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文字数 4,834文字
自分を止めようとする人間に対処する作業があまりにも簡単で単純作業のようになってしまい、随分と深く回想をしてしまったが。
ふと気付けば、周囲に人影が見えなくなっていた。
感じられる人の気配も殆どなく――はっきりと感じられるものは、ただひとつだけとなっている。
どうやらこちらの意図が正しく伝わったらしいと判断して、走る勢いを落とし、気配のする方へと真っ直ぐ進むことにした。
もっとも、初めて来る場所である上に、この城の内部構造が想像していた以上に複雑だったものだから、目的地に辿り着くまでに結構な時間を要してしまったのだが。
……しまらないねぇ、まったく。
そんな風に考えて、自嘲するように笑った後で意識を切り替えた。
おそらくこの先に居る、と感じた扉の前で立ち止まり。呼吸を整えるために深呼吸を数度繰り返してから、静かに扉を開く。
扉を開いた先には、思ったよりも広い空間があった。
と言っても、床面積が広いという意味ではない。
いやまぁ、旅に出る前に住んでいた安宿に比べれば雲泥の差と言えるほどに広いのは間違いない事実だけれども、今言いたいことはそういうことではなくて。
広い空間だという印象を持った理由は天井が高いからだろうと、そう思ったということである。
覚えた疑問に答えを得たので、視線を上から正面に戻す。
部屋の中央には、扉を開いた先から正面の壁まで伸びているかのように長いテーブルが置かれていた。
そして、このテーブルの壁際に近い場所、自分の正面にあたる方向にひとつの人影があった。
それは壮年の男――のように見える何かだった。
自分の視界に映るその姿は、ぶっちゃけどう見てもそうとしか言いようのない形をしていたのだが、断言しないことにはちゃんと理由がある。
この国に住む種族の中には、自身の容姿を自分と同じような人型か特定の形へと自在に切り替えることができるものもいれば、そもそも定型を持たないものもいるからだ。
要は、この姿が彼の本当の姿であるかどうかが判断できないという、それだけの話ではあるのだが。
一方で、確信できる事実もある。
それは、ここにこうして姿を現し、わざわざ自分を出迎えてくれているということから想像できる事実だ。
つまり、彼がこの国の――こちらが魔王と呼んでいる誰かだということである。
やっと会えたと、少しほっとした気持ちにもなりながら、彼に第一声を投げかける。
「初めまして。魔王様……でいいんですかね?」
「初めまして。勇者……でいいのか?」
そして、第一声がお互いに同じような内容だったことがなんだか無性におかしくて、思わず笑ってしまった。
あちらは表情を変えないまま、こちらの反応をじっと窺っている。
私は相手の反応を気にせずに、笑いが自然と落ち着くまで待った後で、口を開くことにした。
「否定の言葉が来ないところを見ると、どうやら合っているようですね。
まぁ本当に本人かどうかを確かめる術は私には無いですが――それはお互い様ですから、気にしないようにしましょう」
「何の用だ?」
「聞きたいことがあって来ました」
私の言葉を聞いて、彼はいぶかしむような表情を作って聞いてくる。
「……私を倒しに来たのではないのか?」
魔王と勇者という間柄に対する認識がこの国においても似たような意味合いであるのなら、彼がそんな風に疑問を呈することは自然なことだった。
魔王と勇者は敵対関係にあり、互いに互いを滅ぼすために戦う者だとすれば――勇者である私の訪問は、すなわち命のやり取りをしにきたと思うのが当然だからである。
とは言え、それはあくまで一般的な認識における話でしかない。
私個人には全く関係のない話でしかない。だから言う。
「問答無用で倒す、みたいなことをする気はありませんよ。そもそも、私個人としては、あなたのことなんて正直どうでもいいですしね。
知ってそうな相手があなただったから、ここに来ただけです」
私の言葉を聞いた後で、彼は吐息を吐いて表情を戻してから言う。
「……聞きたいことと言うのは?」
「いくつかあります。順に質問するので答えてもらえれば助かりますね。
