第9話 新しき世界  ― さよならストロベリー ― 5

文字数 787文字

 三日の休みがほしい……きみを白い箱のなかから、病室から連れ出したい。
 きみの好きな場所に行こう。二人でゆっくりすごそう。海辺の旅館がいい。
 どうか、きみの時間(いのち)をわたしに分け合てください。

「討論会が終わったら、建部くんも休みを取ったらいい。ずっと働き詰めだ」
「かんたんに休みが取れると思っていまして? そのお言葉をそっくりそのまま、総理にお返ししますわ」
 言われてしまった。肩から力を抜いて座席に深く腰かける。シートにもたれて、リアウインドウから後ろに飛び去る空をみあげる。
「衝突の事実をわたしたちより何年も前に知らされた山田先生のご心労は、どれほどだったろう」
 今朝は雲ひとつない秋晴れだ。あのずっと遠くに巨大な彗星があって、宇宙空間を地球目指して飛んでいる。まるで意地悪な誰かが地球めがけて投げつけたみたいじゃないか。
「建部くんは山田先生の次に、わたしのところで気が安まらないだろう、すまない」
「仕事ですから。すでにこれが日常です」
 わたしなど、山田前総理が必死の思いでつくった道筋をなぞっているだけで。あの禿げ頭の小柄な『二枚舌の狸おやじ』と呼ばれた山田先生の苦労に比べたら、なんでもない。
 世界は終わる。
 その事実は、まだ何年かは隠すことができただろう。でもそうしなかった。
「中途半端な猶予期間(モラトリアム)とか言われているんだろうな」
「すでにネットの掲示板は炎上しています。我が国は、大国のいいなりだと」
「言わせておこう。いずれネットも使えなくなる」
 暴挙と思われるだろう。ごく一部の運用を残し、すでに日常生活に深く根ざしたネットが廃止になるのだから。
「ゆるやかに繋がってみよう、というこちらの意図は伝わらないかな」
 何もかも、忙しく過ぎる日々からの解放が第一義なのだ。

 終わったら、旅に出よう。各駅停車で……流れる風景をゆっくりながめて。
 あの日のように電車に乗ろうよ、きみ。
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