終わりの終わりの終わり

文字数 872文字

 ――この世界には神などいない。

 もし、私がそう言ったら諸君は信じるかね?
 恐らく、諸君はその事を信じられないだろう。勿論、私だって、そんな事を言われたとしても更々信じる気にはなれない。
 我らヒトは神によって創られし存在であり、このデイア大陸は神に加護されし大地。
 私は、そう信じている。いや、そう信じているのは私だけではない筈だ。デイア大陸に生きる諸君はそう信じている事だろう。
 何故ならば、それが、デイア大陸で(あまね)く信仰されているクタ教の教えだからだ。

 歴史作家の端くれとして、歴史の事実は押さえておかねばなるまい。

 クタ教への信仰は、デイア大陸史上初めて大陸全土を支配したオール帝国の時代に大陸中に広まり、大陸に生きる人々の信仰として定着した。オール帝国後期に於いてはクタ教は帝国の国教とされ、実質的に大陸唯一の宗教となった。
 尤も、そうまでなるには、クタ教の総本山である聖教会が帝国に対して相当の働きかけをしたのではないか、というのが大方の史学者の見立てだ。
 何れにせよ、オール帝国の滅亡の後に誕生した民主国家エピアが大陸全土を治める現在に至るまで、デイア大陸に生きる人間にとって神の存在は自明であり、疑いようのない事実である。

 しかし――。

 デイア大陸史上唯一、神の存在を否定した者がいる。
 それは、歴史の闇の中に消えた英雄。

 私は、この者の物語を書こうと思う。
 彼と、そして、彼を語る上で欠かせないとある少女の物語を。

 確かに、私は敬虔なクタ教信者である。
 神の存在を否定する事は、神に背く事である。それは、つまり、魂の死を意味する。であるならば、神の存在を否定した男の物語を書く私もまた、神に背く者になろう。
 しかしながら、今の私を突き動かすものは信仰心ではなく、事実を知らしめんとする好奇心とほんの少しの

のみだ。

 ――故に神よ。
 私はどんな神罰でも受けよう。

 だから、神よ。私に少しだけの猶予をお与え下さい。
 ソール……。


 大陸暦三六〇年初夏


 歴史作家ジャン・サミュエルのメモ帳より
 ――『ニムルとラシュウ』執筆に当たって――
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