第5話 蟷螂の斧
文字数 1,868文字
蟷螂の斧
あれから数週間が経過したが俺はまだ生きている。どうやら蝶を正しく扱えているようだ。そういったわけで俺は毎日御門さんに様子を観察されているのだが気分は良くない。一般的な男子生徒ならクラスの女子に見つめられているというシチュエーションを喜ぶのだろうけれど、彼女の場合憧れや恋情ではなく完全に監視の目で俺を見てくるうえ、そもそも俺はどういうわけか女という存在が苦手である。俺もそろそろストレスの限界だったのか、妙な思いつきで逆に彼女のことを観察してやることにした。ちょっとした腹いせなのかもしれない。
放課後、すぐさま研究室あたりに向かうと思っていたが意外なことに御門さんは街の方へ向かった。一応年頃の女子だ、街へ遊びに行くことくらいするのだろう。いや、違うな。彼女の場合おそらく資料などを調達しに行くのだろう。俺はひっそりと後をつける。
人が多くなってくると彼女はあたりをキョロキョロと見渡し始めた。誰かを探しているのだろうか。すると何かを見つけたのか突然彼女の表情が険しくなったかと思うと1人の男の方へ早足で向かって行き、次の瞬間―
鈍い音を立てて男が倒れた。俺には正直何が起きているのかわからなかった。よく見るとその男の耳は無かった。だが耳を切られただけで人は倒れないだろうし、切り口からは一切血が出ていなかった。そしてそのすぐ近くには例の寄生虫の死骸が転がっていた。男の生死を確認しようとしたその時、また何かが倒れたような鈍い音がした。音がした方を見ると倒れた人の近くには御門さんがいた。やはり“ぶった斬る”とはそういうことだったのだろう。だが今ここで倒れている彼らが一体何をしたというのだろうか。そして何故誰も倒れている人たちに目をやらないのだろうか。
倒れている人を放っておくのはどうなのかと良心が責め立てる。だがそれよりも今は彼女の後をつけるのが先だ。いかにして一瞬で大人の男を“斬った”のか。それを確かめないわけにはいかなかった。
だが彼女は思いもよらぬ方法で人を“斬って”いた。観察力だけが取り柄の俺はすぐさま御門さんを視界に捉えた。俺の目に映ったのは三人目が倒れる姿、そして…巨大な蟷螂の斧だった。
…思わず逃げてきてしまったから三人目がどうなったかはわからない。だが彼女は道行く人々を無差別に殺すわけではなく(俺には実際相手が死んだかまではわからない。殺した、というのは推測に過ぎない)、ターゲットを特定の人物に限定しているようだ。だとして一体ターゲットとなる条件はなんだろう。俺のケースと同様自らが作った人工生命体を各所にばら撒き、使用方法を誤ったものを処分する、といったテストのようなことでもしているのだろうか。しかしそんな行為になんの意味があるのだろうか。いや、考えても仕方ないことだ。それを知るには危険を冒してでも彼女の行動を観察し続ける必要があるだろう。…なんだか俺、ストーカーみたいだな。
「青条、昨日何があった」
翌朝当然麝香に話しかけられた。
「えっ!?いや、何も?むしろ麝香は何か見たのかい?」
まさか人をつけて人につけられるとは。俺も迂闊だった…いや、単純に麝香も偶然街にいただけかもしれない。
「見た?俺が?何かを?…そっか青条は何かを見たのかぁ」
「え、待ってどういうこと?」
まさか麝香は街にはいなかった…?
「いや、青条の様子がちょっと変だったかなって。1年くらい会ってなかったし気のせいかと思ったけど…何かあったんだね」
「しまった…」
「なあに?俺には言えないこと?…うーん、腹を割って話せる仲では無かったのか」
「は、はは…」
思い違いなら良いが“腹を割る”という言葉を発した時だけ声の圧が増した気がした。更には麝香の隠れた右目の眼光が若干鋭くなったような…。
「まあ昨日の今日で頭がぐちゃぐちゃなんだね。いいよ、何かあったらいつでも言ってね」
まただ。今度は“頭がぐちゃぐちゃ”というあたりで。
「な、なあ、麝香。お前の研究テーマってなんだっけ…?」
「ん?言ってたかったっけ。俺の研究テーマは遺伝子操作だよ」
「い、遺伝子操作?そんなことやっていいのか?」
「ここならある程度自由があるからね。突然変異種とかも作れて楽しいよ」
「そ、そっか」
だがいくら研究のためとはいえ遺伝子組み換えによって新たな生き物まで作り出してしまうのはまずいのではないだろうか。…生き物を…作り出す…?
