3.

文字数 1,876文字

カーテンから漏れる月明かり。窓の隙間から、2月上旬の夜の冷気が入り込む。
僕は自分の部屋で、オイルヒーターと机の電気をつけて、椅子に腰掛けてルーズリーフに言葉を書き殴っていた。

あの日から僕の中で、今まで隠してきた怒りと憎悪の炎が表面に出てくるようになった。
あのクソみたいな父親やその宗教の信者共、はたまた僕を苦しめた世界にむかっての悪態が浮かび上がるが止まらなくなった。
それでSNSでの投稿に飽き足らず、今は実際の紙面に怒号を書き殴っている。
空っぽな奴ほど詩を書きたがるんだよ。喋れない奴ほど何かを叫ぼうとするんだよ。
今まで喉奥に引っ込めた言葉達を銃弾に置き換える。右手に持つシャープペンシルを銃器に、ルーズリーフも爆弾に変えてしまう。
とにかく詩を書いた。
僕を苦しめた人間全員への憎悪を、殺意を書き殴った。
とにかく小説を書いた。
どん底にまで落ちた人間が這い上がり、そして世界に復讐する物語を。そんな、いつかなりたい僕自身の虚像を投影した。
僕は今まで、僕から湧き上がってきた言葉を散々殺されてきた。殺してきた。発言する権利なんて僕にはまず存在しなかったんだ。
ならこれからは、その殺し殺されてきた言葉達を取り戻さなくてはいけない。
剥奪され始めて15年以上経った今こそ、狼煙を上げるんだ。反逆を起こすんだ。
自分で口角が釣り上がっているのがわかった。
全く最高の気分だ。今の僕だったら自殺も人殺しもなんだってできる気がする。
いや、そこまで本気にするなよ。
わかっているさ。今更僕にはそんなことできる訳がないんだ。
一番最初は本当にしてやろうかと息巻くけど、結局は妄想遊びに落ち着くんだよ。
でも今も僕の中で燃え続ける怒りと憎悪の炎みたいに、僕自身の想像を超える何かが眠っているかもしれないし、それが爆発して何かしでかしてしまうかもしれない。
あと根本的に、僕の中に居座り続ける過去の悲しみや怒りが恐ろしく思えて、そこから逃げ出したかったのもある。逃げられる訳がないのに。
だから、僕を散々泣かせてきた苦しみから、それに対する怒りから、僕自身の中で研がれていく牙から逃げる為に。その怒りと牙が現実で暴走しないように。また川に入水しないように。包丁を持って路上に立たないように。僕の知らない何かが爆発しないように。
その為に僕は、妄想と紙面の中で、世界を燃やし続けた。
怨んだ世界を殺し続け、ざまあみやがれと叫び続けた。
でも結局はそう息巻いて書いた物達も、ゴミ箱に投げ捨てる。父親は僕が不在の時に平気で部屋に入ってくるから、見られると色々と面倒くさいことになるからな。全く自分の息子だからって人の部屋にずかずかと入るなんて、プライバシーのかけらもないね。
結局は父親が怖いんじゃないかって。そうかもしれないね。あと数ヶ月は衣食住が人質にされているんだから、仕方ないじゃないか。
でもここ最近は尚更全部がどうでもよくなって、父親に歯向かうこともある。その時の家の中はすごい怒号だらけになるけど、今のところは全部僕が論破して言いくるめているよ。

でも日々を生きていて感じるのが、過去の悲しみと怒り、そしてカルト宗教の狂気が大半なんて、本当に笑えてくるよな。
全く、こんなクソみたいな世の中にしがみついてでも生き続ける理由がどこにあるのだろう。
そんなことを思いながら、僕は時間を確認しようとスマホに触れる。するとラインが一件、見覚えのある名前で送られてきていた。
大志からだった。小、中学校が一緒で、そいつも自分からはあまり話さない、僕と同じぼっちだった奴。学校だとぼっちとぼっちで隅に追いやられることが多くてね、それがきっかけで徐々に会話するようになった。それで今でもたまにラインでやり取りをする間柄の奴だ。
「恭介から聞いたんだけど、一哉君って地元を出るの? 一哉君が良ければ、それまでに一度飲みに行かない?」
恭介とは、大志と同様に小、中学校が同じ奴。僕にとっては唯一の親友みたいな奴で、大志とも共通の知り合いだ。
確かに恭介には僕が地元を出ることは話していたけど、大志にはまだ言ってなかったな。
今は当然、飲みとか遊びとかに行く気分じゃない。
そもそも僕はアルコールの耐性が無い方で、ビールを飲むと頭がボォーっとして腕が赤くなる。飲めて軽いチューハイを1.2杯程度だ。だから基本、飲みの誘いには気が進まない。
ただ、今の僕は少し行ってみて大志と話してみてもいいのかなという気になった。
ただこの嫌いな町に別れを告げる前に、大志と話すのも別にいいかと、そう考えて僕は大志に了承のメッセージを送ったのだった。
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