妄想列車

文字数 1,285文字



目の不自由な老婆が歩いている。自称心優しい俺は、老婆に声をかけた。
『もし良ければ、目的地まで、ご一緒しましょうか?』老婆は、微笑みながらゆっくりと俺と腕を組んだ。
孫の話や、夫に先立たれて寂しい等、身の上話を話しながら、歩いて行くと、老婆が急に立ち止まる。
『お婆ちゃん。どうしたの?』
組んでいる腕を、少し引くが、びくともしない。
もう一度、腕を引こうと足を踏み出すと、カツン…足元に違和感を感じた。
これは…線路‼︎
『お婆ちゃん、さぁ、行こう。ここは危ないよ。』
老婆の顔を見ると、満面の笑みを浮かべている。
このまま電車が来たら、俺も婆ちゃんも危ない。
そう頭に浮かんだ瞬間、サイレンが鳴り響き、踏切が降りて来る。
『お婆ちゃん‼︎早く行こう‼︎』
声の限りに叫びながら、強く腕を引く。
老婆は、高齢とは思えぬ力で、その引力を制すると、その場に屈み込む。
このままじゃ…俺も巻き込まれる。
俺は、ありったけの力で、老婆の腕を振り払った。
踏み切りの外へ転がり出ると、いつの間にか、この様子を見守るギャラリーが集まっている。
ギャラリーの半分は老婆への憐れみの目を、後の半分は俺に白い視線を送る。
『俺は悪く無い‼︎あのババアが俺を離さないのが悪いんだ‼︎俺じゃない…』
ファーー‼︎
警告音とブレーキ音が入り混じり、電車が迫る。
俺は結果的に、老婆を見捨てる事になってしまった。
老婆の方を観る事が出来ず、目を閉じ、現実逃避をキメ混んだ。
『あーー‼︎』
野次馬共から声が漏れる。
お婆ちゃんごめん…ごめん…
閉じた瞼から涙が溢れでる。
ギャン‼︎‼︎
鈍い衝突音が鳴る。
その音に俺は、とてつもない後悔を覚えた。
その2秒後…コトリ…
俺の目の前で音が鳴る。
その音に驚いた俺は、不意に目を開けてしまった。
目の前には、首だけの老婆が、こちらを見ていた。
ひっ‼︎
老婆の顔は、予想外に安らかな表情を浮かべていた。
お婆ちゃん…ごめん。
そう…心の中で俺が呟く。

その瞬間、老婆の表情が一変し、怒りの表情に。
その血塗れの口からは
『ウソツキ…ウソツキ…ウソツキ…」
俺は、あまりの恐怖に、老婆の白髪を掴み、闇雲に放り投げた。

老婆の首が叢に転がる。

俺は、グシャグシャの顔になりながら、ギャラリーを掻き分け走った。
『俺は悪く無い‼︎俺はウソツキじゃない‼︎俺は…』
俺は駅の中に逃げ込む様に走り込んだ。

ウソツキ…
背後から女性の声が聞こえる。
振り返るが、誰が言ったのか分からない。
ウソツキ…
また背後から声がする。

振り返るが、誰も居ない。
ウソツキ…ウソツキ…ウソツキ…
どこからとも無く声がする。

『誰だ‼︎俺はウソツキなんかじゃ無い‼︎あれは仕方なかったんだ!」

俺は、ふらふらと駅のホームへ向かって歩いていた。
『3番ホームに電車が入ります。ご注意下さい。』
アナウンスが流れる。

『分かったよ…」

俺は迫り来る電車に、飛び込んだ。

なっ…婆さん…俺はウソツキじゃ無かったろ。
ちゃんと目的地まで、一緒なんだから。

一日一善?…クソ喰らえだ。

俺の首は弾け飛び、若い女性の前に転がった。
ギャー!
女性の悲鳴がホームに響く。

俺は最後の意識で、女性に言った

『……好きです』
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