文字数 1,704文字


 魔王との話し合いは問題らしい問題も起こらずに終わった。
 多少の小競り合い――というにはかなり優しい部類の、互いに求める利益が釣り合う妥協点の探り合いはあったけれど。
 とりあえず私の要望はほぼそのまま通ったと言っていいと、そう思う。したいことへの協力も取り付けることができたし、結果としては上々だろう。
 とは言え、全てが私にとって都合のいい結果になったのかと言われれば、それは否だ。
 協力を得るための代償として、細々とした協力という名の面倒事も課される形となってしまっている。
 もっとも、そこに不満を持っているわけではない。タダで得られるものなどこの世の中には存在しないのだ。協力してもらうのであれば、こちらも人足としての労働力を提供するのが当然だろう。
 そして、こちらが支払う対価と得られる協力を全て鑑みた結果として、決まった内容は満足のいくものだったという、そういう話なのである。
 なにせ、相手は交渉ごとに関してはこちらと比較するのも恥ずかしくなるほどの、海千山千の兵だ。そんな相手から思った通りの利益が得られたと思えただけで十全な結果――なはずである。そのはず。
 相手からすれば小さすぎて譲ってもいいかな、と思われる程度要求でしかない可能性もあるが。もっとふっかけておけばよかったかな。今更か。今更だな。
 まぁ終わったことを気にしても仕方がない。
 過ぎた可能性を考えるよりは、得られた成果を整理する方が建設的だろうと、そう考えておくとしよう。
 さて、そうやって魔王と話をした結果として通った要望のうち、大きなものはふたつある。
 これは交渉開始時に伝えていたものがそのまま通ったものである。
 ひとつは身内の保護。これは対象者をリストにまとめて向こうに渡した後は、対応を任せることになっているが――当然のことながら、完全に向こうに対応を任せきりにするつもりはなかった。
 こちらでも情報は集めるし、相手の対応が思っていたものより悪ければ相応の行動に出ることは伝えてある。
 相手もこちらの程度は把握しているだろうから、そこまで無碍な扱いはしてこないと考えてはいるけれど。もしも実際の対応が気に食わないものであるとわかった時には、やりたいようにやる。それだけの話でしかない。
 大事なのはもうひとつのほうで、勇者選定の仕組みを破壊する件である。
 これは私の当面の活動目的となる大きなもので、安易な言い方をすれば、これからの人生における生きる目的なのだから、優先順位は先のひとつめよりも上になるわけだ。
 ただ、結論から言うとこれが意外と面倒くさい作業になった。
 魔王の側は、勇者やその味方の側からすれば敵に当たる。この制度を都合が悪いと考えているのは魔王の側であるはずで、それ相応の情報が揃っていると期待していたのだが――そのアテが外れてしまったからである。
 アテが外れた理由はいくつかあるが。一番大きいものを挙げるなら、魔王の側からすれば、正直勇者のことは大抵の場合においてどうとでもなる小さな障害としか認識されていなかった点だろうか。
 まぁよくよく考えれば、国として動いている勢力に対して個人ないし数人規模の集団がちょっかいをかけても、よっぽどの被害を与えるのでなければ脅威として捉えることもないのは当然のことである。
 そして脅威が小さいと判断されてしまえば、対策や情報収拾の優先度も下がるわけで。その結果としてあまりまともに調査ないし研究などはされず、情報が殆どない状況になったというわけだった。
 説明されれば自然な流れだと理解はできるが、だからと言って納得がいくものでもないし、私個人としては歓迎できる事実ではなかったが。
 嘆いても結果が変わるわけでもないので、仕方が無いと諦めることにして。残っているそれらしい記録を全て持ってこさせて自分で検討することとなったわけだった。
 これを面倒だと言わずして何だというのか。
 正直なところを言えば、途中で何度か投げ出してやろうかと思ったくらいである。
 まぁ、ちゃんと終わらせるまで頑張りましたけどね。ええ。

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