第10話 ジョーカー・クイーンビー

文字数 4,664文字

ジョーカー・クイーンビー
久しぶりに異国からの留学生であるホルニッセ=ツァハリアスに会った。別に待ち合わせたわけではなく偶然道端で会ったのだ。しかし、王族のオーラなのか奴が歩いていると目立つような気がする。
「以前俺は偵察も兼ねて生態研究科本部の隅にある資料庫を見学させてもらった。俺が入ったのは100年前使われたマイクロチップの保管庫。政府も絡んだ大事件となったようだが、その中にひとつ目に付くものがあった。“蟷螂”と書かれたそれは説明書きと袋を残し、中身が消えていたのだ。この部屋に保管されているマイクロチップは言わば負の遺産であり、使用は厳禁だ。だがつい最近何者かがこのマイクロチップを抜き出した。既に使用しているとなれば一大事だ。さらに気になる点はこの“蟷螂”、他のものと比べて保存方法や説明書きが随分と雑だ。この適当さ、というより“ゆるさ”には覚えがある…。だがもし彼が100年前のマイクロチップを模したものを作ったとしてその目的は何だったのだろうか。説明書きを読むとこれは寄生虫に寄生された人間を見分け、排除する能力を得られるようだ。ということはおそらく何者かに使ってもらうことを想定したのだろうが、その誰かがこの部屋からこの“蟷螂”を持ち出すことを彼は確信していたというのだろうか…。今となっては死人と話は出来ないので真相はわからないが」
…などとホルニッセ王子は長々と話をした。“蟷螂”といえば青条の話によく出てくる御門という少女がカマキリの斧のようなもので寄生された人間を排除していた。ということは彼女はマイクロチップを飲み込んだ…一体何故。そういえば御門は杉谷と何か関係があったようだった。だとすれば杉谷がマイクロチップ、“蟷螂”の製作者であることも知っていたのかもしれない。
「それともう一つ、杉谷さんが遺したものがある」
「“蟷螂”以外にも?どんだけ優秀な発明家だったんだ、彼は…」
「その様子だとあなたも見かけたことは無さそうだな。なんでも羽が青く光る蝶らしいのだが、信じられないことに蝶なのにあの寄生虫を食らうらしい」
「あの蝶も杉谷の作品だったのか!?」
「もしかして知っているのか?」
「あ、ああ。道端で寄生虫をバリバリと食らう様を見たことがある」
「宿主については知らないか?」
「宿主?」
「どうやらあの蝶は決まった人間のもとにつくらしい。道端で見かけただけならさすがに宿主については知らないだろうな…」
「あー、そうだな。あの時は主から離れて飛んでいたからな」
なるほど、道理であの蝶たちは青条の周りを離れずに飛んでいるわけだ。籠から抜け出した時俺の近くを飛んでいたのは青条を探していたのだろうか。俺が青条と一緒にいるものだと知っていて…?だとしたらもしかしたら一文路の寄生虫よりも賢いかもしれない。
「ところでそちらの具合はどうなんだ。何か発見は?」
「まだ何も。さすがの理研特区でもあなたのような不老不死者を作ろうとは考えないようでね」
「そりゃそうだ。不老不死の原理が科学的に解明されているようなら俺はとっくに死んでらあ」
「それは勿体ない!」
「“勿体ない”なんて言葉は己の価値観の押し付けに過ぎない。こっちは出来ることならむしろお前に時間を分けてやりたいくらいだ」
「時間を…分ける…?そうか、その手があったか…」
突如ホルニッセの目が変わった。何か俺にとって不都合なことでも考えているのだろう。
「あの人と同様の方法で俺も不老不死になれば良いのか…」
ブツブツと独り言を唱えながらホルニッセはおもむろに小刀を取り出す。武力行使か、あまり好きではない。
「おっと、先に注意しておく事項がある。確かに俺の血を飲むと同じように不老不死になれるとかいう伝説はあるが普通の人間が口にすると猛毒だ。天寿すら全うできないぜ?」
「そんなの、やってみなければわからないだろう。…覚悟!」
「っ!」
随分と物騒なもんだ。傷口ひとつ作れば済む話なのに腕に大きな傷を作りやがった。しかもよりによって利き腕に。
「これだ…ああ、これで俺も永遠の時を手に…!」
あの八方美人のホルニッセでさえ欲望で歪みきってしまうわけだから俺なんてものは本来存在するべきではないのだろう。だが消えることも出来ないのだから生き地獄のようだ。
そんなことを考えているとホルニッセの表情の歪みは歓喜とはまた違った性質を表し始めた。
「手が止まったがどうした。怖気付いたのか?」
「…いや、冷静に考えたら人の血液なんて不味くて飲めたもんじゃない。ひと舐めだけでも胸焼けがする」
「俺の血って不味いの?」
「いや、誰の血でも血は不味いだろ」
…おかしい。昔俺の血を飲んだ阿呆は美味いと言っていた。危うく奴に血を絞り尽くされてしまうところだったくらいだ。
「そういうものなのか?」
「えっ…。以前あなたの血を飲んで不老不死化したあの人も自らの欲のため不味さを我慢して飲んでいたのではないのか…?」
「いや、あいつは不老不死化するには数滴で良いと言ったのにおかわりを催促してきたぞ」
「そんな…それじゃああの人の味覚はイカれていたということか…?」
実際そんな気もするので確認のため俺は左腕から流れ出る自分の血を舐めてみた。
「どうだ…?」
「別に不味くはないな。飲めと言われたら普通に飲める」
「馬鹿な…。俺の舌では普通に血液特有の苦味というか飲んだ後の胸焼けというか…端的に言えば、そうゴクゴクといけるものではないと感じたが…」
「それはお前は俺の血を飲むなということだな」
「…不適合ということか」
「まあそういうことになるな。…そうか、適合か不適合か見分ける方法がやっとわかったぞ。…味だ!」
「何百年も生きていてやっとか」
「だって普通他人の血の味なんて確かめないだろ。それに他人に自分の血なんて舐めさせないだろ」
「確かに。日頃からそんなことしてたらむしろ変態だな」
「そうだろう。ご存知の通り俺は変態ではないのでこうして今この時まで何百年もこんな簡単な違いに気が付けなかったのだ」
「なるほどな。ならあなたを頼るのはキッパリと諦めることにするが、あの人は認められて俺は駄目だというのが気に食わない」
「別に人柄は問われないからな。さて、お前もいい加減諦めろ」
「ああ。あなたを頼るのは諦める」
ホルニッセが言う“あの人”というのは遥か昔に俺が初めて不老不死化させた人間である。彼もまた理研特区の戦争に巻き込まれた被害者で瀕死のところ最大の博打に勝ったのだ。とはいえとてつもなく利己的な人物でホルニッセは彼を目の敵にしているようだ。
「だが先ほどのお前の欲丸出しの様子、あいつにそっくりだったぜ」

