文字数 3,224文字

 目の前には、立派な城が建っている。
 周囲に視線を回せば、和やかな雰囲気に包まれた街がある。
 しかし、私が生まれ育った場所とは違い、行き交う住民の姿には自分のよく知る人間とは異なる特徴を持っている者が多かった。
 ある者は頭に牛か鹿のような角が生えていたし。服の裾からトカゲのような、あるいは硬質な矢のような尻尾が見えているものもいた。そもそもからして人型ではない――下半身が馬や蛇のそれであったり――ものもいるくらいで。
 ここは本当に違う世界なのだと、いやがおうにも理解させられるのだけれど。
 ……でも、違いなんてそれだけだ。
 自分にとって馴染み深い風景と違う部分があるだけで、本質的には何も変わらない。
 それはすなわち、ここには私が慣れ親しんだことがあるものと同様の、人間の生活があるということだ。
「…………」
 そう認識した瞬間に、思わず口から溜息が漏れてしまった。
 本当にうんざりするったらない。どこまで人を馬鹿にすればいいのだと、この点については散々考えた後だというのに憤らずにいられなかった。
 顔を俯けて強く目を閉じる。深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。
 そして、十分に落ち着いたと思ったところで、目の前の城の入り口に立っている門番に近づいくことにした。
 門番はこちらに気が付くと、警戒する反応を示した。
 自分は彼らからすれば不審者なのだから、当然の反応だろうと、そう思う。職務に忠実なのはいいことだ、とも。
 だから。
 そんな彼らの勤務実績にケチをつけるようなことをこれからすることになるのだと思うと、若干申し訳なさを感じなくもなかった。
 ……まぁ引くわけにもいかないんだけどね。
 そんなことを考えていると、真面目な門番は、近づいてきた不審者である私に対して厳しい声で呼びかけてきた。
「そこで止まれ。……貴様、この城に何の用だ」
 私は彼の質問に対して、素直に要望を伝えてみることにした。
「ちょっとこの城の主に用があってね。取次ぎをお願いできないだろうか」
「訪問の約束はしてあるのか?」
 彼の質問に、思わず噴き出してしまいそうになったが、なんとか抑え込む努力をした。
 なぜ笑いたくなるような衝動に駆られたのかと言われれば、ある意味ではお約束ではあるのだと、そう思ってしまったからである。
 とは言え、質問に対して笑い声で応じれば、ただでさえ強い警戒が強くなってしまうのだから避けなければならないことだろう。
 浮かび上がってきた衝動をなんとか抑え込む。そしてその後で彼を見ると、回答に間があることに怪訝な表情を浮かべているが、こちらの回答を待ってくれているようだった。
 こちらの反応を待つ彼の視線に対して、首を横に振ってみせる。
 すると、彼は溜息を吐いた後でこちらを追い払うように手を動かした。
 まぁそうなるな、と彼の行動に納得する。
 自分が相手の立場だったら間違いなくそうしているだろうと、そう思ったからだった。
 それに、元よりこちらの言葉だけで要望が通るとは考えていない。
 なにせ、今から会おうとしている相手は、この国で一番偉い役職に就いている――すなわち王様というやつなのだ。
 国という最も大きな人間の群れにおける頂点に立つ存在、それが相手なのだから、会いたいと言ってそう会える相手ではないことは明白だ。
 加えて、会いたいと言っている相手がどこの誰とも知れない輩であるのなら、会わせる訳にもいかないだろう。何が起こるかわからないし、その可能性そのものを潰したいと考えるのが普通の感性だ。
 ……やっぱりこうなるか。仕方ないな。
 そう考えて、私は彼の動きに応えるように背を向けて、城から離れるように歩き出す。
 億が一くらいの可能性に懸けて声をかけてみたものの、こうなってしまっては仕方が無い。
 ――世の中において己が望みを叶えるために選べる選択肢は、大別すればふたつだけだ。
