第4話

文字数 1,068文字

彼の話を聞きながら歩いていて、気がつくともう駅に着いていた。私たちは別々の路線だったので改札で別れることになった。彼は最後に「今日は本当にありがとうございました!明日もよろしくお願いします!」と言って深々とお辞儀をした後に改札を通り、ホームへ消えていった。私は彼がなぜこんな性格なのか分かった気がした。しかしそれと同時に、嫉妬心のようなものが湧いてくることがわかった。私もそんな生活を送り、心を許せる友人に巡り合えれば、こんな仮面だらけの生活をしなくて済んだのではないか、と。私は後悔したことや、嫌な思いをしたことを引きずる癖がある。翌日の私の脳内には、まるで彼の過去や性格のことなどをほとんど忘れているかのように、嫉妬心が渦巻いていた。
彼は物覚えが早く、もうある程度の仕事ができるようになっていた。私はそこにも嫉妬した。彼は周りから仕事ができる人だと信頼されるようになっていった。私は自分の心が日に日に嫉妬で満ちていくのを感じた。彼が私にわからないところを聞くときや、はたまた私を褒める時でさえも、嫌味のように感じることがあった。彼に話しかけられた時、私が感情に身を任せ彼を突き放すことが時々あった。その時の彼は少し寂しそうな顔をしていて、その顔を見るたびに、どこに向けていいかわからない怒りがこみ上げてくるのを感じた。
ある日、休憩の時に私がトイレの個室で用を足して出ようとすると、同僚や部下が話しながら入ってくることに気づいた。その声の中にはMの声もあった。そしてある程度の談笑を済ませた時に、1人が私の悪口を言い始めた。いつもと変わらない内容で、いつも通り他の者が賛同の声を上げようとした。だがいつもと違うことが起こった。賛同の声と同時に、はっきりとMが「ふざけるな」と言ったのが聞こえた。彼の声は皆の声をかき消すようにトイレ中に響き渡った。それに続けるように彼は「俺の先輩の悪口を言うな、仕事で褒めてくれて嬉しかったが今全く嬉しくなくなった。」とも言った。私は涙を流し、泣き声だけは漏らすまいと必死に堪えた。そのあと、彼らはMに何か悪態をつけて出て行った。私は個室から出て残っていた彼に「ありがとう」と言った。彼は「いたんですか!?」と驚いていたが、少しして真剣な表情になり「嫌だと思うなら言い返さないとダメですよ」と私に言った。その時私は忘れていた記憶を取り戻したかのように悟った。私がどんなに愚かな勘違いをしていたのかを。彼は正直者で、嫌味を言ったりするようなやつじゃないと。そして、彼は私のことを本当に尊敬していたんだと。
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