エピローグその二:あるいは新たなプロローグ

文字数 1,247文字

「人、多いね」
 周囲を見渡して言った梓に弥生が応じた。
「百五十校が参加するという話ですもの。神奈川や大阪ほどではないにせよ、試合数の多さは半端じゃありませんわ」
 男子野球部との試合から一週間後の六月二十二日。県庁所在地の文化センター。
 来月の上旬から始まる県大会予選の組み合わせ抽選会場に、梓たち清水共栄女子野球部員一同は到着したところだった。
「にしても女子はやっぱ少ないね。うちらずいぶん目立ってるんじゃないかな?」
 一美の言う通り女子生徒の姿は少なくて、目に入るのはひたすら男、男、男。
 全員が女子な上に、百五十センチのちびっ子だの金髪碧眼の留学生だので構成された梓たちの集団はやたらと注目を集めていた。もちろん、男子野球部を倒したという情報も、すでに多くの人が知っているだろう。
 春季関東大会の県予選で優勝した清水共栄は、本来ならAシードが決定していた。だがそれは男子野球部の成し遂げたことであり、女子野球部としてはシード権を辞退、ノーシードで一回戦から戦うことになる。
 会場内に入ってホールの座席に腰を下ろせば、周囲には様々な高校の制服がずらり。名前を聞けば梓もよく知っている高校ばかり。
「あの……向こうっ側からわたしたちを睨んでるの、どこの高校……?」
「河出商業ね。去年と一昨年、決勝で甲子園行きを逃してる県北の名門校」
 真理乃に優が解説している横では、シャーロットと転校生の一美相手に弥生と雪絵が知識を披露し合っている。
「あそこにいるのが岩波一高ですわね。県立の進学校ですけれど、去年の夏は県大会ベスト4まで進出して話題になりましたわ」
「あの白いブレザーは、扶桑大一枝。一昨年の春、センバツに出てる」
 そんな会話に囲まれていると、次第に梓は心躍ってきた。不安と期待が交錯し、鼓動がどんどん高まっていく。
 ――戦いが、始まる。
 敗者は容赦なく退場させられ、勝ち残った者は休む間もなく次の戦いを強いられる、死力を尽くした闘争。全国で四千以上のチームが覇を競い、たった一つの真紅の旗を目指して、繰り広げられる死闘。
 三十数年ぶりに味わうそれへの期待に、梓は酔いそうになった。
 悪酔いとばかりは言えない。心のどこかでずっとこれを待ち望んでいたのだから。

 セレモニーが終わり、いよいよ抽選開始。
「さ、行ってらっしゃい、キャプテン」
 梓に振り向いて、弥生が笑う。
「恥ずかしいからやめてよ、くじ引きで決まったことなのに……」
 立ち上がりながら、梓は唇を尖らせる。最上級生の啓子も一美も、あるいは美紀も優も雪絵もキャプテンになるのを固辞し……最後は「どうしても嫌、というわけではない」弥生と梓でくじを引いたのだ。
「ほら、愚痴は後で聞いたげるから、行ってきな」
 美紀が梓に笑いかける。
「はーい」
 梓が座席横の段差を降りて行こうすると、一美が声をかけてきた。
「楽しい相手、引いてきてよ!」
「はい!」
 元気に答え、梓は舞台へと駆けて行った。
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登場人物紹介

宇野梓

高校一年生。ピッチャー。各種変化球を使いこなし、オーバースローでもサイドスローでもアンダースローでも投げられ、コントロールは抜群。

実は、病気で急逝したプロ野球の名投手が生まれ変わった子。

小笠原優

高校一年生。キャッチャー。キャッチングの技術と配球の組み立ては極めてハイレベル。

実は、昨年夏甲子園で準優勝したチームのキャプテンが年下の幼なじみと入れ替わった状態。

青田啓子

高校三年生。ファースト。身体は弱いが、チームの指揮に関してはプロ級。

実は、プロ野球二軍監督が事故死して少女の身体に脳移植された状態。

森弥生

高校一年生。セカンド。お嬢様ながらガッツはチームナンバーワン。シュアなバッティングも持ち味。

実は、小学生時代に野球少年と入れ替わった少女が数年ぶりに元に戻った状態。

鮎川一美

高校三年生。サード。バッティングの天才。

実は、昨年夏の甲子園で優勝したチームの四番打者が、家系に代々伝わる呪いで性転換した状態。

田口雪絵

高校一年生。ショート。野球センスに秀でたオールラウンドプレーヤー。

実は、関西の名門校へ野球留学するはずだった少年がリトルリーグ時代にライバルだった少女と身体を交換された状態。

村上美紀

高校二年生。レフト。梓の幼なじみ。試合になると人が変わったように巧くなる。

実は、試合の際にはプロ野球選手だった祖父(存命中)を憑依させている。梓およびその他数人の事情も知っている。

シャーロット・L・ミラー

高校二年生。センター。アメリカからの留学生で、恵まれた身体能力を有し、肩の強さは男子に引けを取らない。

実は、滞在先の小学六年生男子と一日のうち十二時間を入れ替わっている。本人はスポーツに苦手意識を持っているが、諸事情あって少年が彼女の身体で野球をすることになった。

藤田真理乃

高校一年生。ライト。初心者で性格はおとなしいが、走攻守いずれも高水準。

実は、学園経営者一族の少年。一族と契約している魔神に採用され、いざという時に魔法少女になるだけでなく、常日頃から少女として暮らすことになってしまっている。

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