毒蜂の想い
文字数 2,054文字
人の考えというのは実に多種多様だ。王族として民の意見を尊重することを教えられてきたが、それでも全てを理解し受け入れることは難しい。理研特区への留学中にもたくさんの変わり者と出会った。彼らが真の変わり者であったのか文化の違いにより変わり者のように感じられたかは定かではないがある人物は確実に俺の理解の範疇を超えていた。
俺の留学先の学校では校舎の地下全体が実験室のフロアとなっている。ほとんどの生徒が下校したような時間、もう夜に差し掛かっている頃であっただろう、ある部屋に明かりが灯っているのが見えた。気になった俺は部屋を覗き込んだが人の気配が無かったので中まで入り込むことにした。
薄暗い部屋の中、誰もいないはずなのに何やら物音がする。物音の正体を探るため恐る恐るそちらへ近づくと目に映ったのは1匹の猫…だと思いきや頭は猫、首から下はカラス…そしてあちらこちらに鱗のようなものがついているという所謂キメラというものであった。こんな残虐な行為が許されていいはずがない。不快感が溢れそうになったその時俺は背後に人の気配を感じたのだった。
「…全く、最悪な出会いだった」
正直麝香憲嗣と初めて会った瞬間を思い出すと今でも背筋が凍るような感覚がある。
「あの後実験体にでもされるかと思いました?」
「冗談抜きでそう思ったよ。命を取られなかったのは良かったが俺はお前のやっていることを良いことだとは思わないからな。今世間を騒がせている人間の理性を奪う寄生虫というのもそうだがここの人間の倫理観はどうなっているんだ」
「まあ先輩は留学生のようですからねぇ…うちのやり方に違和感を覚えるのも無理はありませんが、そもそも俺がやっていることはここでもちゃ~んと違法になりますよぉ」
「は?なら何故わかっていてそんなことを…!そもそも学内でやっていいことではないだろう!」
「ギリギリのラインでごまかして報告しているので問題はありませんけどねぇ。まあ何故こんな法的にも倫理的にもアウトなことをしているかと言えばですねぇ…俺はあること以外に興味がないんですよ~、それこそ法も、倫理も、他の生き物も」
「あること…?それは何だ。そこまで一直線になるものがあるのか?」
食い気味に尋ねたが俺にもそういうものはないことはない。
「妹がね、いるんですよ~」
「ほう。一番大切なものが家族なんてマッドサイエンティストにも人間らしいところはあるじゃないか」
「えへへ、そうでしょう。理研特区のまわりは意外と自然が多いですからねぇ。色々なところに出かけました。でもあの子のお願いを聞いて両親がクルージングに連れて行ってくれた日のことですけど、予期せぬ嵐が俺たちの船を襲ったんですよ」
「それは…災難だったな」
「ええ。俺と両親はなんとか岸までたどり着き一命を取り留めたのですが…妹は…」
「…」
最愛の人を亡くす気持ちは痛いほどわかる。それゆえ掛ける言葉が見つからなかった。しかし麝香は先ほど妹が“いた”ではなく、“いる”と言っていたような気がする。それもそこだけはっきりと。言霊とでも言うのだろうか、彼の言葉はたまに深い意味があるかのように重く聞こえることがある。そういう癖なのか意図的にそう発声しているのかはわからないが。先ほどのもそれであった。
「して、全てをなげうってまでお前は故人のために何をしている」
「故人?それって死んでしまった人のことですよねぇ?あの子は死んでいませんよ」
「そうなのか!?あの口ぶりだとてっきり…」
「いえ、あの子は死んでいません。でもあの子の体はもうないのです」
「それはどういう…」
「あの事故であの子の肉体は海のもくずとなってしまいました。でもあの子はまだ生きています。だからもう一度あの子を作るんです」
麝香が言っていることは全然わからなかった。しかし彼が何をしようとしているかは薄っすらとわかった。先日見かけたキメラは練習。いずれ彼は…
「そんなことをしたってお前の妹は喜ばないだろう。誰だって家族に虐殺のようなことはしてほしくはないはずだ」
「やっぱりあなたもそう言うんですねぇ。みんなわかってくれない。まあいいです。周りの意見なんてものはどうでもいいですから。…ではまた、どこかで会いましょうね~」
「おい、待てっ!」
理解ができなかったのは麝香の狂気じみた発想だけではなかった。俺は兄弟というものにいい思い出がない。俺には実の兄のように慕っていた家庭教師がいた。彼とはそう歳も変わらなかったのが尚更俺たちの仲を良くしたのだろう。血のつながった実の弟もいたが家庭教師とばかり遊んでいたので弟との接点はほどんどなかった。だがある日その家庭教師は俺を、俺たちツァハリアス家を裏切った。奴は初めから我ら王家を潰すため忍び込んでいたのだ。楽しかった兄弟の思い出は血と憎悪に塗れ、今更実の弟と仲良くする気も起きない。兄弟姉妹を大切に思う気持ち自体が俺には抜け落ちてしまったのだ。麝香の行動は明らかに普通ではないが俺にも普通を名乗る資格はないのかもしれない。
