第8話

文字数 814文字

警察の話によると彼は殺人を犯していた。会社の同僚を殺していたのだ。その同僚はいつも彼や私の悪口を言っていた集団の主犯格だった。だから会社の大体の人間はそれが原因だろうと言っていた。私は悲しみや憎悪といった、存在するほとんどの負の感情を心に秘めながら涙を流した。しかし私には、なぜ彼が人を殺し、そして自殺をしたのかわからなかった。多くの疑問が残っていたからなのか、それとも悲しみが限界を超えてしまったのか、何だったのかは今でもわからないが、涙は手で拭えるほどしか出ず、目に跡もつかなかった。
会社はその一件で少しの間休みに入り、私はあの時の映画館に行くことにした。映画館の前に来ると、人気映画の紹介がされていた。男の同性愛についての映画だった。そこで私は彼が言った言葉を思い出した。
「もし僕が犯罪者だったらどうします?殺人とかの」
点と点が繋がり、線になった気がした。あれは「もし」じゃなくて本当だったんだと。無意識に私は彼を否定していたのだ。私は絶望した。彼のことを理解できなかった私に。彼を救えなかった無力さに。少しの絶望の後、根本的な疑問が浮かんだ。なぜ彼は殺人を犯したことを隠したのか、なぜ直球的に伝えなかったのか、そしてなぜ自殺したのか。いくら考えても線にはならなかった。私は思った。こんなことを考えても彼は帰ってこない。彼はもういない、と。そして私は考えるのをやめた。
帰る途中で重そうな荷物を持つおばあさんがいた。もし彼が生きていたらあのおばあさんを助けていたのだろうか、と考えた。その時、私の彼への思いがどんなものなのか分かった気がした。私はおばあさんを助けた。そのおばあさんは私に「ありがとう、ありがとう、、、」と何度もお礼を言ってくれた。私は昨日以来、初めて笑顔になった。
それから私は困っている人を助けるようになった。もちろん怖かったり、迷うときもある。そんな時は彼の仮面を着ける。そうするとどこか安心できるのだ。

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