4.

文字数 2,895文字

「久しぶりだね、一哉君」
「ああ……」
県道555号線沿いにある、小さな商店街の中にある居酒屋の前で僕らは落ち合った。
落ち合ってからまず最初に、僕は大志の声かけの大きさにひどく面食らった。
僕らが中学生だった頃の大志は、僕以上に声が小さくて、そこまで耳が遠くない僕でも彼の口元に耳を近づけないと聞こえないほどだった。それほど他人と話すのが怖かったのだろうか。
でも今会ってみると、彼の口元に耳を近づけずとも聞こえるくらいの声量で大志は話しているんだ。
中学校の卒業してから今日まで、ラインでのやりとりはしていたものの面と向かって会うことはあまりなかった。
人間というのは、少しの年月でも時間が経てば変わるものなのだろうか。
そう思うと同時に、大志も成長していっている大志への尊敬と、僕自身が置いて行かれている寂しさがごちゃ混ぜになったものを多少感じた。
「本当に久しぶりだね。前はいつ会ったのか覚えてないぐらいだよ」
「まぁ違う進路に行けば、そりゃ会う機会も減るさ」
以前では信じられないほどの声量で話してくる大志に、僕はまだ少し驚きながらも言葉を返す。
とにかく僕達は居酒屋の中に入った。
聞くと大志も酒はあまり強くない様で、まずお互いに軽いチューハイやハイボールを頼んだ。乾杯をしてから夕飯になる様な物を頼みつつ雑談を始めた。

昔の大志も僕と同様に話すのが苦手な所があったから雑談に苦労するかなと思っていたが、以外と大志の方からよく話を進めていった。
まぁ話を進めると言っても、今の大志が通っている専門学校の話、また就活の進捗状況といった現在の大志の生活についての話をしてるだけだけど。
でも話をしている大志は、とても生き生きしているように見えて、無気力に生きる屍となった僕から見たら眩しかった。
僕はそれ聞いていて、よく喋るようになったなぁと思いながら、たまにあいづちを打ったり言葉を挟んだりしながら頼んだチューハイをちびちび飲む。
一方の大志も、自身が頼んだハイボールをたまに話の途中で挟んでいった。
大志自身の話を聞いている間は、僕の中で燃え続ける世界への怒りは静まっていた。
「でも話が変わるけど、今となっては、一哉君にすごく感謝してるんだよ?」
すると大志は話の途中で、唐突に真剣な顔つきで僕の顔を見てきた。
昔の大志は僕と同様、人の顔を面と向かって見ることができないタイプの人間だったはずだ。やはり少しでも年月が経つと人間は変わるものなんだなぁと、また頭の片隅で思う。
「なんで?」
僕にはこれといって、大志にそこまで真剣な顔つきで感謝されるようなことをした覚えはない。未だに人の顔を面と向かって見れない僕は、大志からは少し目線を逸らしつつ聞き返した。
大志はまたハイボールを一口飲む。
「ほらさ。小、中学生の頃の俺なんかさ、全然人と話せなかったじゃん?
だから俺自身が言いたいことも碌に言えなかったし、周りに流されてばっかりだった。
そんな中で一哉君にはよく連んでくれていたけど、正直俺は一哉君に憧れていたんだよ?
一哉君もさ、言い方悪いかもしれないけど、僕みたいに人と話すことが得意ではなかったじゃん? それに俺は知らないけど、皆んなは一哉君が変な宗教入ってるからって一哉君の言うことをあまり聞いてない感じだったよね。
それでも一哉君は、自分が言いたいことを言おうと頑張ってた。伝えたいことを伝えようとしてた。少なくとも俺にはそう見えたんだ。
そんな一哉君をずっと見ていて、俺も頑張ろうって、自分の言いたいことを言えるようになろうって、俺も周りに臆せずに俺らしく生きようって思えたんだ。
それで頑張って、今では人並み程度には会話できるようになったんだよ? それにこれからは、俺自身がきちんと決めて生きていこうと決心してる」
わざと外していた目線を大志に向ける。
大志は一通り話し終えて照れくさくなったのか、苦笑いを浮かべながら頬を掻いていた。
確かに僕は、周りに自分の意見を聞いてもらいたくて頑張っていた頃もあった。でも自分の為にやっていたその行動が、大志に影響を与えていたとは思いもしなかったよ。
「だから、昔の借りを返したいと思っているんだよね」
「そんなこと、いちいち気にしなくてもいいよ」
なんか暑苦しくなりそうだと思った僕は、そう言ってまた飲みかけのチューハイを一口飲む。ちびちび飲んでいたつもりだったけど、アルコールを入れ過ぎたのだろうか。徐々に腕が赤くなってきて、頭がボォーっとしてくる。
「そりゃ、金銭の貸し借りの様な物はちゃんとしなくちゃいけないさ。
でもそれ以外の恩とか義理とか、そんなのに必要以上に執着する義務はないんだよ。
確かにそういうのを返した方が相手は喜ぶだろうし、それが人情かもね。
でも貸した相手もしばらくすれば覚えちゃいないさ。なんだったら、さっきの自分みたいに貸したとも相手は思ってないことだってある。
仮に相手がそれを覚えていたとして、何か見返りを期待したり色々言ってきたりするような、そんな間柄の人間とはどうせ長くは付き合えない。それにまず、そんな人間とは深く付き合わない方が身のためだしね。
そもそも、大志が人並み程度に話せるようになったのは、紛れもなく大志の努力があってこそだよ。
だから、そんなに気にする必要はないさ」
これは僕の本心だった。わざわざ昔の恩とか義理とかに執着する必要など微塵もない。
そもそも、大志が人並み程度に話せられる様になったのは、紛れもなく大志自身の努力があってこそだ。大志がこれから大志自身の意志で生きようと思ったのも、当然大志自身がそうしたいと思ったからだ。だから僕が感謝される覚えなどないのだ。
そう伝えると、大志は少しアルコールが回って赤らんだ顔で、ニッコリと笑顔を作った。
「……それでも、あの時はありがとね」
「……はいはい」
大志からの返事を、僕は適当に流した。
全くもって感謝される覚えはないから良い気はしない。でも同時に、悪い気もしないな。
所詮は僕も俗物か。そう僕自身を皮肉りながらも、アルコールが回っているせいか、別に今はそれでもいいかと僕自身を肯定した。

それからもしばらく飲みながらバカな世間話をして、気がつけば日付が変わっていた。それでこんな時間かと、そろそろお開きにするかとなって、僕らは居酒屋を出た。
居酒屋を出てからも、お互い飲み過ぎたのかふらつく足取りで二人並んで、県道555号線の歩道を駄弁りながら歩いた。
そうしていると家の方向的に別れる交差点にすぐ着いてしまった。
「じゃあまたね。一哉君が帰ってきたら教えてね、今度は奢るからさ」
「ああ……体だけは気をつけろよ」
「うん‼」
そう言うと大志は手を振って、それから大志の家の方向に振り向いて歩いていった。
2月上旬の夜の冷たい風が吹いて、思わず身を震わせる。
そんな中、しばらくその背中を見続けた。その時は何故か、その背中から目を離せなかったんだ。
僕と同様に、そこまで酒は強くないのに飲み過ぎて足元がふらついていた。でもその背中は、どこか勇ましく見えた。

その日に大志と話した出来事と、その大志の背中は何故か印象に残ったのだった。
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