「っ、麝香まさか、お前…!」
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ。遅刻しちゃうからね」
「…あ、ああ」
「ばいばい。…またお話聞かせてね」
あれから数週間が経過したが俺はまだ生きている。どうやら蝶を正しく扱えているようだ。そういったわけで俺は毎日御門さんに様子を観察されているのだが気分は良くない。一般的な男子生徒ならクラスの女子に見つめられているというシチュエーションを喜ぶのだろうけれど、彼女の場合憧れや恋情ではなく完全に監視の目で俺を見てくるうえ、そもそも俺はどういうわけか女という存在が苦手である。俺もそろそろストレスの限界だったのか、妙な思いつきで逆に彼女のことを観察してやることにした。ちょっとした腹いせなのかもしれない。
放課後、すぐさま研究室あたりに向かうと思っていたが意外なことに御門さんは街の方へ向かった。一応年頃の女子だ、街へ遊びに行くことくらいするのだろう。いや、違うな。彼女の場合おそらく資料などを調達しに行くのだろう。俺はひっそりと後をつける。
人が多くなってくると彼女はあたりをキョロキョロと見渡し始めた。誰かを探しているのだろうか。すると何かを見つけたのか突然彼女の表情が険しくなったかと思うと1人の男の方へ早足で向かって行き、次の瞬間―
鈍い音を立てて男が倒れた。俺には正直何が起きているのかわからなかった。よく見るとその男の耳は無かった。だが耳を切られただけで人は倒れないだろうし、切り口からは一切血が出ていなかった。そしてそのすぐ近くには例の寄生虫の死骸が転がっていた。男の生死を確認しようとしたその時、また何かが倒れたような鈍い音がした。音がした方を見ると倒れた人の近くには御門さんがいた。やはり“ぶった斬る”とはそういうことだったのだろう。だが今ここで倒れている彼らが一体何をしたというのだろうか。そして何故誰も倒れている人たちに目をやらないのだろうか。
倒れている人を放っておくのはどうなのかと良心が責め立てる。だがそれよりも今は彼女の後をつけるのが先だ。いかにして一瞬で大人の男を“斬った”のか。それを確かめないわけにはいかなかった。
だが彼女は思いもよらぬ方法で人を“斬って”いた。観察力だけが取り柄の俺はすぐさま御門さんを視界に捉えた。俺の目に映ったのは三人目が倒れる姿、そして…巨大な蟷螂の斧だった。
…思わず逃げてきてしまったから三人目がどうなったかはわからない。だが彼女は道行く人々を無差別に殺すわけではなく(俺には実際相手が死んだかまではわからない。殺した、というのは推測に過ぎない)、ターゲットを特定の人物に限定しているようだ。だとして一体ターゲットとなる条件はなんだろう。俺のケースと同様自らが作った人工生命体を各所にばら撒き、使用方法を誤ったものを処分する、といったテストのようなことでもしているのだろうか。しかしそんな行為になんの意味があるのだろうか。いや、考えても仕方ないことだ。それを知るには危険を冒してでも彼女の行動を観察し続ける必要があるだろう。…なんだか俺、ストーカーみたいだな。
「青条、昨日何があった」
翌朝当然麝香に話しかけられた。
「えっ!?いや、何も?むしろ麝香は何か見たのかい?」
まさか人をつけて人につけられるとは。俺も迂闊だった…いや、単純に麝香も偶然街にいただけかもしれない。
「見た?俺が?何かを?…そっか青条は何かを見たのかぁ」
「え、待ってどういうこと?」
まさか麝香は街にはいなかった…?
「いや、青条の様子がちょっと変だったかなって。1年くらい会ってなかったし気のせいかと思ったけど…何かあったんだね」
「しまった…」
「なあに?俺には言えないこと?…うーん、腹を割って話せる仲では無かったのか」
「は、はは…」
思い違いなら良いが“腹を割る”という言葉を発した時だけ声の圧が増した気がした。更には麝香の隠れた右目の眼光が若干鋭くなったような…。
「まあ昨日の今日で頭がぐちゃぐちゃなんだね。いいよ、何かあったらいつでも言ってね」
まただ。今度は“頭がぐちゃぐちゃ”というあたりで。
「な、なあ、麝香。お前の研究テーマってなんだっけ…?」
「ん?言ってたかったっけ。俺の研究テーマは遺伝子操作だよ」
「い、遺伝子操作?そんなことやっていいのか?」
「ここならある程度自由があるからね。突然変異種とかも作れて楽しいよ」
「そ、そっか」
だがいくら研究のためとはいえ遺伝子組み換えによって新たな生き物まで作り出してしまうのはまずいのではないだろうか。…生き物を…作り出す…?
「っ、麝香まさか、お前…!」
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ。遅刻しちゃうからね」
「…あ、ああ」
「ばいばい。…またお話聞かせてね」