腕にでかい傷を作って帰ってきたわけだ。そりゃあ同居人はまた怒ることだろうとは思った。長々としたお説教かなとも思った。だが帰ってきた俺を見るなり、真っ青な顔をして
「何があったんですか…?」
と思いの外大人しく聞いてきた。
「まあ、色々と」
そう返すといくらか罵声を浴びせてきた後泣き崩れた。
「こんな大怪我…しかも利き腕に…。どうしてこんな…」
「だから色々あったんだって」
答えを濁すとまた怒りの目を向けられた。
「…やはり俺には言えないことなんですね…。あなたは何も話してくれない。俺はあなたのことを何も知らない…」
「知って得することなんてないからな」
「…そういう問題じゃないですよ…。あ、ほら手当しますから動かないで下さい」
俺はこいつが望むことを何一つしちゃいない。そして俺は一言も怪我の手当をしてくれなどとは言っていない(実際必要ないからだが)。にも関わらずこいつは黙々と俺の怪我の手当をしている。擬似的なものではあるがこれが家族というものなのだろうか。決して利己的ではない…俺には馴染みのない感覚。ところで何故こいつはあの時、仮ではあるが俺のことを家族と言ったのだろうか。血の繋がった本当の家族だっているはずだ。いる…はず…。
俺はあることに気付いた。むしろ何故今まで気付かなかったのだろうか。いや、気付けなかった理由なんて考えるまでもない。それは俺にとっては見事に欠けている常識だからだ。そもそも何故青条はこんなところで1人で暮らしているのだ。例え青条真琴自身が望んだ事だとしてもそれを保護者は何とも思わず1年以上も我が子を放置しているのか。考えられる可能性は3つ。多忙、無関心などの理由で実の息子の現状を把握していないのか、青条は孤児であるのか、もしくは…。最も恐ろしく残酷ではあるがこう考えれば青条がやたら俺を頼りにすることにも納得がいく。そう、青条の肉親は既に狂人と化してしまったのだ。…気が変わった。
「…仕方ない、話してやるよ」
「…へ?なんでまた急に…」
「なんだよ、聞きたくないのか」
「い、いえ…。そりゃあ聞きたいですけど…」

