾロと警察官の服装をした男女が入ってきた。

中年の男の部屋に入ってきた若い警察官(コスプレでないとすれば…)は中年男の手錠を外すと軽く会釈してドアに促した。

中年男は驚いた様子も無く頷くと回収してもらった服を小脇に抱えてイソイソと出ていった。

俺が呆気にとられていると俺の部屋に入ってきた女性警察官も何も言わずに会釈し俺の手錠を外した。

なんだ?ほんとうにドッキリだったのか?

俺がそんな事を考えていると隣の彼だけは扱いが違った。

手錠を外される様子はなく少し怖い顔の背広の男達に連行されていった。

ただ連行される直前に俺の方を見て手でバイバイの仕草をした。

俺もなんとなくバイバイと言うように動かした。

すると手錠を外してくれた女性警察官がそれを遮る様に立った。

「やめてください、あなたも仲間だと思われますよ?」

仲間だと思われる……

それは不味いことなのだろうか?

俺は(ほう)けた顔で彼女の真剣な顔を見ていた。

別室に連れていかれた俺はその女性警官から事の顛末を聞かされた。

これはドッキリでもなんでもなくて捜査の一環だったらしい。

どうしても連続殺人犯を捕まえたい警察の面々は最終的に犯人を俺と隣の彼に絞る事ができたらしい。

しかし、あらゆる事件で証拠がなにも残ってない。

完全に犯人だという確証でも掴めれば思い切った家宅捜索に乗り出せるのだが、いかんせん二人の特徴が似すぎている為絞り込めないとの事。

唯一プロファイリングで明らかになったのが犯人は人の死をみて笑いを堪えられない性分らしいという事だけだった。

そこで、その絞込みの為にこの大仕掛けを作ったのだと説明された。

「なる……ほど」

俺は全部の説明を聞き終わってもまだ釈然としなかった。

「……でも、あの、女子高生は?」

「もちろん死んでませんよ。全て演技です……凄いでしょ?」

「全て……」

「そう全て」

「いやいや……そんな。え?オナラも?」

「信じられないだろうけど、あの一連のハプニングも全部台本通りなの。プロの役者だから」

す、凄い!

「凄いけど……」

「なんでしょう?」

ポニーテールを揺らしながら童顔の女性警察官はあっけらかんとしている。

「ここまでする必要ありました?いくら犯人逮捕を急いでたといっても警察がここまで」

「確かに、警察ならしませんね」

「へ?」

「そもそも我々は1つの事件にここまでお金をかけれません」

「……という事は?」

「とある名家のご令嬢がどうしても犯人を捕まえて欲しいという事で資金と案を出してくれまして」

なんだって?
金で人の心を弄びやがって!

俺の1番嫌いなタイプだ。

「誰なんです?」

俺は務めて冷静に聞こえる様に質問した。

「それはちょっと……」

女性警察官が何か言いかけた時、突然ドアが空いて見知らぬ少女が入ってきた。

ロングの黒髪を肩より少し長めに切り揃えているやけに目力のある少女は白を基調とした上品なワンピースを着ていた。

しかし、こんな場所にはあまりにも場違いな印象を受けた。

俺が呆気に取られていると少女はツカツカと歩み寄って来て何やら封筒を渡してきた。

「あの……これは?」

あまりのことに驚きながらも少女の当然の様な態度に気圧されていると…

「聞いてませんでしたか?賞金です」

と、更に当然の様に告げられた。

賞金!?

忘れていた!

てゆか本当だったんだ!

「本当にあなたは思ってる事が顔に出るタイプですね。入ってきた時からあなたは犯人ではありえないと思ってました」

そう言ったきり踵を返してスタスタと戻って行く少女。

「あ、あの……君は?」

バタン

そう尋ねた声が虚しく扉の閉じる音と重なった。

「如月財閥のお嬢様よ」

代わりに女性警察官が答えた。

「あの子が……それにしても……いくら犯人逮捕の為とはいえ警察があんな子供のいう事を聞くなんて」

俺は何となく癪に触ってそんな悪態を付いた。

「まぁ、単なるお嬢様の気まぐれってだけなら我々も協力しないんだけど……色々と貸しがあるみたい」

「え?賄賂的な?」

「まさか!……そんな貸しじゃないわよ!侮辱すると公務執行妨害で逮捕するわよ!」

女性警察官は御立腹だ。

「いえいえ、侮辱なんてしてません!……てゆか、じゃあどんな貸しなんです?」

女性警察官はじっと睨むと重い口を開いた。
「……特別に教えてあげるからここだけの話にしてね」

「もちろんです」

「さっき言ってたプロファイリングって言うのもあの子がやったものなの」

「えええ!」

俺は目を丸くして驚きの表情をしていたに違いない。

それを見て彼女は満足そうに微笑んだ。

「ではもう帰っても良いですよ裏山さん」

「そうですか……あの…名前は?」

「は?……警察官をナンパする気ですか?」

「いえいえめっそうもない……あの女の子の名前ですよ」

「やだ、違う案件で前科があるんじゃない?」

「ち、ち、違う違う!単なる興味本意です!」

「……冗談よ」

目が笑ってなかった様な気がするが…

「なら良かったです」

「しきょう」

「へ?しきょう?教会にいる?」

「いえ、鏡の如くと書いてひっくり返して読むの」

「……はぁ」

「まぁ、わからなくても良いでしょう?どうせ二度と会わないだろうし。それに間違っても近寄らない方が良いわよ」

「なぜです?」

「影山っていう凄腕の用心棒が付いてるらしいから」

「げ」

「知ってるの?」

「え?……まぁ、ちょっとだけ…」

俺の知ってる奴なら絶対に関わりたくない。

「ふーん、そう言えば裏山さんも珍しい名前よね?詩歌なんて」

「ははは……親がバカなんで」

「そんな事いうもんじゃないわ、カッコいい名前じゃない?……続けて読むとあれだけど」

そう言ってなんとなく女性警察官は笑いを堪えてる様だった。

駄目だ、怒ってはいけない……俺はお金の入った茶封筒を握って呪文の様に心の中で繰り返した。

うらやましいか?

続けて読むとそう読めてしまう。

親はおそらく確信犯だと睨んでいる。

ま、こんな事には慣れっこだし、おそらく本当に金輪際あの女の子に会う事もないだろう。

金持ちケンカせず、だ。
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