第1話

文字数 915文字

これから話す物語は、仮面だらけだった「私」と、仮面を1枚も身に付けていなかった「彼」の物語だ。物語と言ってもそこまで長くはないと思うので少し耳を傾けてくれると助かる。
私は脳内に残っている一番最初の記憶から会社員6年目まで、ずっと仮面を被りながら生きてきた。仮面と言っても、お面とかそういう物としての仮面ではない。人は他人に本当の自分を隠している、というまぁまぁありがちな話の方の仮面だ。
私はその中でも特にたくさんの仮面を持っている方だった。簡単に言うと八方美人と言うやつだ。私は他人に嫌われるのが怖かった。
中学3年生の10月、受験までの追い込みのときに友達数人に「一緒に底辺行ってサボろうぜ。」と言われて行きたかった学校を諦め、親と先生にはこの学校に前々から行きたかったなどと嘘をついたり、高校生のときに、怖かった先輩に嫌われたくなくて、中学のときの運動のあまり出来なかった同級生を必要以上に集団でいじったりした記憶は今でも鮮明に覚えている。他にも日常的に着けてきた仮面の記憶はたくさんある。
もちろんその仮面は大嫌いだった。毎日毎日この仮面を捨てたいと強く思った。しかし当時の私には、この仮面を捨てる勇気がなく、そして仮面を着けて他人に愛想を振りまいて危機を逃れたときの安心感から、いつしか仮面を手放せなくなっていた。
大学生になったときも、教室の隅に居たくなくて、会話をしている集団のところに駆け寄っていった。そういう日常は会社員になってからも変わらなくて、新人の時には今まで吸ってもいなかった煙草を始めて、煙草休憩に入ると先輩のもとへ駆け寄り、自分のライターで先輩の煙草に火をつけたり、同期から仕事を頼まれた場合は二つ返事で引き受けた。
トイレの個室に入っていると時々、同期や先輩の談笑や他の社員の悪口などの中に、◯◯(私)って八方美人過ぎて気持ち悪いとか、◯◯に死ねって言ったら本当に死にそう(笑)という私への陰口が聞こえてきたこともあった。その時の私は怒りでいっぱいだった。でもトイレから出て言い返す勇気が私には無かった。
そんな生活をしながら6年が過ぎたあるとき、ある1人の新人が入ってきた。その人こそが最初に言った「彼」だ。
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