俺の話(ただし半分は嘘である)を聞いた青条はホルニッセの名前に反応した。
「…そんな…!ホルニッセ先輩って確か異国からの留学生の…」
「よく知ってるな」
「さすがに有名ですから。でも確かその人も寄生虫の影響を受けてないんですよね?」
「そうだな」
あいつは俺とは違って精神力で耐えているな。
「だとしたら何故あなたの血を求めたのでしょうか。今更寄生虫が怖くなったのでしょうか」
そう、真実を話すわけにはいかない俺は俺の血には寄生虫への免疫を強める力があるという噂が流れていると嘘をついたのだ。
「あいつもそろそろ自信が無くなってきたんじゃないか。俺にはよく分からんが。それにあくまで噂は噂だ。実際俺の血液にそんな効果はないのでお前は試そうとしないこと」
「はは、信じませんよそんな作り話」
「お前さんが噂に流されにくい人間で助かったぜ」
「いえいえ、そうではないですよ。俺はあなたの作り話は信じないという意味です」
微笑を浮かべながら青条は俺の腕に巻いていた包帯をきつく締めた。
「いだだだだ!腕が破裂する!」
「嘘つきの腕なんて破裂しちゃえばいいんですよ」
「なんで嘘だと思ったんだよ!」
「寄生虫を誰よりも警戒していた俺自身がそんな噂聞いたことがないからですよ。でもあなたの血液が何か特殊であることは確かなようですね」
「どういうことだ」
「おかしいですよ。あなたの体には水が流れているんですか」
「いやいや、ちゃんと血液だぞ」
「それが血液だというなら俺の嗅覚がおかしいのですか?かなりの出血量なのに血の匂いが一切しない」
「馬鹿な」
確認のためか青条は傷口に顔を近付けた。
「…やはり血の匂いがしない。…少し舐めても?」
「それは駄目だ!」
思わず声を上げた。青条は目を丸くしている。
「…俺の血液が特殊であることは認める。たぶんここの人間が口にしたら毒だ」
「あなたは普通の人間ではないということですか?」
「い、いや、人間ではあるんだけどな…」
なんとかいい嘘を思い付かなければ…。しかし俺は先ほどの青条の発言にひどく動揺しておりそれどころではなかった。
「…まああなたが何者かはあまり興味がないのでいいです。あなたが何も話さないのは特殊な体質ゆえ様々な人に狙われているからですね。…となるとあなたとホルニッセ先輩がここに来たのは追って追われてといったところですか」
青条は得意気な顔で自分の推理を語った。悪くない推理だが正解でもない。とはいえかなり自信があるように見えるし俺自身適当な嘘を考える必要が無くなったのでその設定を採用させてもらうことにする。
「お前には完敗だ。概ねそんな感じで合っている」
青条の表情は花が開くように明るくなった。
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登場人物紹介

青条真琴

科学者の国理研特区に住む少年。平凡でコミュ障、気が弱い。突如現れた人間の理性を奪う人工寄生虫に生活をめちゃくちゃにされ1年間引きこもっていたが、外に出て戦う決意をする。

御門智華

青条とは別行動で寄生虫と戦う少女。冷徹で感情がなく機械のような人物だが幼馴染の杉谷瑞希のことを崇拝しており彼を死に追いやった全てに復讐するために動く。

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先の人に手を貸している。

杉谷瑞希

科学者の国理研特区の高校生。学生ながら本部の研究者たちと研究をするエリートだったが突如自殺した。

一文路直也

瑞希の唯一の親友。大財閥の御曹司だが自身はむしろ普通の人として生きたいと思っている。寄生虫を作り出した張本人だが罪悪感と責任から逃れるため失踪した。

長崎司

青条の友人。社交的で正義感溢れる人物だと言われており、尊敬する一文路直也を復活させるために動いている。組織や革命が好きな厨二病。

麝香憲嗣

青条の友人。不気味で掴みどころのない人物。かつて水難事故で最愛の妹を亡くしてからキメラを生み出すマッドマックスになった。情報通で表に出ていない研究にも詳しい。

Hornisse=Zacharias

ヴァッフェル王国から留学してきた王子。振る舞いは紳士的だが、どうやらただの留学目的で訪れたわけではないようで…?

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