第4話

文字数 1,189文字


「ねぇ、衛人くん」
 二人で黙々と空を見ていたところに突然、下の名前のみで呼ばれる。背筋に心地よい程度の電流のようなものが流れると、私の名を呼んだ君の声の波が耳を震わせた。それが鼻まで伝わったのか、くしゃみが一つ飛び出した。
「……やっぱり恥ずかしい。窓井くんでいいか、これからも」
 君は微笑を漏らすと、先刻まで握り合っていた手とは逆の方の私の手を、彼女から掴まれた。手袋越しでも冷えた私の指は、君のコートのポケットに吸い込まれていく。その中で、何か小さく固い物が私の指先に触れた。取って、と言われるままにその小物を掴んで引き出す。それは、夜の空のように深い青色をした小箱だった。君と視線が合うと、小さな光を湛えた眼差しはこくりと頷いた。私は小箱の蓋に指をかける。
「Ga-810星、特別に写真を見せてもらったんだけど。白銀色……っていうのかな。綺麗だった」
 小箱を開く時間は永遠のように思われた。君が呟くように何かを言っているが、ほとんど耳に入らなかった。それくらい、段々と中を見せてくる小箱に目を奪われていた。
「似た色の宝石、探すの大変だったんだから」
 そこにはGa-810星があった。だがこのGa-810星は、乳白色の衛星と、大幅にずれた環を持っていた。ーーーいや、これは環ではなく、軌道を表しているのだろうか?だが軌道だとしても、真円すぎる。果たしてGa-810星の公転軌道は、真円になりうるかどうか?私は頭の中で思考を巡らせた。
 ふいに、君の指が添えられたかと思うと、君は小箱からGa-810星を抜き取った。そうして、私の左手を取って寄せて、その薬指にゆっくりと通した。逡巡した私の思考が真に求めていた、けれども敢えて避けてしまった最適解へのピースが、君が次に発した言葉で綺麗にはまってしまった。
「窓井くん。私と、結婚してください」
 私と、君とが、男女として結ばれる。願っても、叶うこともないことだと思っていた。だが、それを君も望んでくれていた。顔の熱が目の辺りに集中して溢れ出す。水滴が眼鏡のレンズに落ちて、目前のGa-810星と君の顔とがぼやけてしまった。
「ちょっと、何で泣きながら首振ってんのよ」
「ずっと……ずっと、君は、私にはもったいないと……」
 一ヶ月ぶりにまた赤くなった君の顔を見る。君の瞼も、濡れて光っていた。それに気づくや否や、君が腕を伸ばしたかと思うと、強い力で抱き止められる。首と肩甲骨の辺りが締まって苦しいところに、背中を何回も叩かれた。凍えるほどの寒い夜であることを忘れるくらい、身体中が熱くなる。
「そんなこと言わない。私は、あなたがいい」
 少しだけ鼻声混じりの、けれども芯のある君の声が、耳の近くで響く。ずれた眼鏡越しから、決壊したように溢れて止まらない。私たちは、こうして聖夜の寒空の中、お互いの中の熱を確かめ合うようにしばらく抱き合っていた。
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