第18話 訣別

文字数 1,679文字

 この秋には、二十七歳になる。
 以前は、細々と持ち込まれていた縁談があったらしい。でも、私の不品行と、両親の気遣いで、それらは日の目を見る事なく立ち消えた。
 実家に戻って、鬱々と日を暮らしている私を心配してか、伯母からお見合いの話を持ち込まれていた。伯母としては、私の性格を把握しているので、無駄だとは思うけど、気散じになれば、といった感じで、あまり期待してはいなかったようだ。それなのに、私が
「会ってみる」
と、言ったので、びっくり仰天していた。
「ちゃんと、真面目な気持ちでしょうね」
 母は、私の心情を図りかねているようだ。やけになっていると思っているらしい。さもありなんだ。
 トントン拍子に、話がまとまり、再来週の週末、初めて会う。相手は、三十三歳の鉄道会社勤務。真面目さは折紙付きだそうだ。写真で見る限りは、穏やかな雰囲気で落ち着いている感じだ。結婚相手としては、優良物件だろう。トキメキは皆無だ。しかし、私は問題児だから、欲を言ってはいられない。
 
 披露宴が華やかに進んでいく。お色直しの紫のドレスが、彼女によく似合っている。
「ピンクが似合う歳じゃないからね」
 そんなことを、言ってたっけ。だったら、私は真っ白なウェディングドレスなんて似合わない。
 
 結婚って何なのだろう。

 激しい恋の末に、結ばれる人達もいる。この二人のように、長い時間を共有して、信頼の末に結ばれる者もいる。二人のお互いへの想いが燃え上がった頂点で、結婚するなんてカップルが存在するのだろうか。大方は、双方の幾分かの妥協の上に成り立っているに違いない。
 燃え上がった恋は、いつかは冷める。結婚は、恋が冷めた後も、互いの絆を守るための制度なのか。だったら最初から、静かに少しずつ絆を深めていく形でいいのかもしれない。…何となく、自分を納得させようとしている感じが否めない。

 同時展開で、就活を始めた。結婚後も続けられる仕事に就きたい。相手ばかりを見つめていると、そのうち欠点に目がいってしまう。そんなことを考えなくてすむように、夢中になれる仕事が必要だ。仕事は、きっと私を支えてくれる。中途採用の募集があった隣市の「文学館」の職員に応募して、既に面接を終えた。
学校図書館の司書事務の経験があったので、好感触だった。

 全て、奴には伝わらないようにしている。もう、終わりにしなければならない。

 披露宴が終わり、友人達は二次会へと流れていく。私は、ロビーで奴を待っていた。
 私を見つけて、こちらに近づいてくる。背が高く、筋肉質だが、スラリとした姿は一際目立つ。
 この人と、違った形で結ばれていたら、別の結末を迎えただろうか。この人は、今まで私への気持ちを口にすることが、一度もなかった。何度体を重ねても、一言も甘い言葉を囁かなかった。私に尋ねることもなかった。
 それでよかったと思う。今となっては。

 奴の滞在しているホテルに向かう。市の中心に建つ大きなホテルの、ダブルの部屋だった。
 ドアが閉まるか閉まらないかのうちに、抱き締められた。貪るように唇を吸う。ドレスのファスナーに手を回し、慣れた手付きで引き下げる。私を抱え上げ、ベッドに下ろす。いつもより、切羽詰まった様子で、次々と私を剥き出しにしていく。アップにしていた髪は、既に乱れていた。黒々とベッドに広がっている。性急な愛撫で、あっという間に燃え上がった私の中心を貫く。
 どこまで揺られていくのか、辿り着くのは奴が見せてくれる無我の夢の中だ。辿り着いた途端、砕け散って闇に落ちる。
 これが、最後だ。私は、再び、この場所に辿り着くことはないだろう。狂おしいくらいの恍惚は、私を掻き乱す。壊して狂わせる。
 歓喜に震えながら、涙が流れてくるのを、止められない。どうしてだか、分からない。引き裂かれた瞬間の、鋭い眼差しを思い出す。血に染まった手で抱きしめられ、初めて唇を合わせた夜を思い出す。桜の花びらに隠れて、抱き合ったことを思い出す。全てが溶けて流れ出してゆく。

 この感情に名前を付けることができない。

 単純に、愛と呼べたら楽だったのに。
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