第8話

文字数 1,507文字


 サンタクロース。彼が多数の人々に知られ、信じられている者であるということを理解してから、私の思考は「サンタクロースは怪異である」という論を組み立てた。だが、怪異というものは実在が前提となっている。清咲のように視える者たちによれば、怪異どもは確かに存在し、超自然的な力によって我々を苦しめてきたという。暴挙を尽くした怪異を数千年前に鎮めたのも清咲家の者であった。だが、僅か数百年程前に光輪病が発現してからというもの、我々が不可解な病に苦しめられていく間に、何の因果か怪異の力は増幅していった。こうして地下に追いやられた我々は、光輪病の解明とともに、怪異の捕縛とを急いだ。しかし、当然のことだが端から存在しないものは捕らえることなどできない。それでは、サンタクロースは怪異ではないということだろうか。いやーーー、私は大多数の子供達はサンタクロースの存在を信じ、クリスマスには到来を待っているという真相を聞いて、怪異と対峙する時のような胸騒ぎを覚えていた。果たして、猛威を振るう怪異どものように、サンタクロースを檻に繋ぐことはできるのだろうか?いやーーー、
「でも、嫌だなぁ。もし本当に、サンタさんが怪異だったとしたら、教授はもちろん、政府も黙ってないですよね」
 悶々と巡り始めた思考が、名月君の何気ない声に断ち切られてしまう。サンタクロースがまるで怪異のようだと言った私のことをまたもや嘲笑した名月君であったが、それきり黙々としてしまった私の真剣さが伝播したのであろう。彼女はサンタクロースが怪異であるという仮説を基にした意見を発した。だが、その発言はまるで、サンタクロースという怪異を庇い、我々を、というより世界政府を敵に回しているように私には聞こえてしまったのだ。名月君の意図は不明であるにせよ、それほどまでにサンタクロースの影響力は凄まじいものなのだろう。実際、私も先刻まで彼の実在を信じていたのだ。私は自分にも言い聞かせるように、次の思考を口に出していた。
「サンタクロースは存在しない。この事実こそ全てだ。存在を認識し、恐れることこそ怪異が力を増幅させる所以なのだ。もしサンタクロースが怪異だとすれば、その存在を認めることは明らかな愚行の一歩だろう」
 この時、私の脳内にある一つの閃きが走った。デスクを叩くように立ち上がると、閃きは居ても立っても居られなくなったかのように、私を動かした。まずはモニターに映るスケジュール画面のイラストを消し、テレビ画面で繰り広げられていた季節のアニメーションコマーシャルを消し、名月君が手にしていた焼き菓子の包みを取り上げると、一瞥して捨てた。このように私が半狂乱の行動をとってしまうのは、助手にはなれてしまったことなのだろう。名月君は私のことなどお構いなしに、焼き菓子を素手でつまみ続けていた。
「でも、たとえサンタさんが怪異だとしても、私たちに害をなすのは想像できないです。ーーーって、教授、怖いこと考えてません?」
 名月君の問いかけに、私は睨みつけた視線で応じた。モニター、テレビ、菓子の包み。これらに共通して描かれていたものは、そう、赤服白髭のサンタクロースだ。サンタクロースの存在を信じることが愚行の一歩なら、私が今していることは、快挙への小さな一歩だろう。サンタクロースよ、お前が怪異として我々を苦しめる前に、私がお前の存在を否定してやるのだーーー。
 私は研究室から飛び出すと、常に身につけている無線を世界政府へと繋いだ。名月君は勢いよく閉じられた室の扉を開けると、私の背を見送りながら叫ぶ。
「教授!衛くんへの望遠鏡、引き落としでいいですかーーー!」
「必要ない!」
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