 言葉で説き伏せるか、あるいは暴力に訴えるか。
 それだけしかない。
 そして、穏便にいく前者の手段で望みが叶えられなかった以上は、私が自身の望みを諦めるのでもない限りはひとつだけである。
 ゆえに。
 ……悪いね、そこの兄さんたち。
 そんな風に心の中で軽く謝った後で。
 一呼吸を挟み、一歩を強く踏み――その勢いで体を回して城の方へと向き直った。
 会わないという選択肢は私の中に存在しないのだ。
 だったら、取るべき行動はひとつしか有り得ない。
「何をする気――」
 こちらの動きに気づいた門番たちが何かを言いながら正面に割って入ろうとする姿が視界に映った。
 明らかにこちらが門に届く方が速いので障害には成り得ないけれど。距離が近いと巻き込みかねないのが心配だな、なんて言葉が頭を過ぎって。
 可能な範囲で気をつけるかな、と考えながら、動きを定める。
 走る勢いの中で姿勢を整える。
 拳を固める。
 測った距離に合わせて踏む足を整える。
 ……ものを殴る時に一番大事なことは調子を合わせることだ。
 だから一歩、二歩、三歩と踏んで。
 三歩目を踏むと同時に固めた拳を射出した。
 拳に硬い感触が一瞬だけ返り――次の瞬間には手応えとしての感覚だけを残して消え去った。
 同時に快音が響き。殴った城壁が結構な距離に渡ってひび割れて弾け飛んだ。
 後に続くのは、突然現れた人災に怯え惑う住民の悲鳴と、滝が落ちるように立て続けに響き続ける大きな質量が落ちる時の落下音だ。
 瓦礫が雨のように降り続ける中で、近くにへたりこんでしまった門番の元に近づく。脇に立つと、その足音で怯えたように体をびくりと震わせた。
 ……怯えたように、じゃないな。怯えてるんだよな、これ。
 こんなことが出来る人間を前にして、この後の自分が無事であるなどとは、普通は考えられないだろう。
 私としては彼を傷つけるつもりはないんだけどな――とそこまで考えて、自身の思考を否定した。
 頭に浮かんだその言葉が、正確な表現ではなかったからだ。
 確かに私はむやみやたらと誰かを傷つけるつもりはないけれど――障害として立ち塞がるならば、老若男女、何であろうと叩き潰すつもりでいるのだ。
 単純に、目の前に座り込んでいる彼からはそういう気配を感じないから、そんなことを考えているだけである。
「……ああ、そうだ」
 そこまで考えてから、ふと思いついたことがあったので、すぐ傍にいる彼の方へと近づいていき、視線を合わせて言う。
「突然驚かせるような真似をしてしまって悪いね、門番さんよ。
 ただ、あんたを殺すだとか、そういうつもりは今のところないんだ。そのつもりだったらもうそうなっているというのは、今のを見たらわかるだろう?」
 一息。どう言えば穏便に行くだろうかと考えて、どうやっても無理だからいいかと諦めてから、
「邪魔はするな。障害と判断した相手はこうなる。他の者にもそう伝えろ」
 それだけを言い捨てた後で、彼から視線を外してから城の敷地内に入る。
 瓦礫が崩れ落ちる音に紛れて、近づいてくる大量の足音が聞こえている。
 足音の主は、この騒ぎへの対応として出てきた人員だろう。
 全てが全てそうだというわけでもないのだろうが、その中には絶対に、この惨状を作った犯人を処断する者も含まれている。
 要するに、邪魔をする人間が向かってきているというわけだ。
「……さて、向かってくるのはどの程度の相手かねぇ」
 そう言って、ひとまずの目的地である、目の前に立つ城へと走り出す。
 とは言え、邪魔者は潰すつもりでいるが、別段人の命を奪う行為を好んでいるわけでもないので。
 ……ほどほどに弱い相手だといいんだけどな。楽だから。
 そんなことを考えながら、わらわらとこちらに殺到してくる連中に向ける拳を固めるのだった。
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