俺の留学先の学校では校舎の地下全体が実験室のフロアとなっている。ほとんどの生徒が下校したような時間、もう夜に差し掛かっている頃であっただろう、ある部屋に明かりが灯っているのが見えた。気になった俺は部屋を覗き込んだが人の気配が無かったので中まで入り込むことにした。
薄暗い部屋の中、誰もいないはずなのに何やら物音がする。物音の正体を探るため恐る恐るそちらへ近づくと目に映ったのは1匹の猫…だと思いきや頭は猫、首から下はカラス…そしてあちらこちらに鱗のようなものがついているという所謂キメラというものであった。こんな残虐な行為が許されていいはずがない。不快感が溢れそうになったその時俺は背後に人の気配を感じたのだった。
「…全く、最悪な出会いだった」
正直麝香憲嗣と初めて会った瞬間を思い出すと今でも背筋が凍るような感覚がある。
「あの後実験体にでもされるかと思いました?」
「冗談抜きでそう思ったよ。命を取られなかったのは良かったが俺はお前のやっていることを良いことだとは思わないからな。今世間を騒がせている人間の理性を奪う寄生虫というのもそうだがここの人間の倫理観はどうなっているんだ」
「まあ先輩は留学生のようですからねぇ…うちのやり方に違和感を覚えるのも無理はありませんが、そもそも俺がやっていることはここでもちゃ~んと違法になりますよぉ」
「は?なら何故わかっていてそんなことを…!そもそも学内でやっていいことではないだろう!」
「ギリギリのラインでごまかして報告しているので問題はありませんけどねぇ。まあ何故こんな法的にも倫理的にもアウトなことをしているかと言えばですねぇ…俺はあること以外に興味がないんですよ~、それこそ法も、倫理も、他の生き物も」
「あること…?それは何だ。そこまで一直線になるものがあるのか?」
食い気味に尋ねたが俺にもそういうものはないことはない。
「妹がね、いるんですよ~」
「ほう。一番大切なものが家族なんてマッドサイエンティストにも人間らしいところはあるじゃないか」
「えへへ、そうでしょう。理研特区のまわりは意外と自然が多いですからねぇ。色々なところに出かけました。でもあの子のお願いを聞いて両親がクルージングに連れて行ってくれた日のことですけど、予期せぬ嵐が俺たちの船を襲ったんですよ」
「それは…災難だったな」
「ええ。俺と両親はなんとか岸までたどり着き一命を取り留めたのですが…妹は…」
「…」
最愛の人を亡くす気持ちは痛いほどわかる。それゆえ掛ける言葉が見つからなかった。しかし麝香は先ほど妹が“いた”ではなく、“いる”と言っていたような気がする。それもそこだけはっきりと。言霊とでも言うのだろうか、彼の言葉はたまに深い意味があるかのように重く聞こえることがある。そういう癖なのか意図的にそう発声しているのかはわからないが。先ほどのもそれであった。
「して、全てをなげうってまでお前は故人のために何をしている」
「故人?それって死んでしまった人のことですよねぇ?あの子は死んでいませんよ」
「そうなのか!?あの口ぶりだとてっきり…」
「いえ、あの子は死んでいません。でもあの子の体はもうないのです」
「それはどういう…」
「あの事故であの子の肉体は海のもくずとなってしまいました。でもあの子はまだ生きています。だからもう一度あの子を作るんです」
麝香が言っていることは全然わからなかった。しかし彼が何をしようとしているかは薄っすらとわかった。先日見かけたキメラは練習。いずれ彼は…
「そんなことをしたってお前の妹は喜ばないだろう。誰だって家族に虐殺のようなことはしてほしくはないはずだ」
「やっぱりあなたもそう言うんですねぇ。みんなわかってくれない。まあいいです。周りの意見なんてものはどうでもいいですから。…ではまた、どこかで会いましょうね~」
「おい、待てっ!」
理解ができなかったのは麝香の狂気じみた発想だけではなかった。俺は兄弟というものにいい思い出がない。俺には実の兄のように慕っていた家庭教師がいた。彼とはそう歳も変わらなかったのが尚更俺たちの仲を良くしたのだろう。血のつながった実の弟もいたが家庭教師とばかり遊んでいたので弟との接点はほどんどなかった。だがある日その家庭教師は俺を、俺たちツァハリアス家を裏切った。奴は初めから我ら王家を潰すため忍び込んでいたのだ。楽しかった兄弟の思い出は血と憎悪に塗れ、今更実の弟と仲良くする気も起きない。兄弟姉妹を大切に思う気持ち自体が俺には抜け落ちてしまったのだ。麝香の行動は明らかに普通ではないが俺にも普通を名乗る資格はないのかもしれない。