答えられないか知らないことなら、素直にそう言ってもらえると更に助かります」
彼――魔王は無言と視線でこちらの言葉を促した。
私は少し言葉を選ぶための間を置いてから、続ける。
「ひとつめの質問です。
あなたを魔王と呼び、自らを勇者と名乗って現れた輩はこれで何人目ですか」
魔王は少しだけ間を置いてから答える。
「……私の代では君が一人目だ。
以前の代には、勇者を名乗る人間が幾人か現れたこともあるそうだがな」
魔王の回答に、おや、と思ったところがあったので聞いてみる。
「聞いていると、勇者が現れなかった代があるように思えるんですが」
「そうだ」
「……何をやったら出てくるのかって、知ってます?」
「それを知ってどうする?」
「最初に言った通りですよ。聞いてから考えます」
魔王は少し考えるような間を置いた後で、答えた。
「あくまで私見だが。
――我々が、君たちが言う精霊の世界に対して干渉しているときに起こることが多いようではあるな」
「例えば侵攻とか?」
「何か思い当たることでも?」
「そりゃあまあ、色々と。
例えば炎の精霊がいる世界では、とある化物を倒したことがあります。炎を食料にするというでかいトカゲだったんですが、そちらもご存知では?」
「…………」
私の回答に、魔王は押し黙るような沈黙を返してきた。
そのせいか、部屋の雰囲気が少し重くなったように感じられたが――気にするほどのことでもない。
話を続けよう。
「じゃあ次の質問を。
同じ代で何人も勇者が現れたと言われましたが、それは何故ですか?」
「……理由はもうわかっているのではないか?」
「質問に質問で返すのはあまりよくないと思いますよ」
私がそう答えると、魔王は苛立たしげに大きく息を吐いてから言った。
「おまえの目的は何だ。何がしたい」
口調と態度を少し変えてきた魔王を見て――こちらも少し態度を変えることにする。
テーブルの傍に近寄って、天板の上に片手を叩きつけるように置いてから、にやりと笑って言う。
「別に大したことじゃあない。自分が何に巻き込まれたのかを知りたいだけだよ。それ以上でもそれ以下でもない。悪いことか?」
「……それを知ってどうなる。国と国、世界と世界の間で起こる話だ。おまえ一人では何も出来まい」
魔王の発した言葉は正論だ。
そして私も、自分ひとりで国や世界と渡り合えると思えるほど、馬鹿ではないつもりだ。
でも、それが出来るかどうかと、自分のやりたいことを優先することは同列で考えることじゃない。だから言う。
「そんなの知ったこっちゃねえんだよ。
まずは知りたい情報を得る。その後でどう生きるのかを決める。それだけだ。
実現できる可能性の話は今関係ないんだよ。それはその後の話だろうが。そして、そこはあんたが決めることじゃあない」
こちらの答えを聞いて、魔王は睨むような鋭い視線でこちらを見据えながらしばらくの間黙っていたものの。その行為に飽きたのか、あるいは何か自分を納得させる材料でもあったのか――やがてこちらから視線を外すと、椅子に深く背を預けながら大きく息を吐いた。そして言う。
「私も忙しい。聞きたいことをさっさと言え」
どこか投げやりな雰囲気も出ている魔王の言葉に、どうも、と軽くお礼を言ってから、考えていた内容を口にする。
「聞きたいことはあとふたつ。一度に聞こう。
ひとつは、どんな目的であんたが他の世界にちょっかいをかけるのか。
もうひとつは、どうして無関係だろう私たちの国などから勇者なんてものが現れるのか、だ」
「前者は答えられる。後者は私見しか話せん」
「それでいい」
こちらがそう言って頷くと、魔王はやれやれと溜め息を吐いてから言った。
「我らが他の世界に侵攻する理由は単純だ。そこに欲しいものがあるからだよ。
例えば先ほど話に出てきた炎の世界であれば、物を作るためのエネルギーのひとつである熱エネルギーが容易に手に入るわけだ。他の世界も同じだよ。水の世界であれば生活に必要な水が、風の世界ならば雷や風の力が、土の世界ならば様々な物資が手に入るようになる。
我らの生活も随分と安定してきて数が増えた。養うためには土地も要るし、物も要る。それを補うための手段のひとつとして、他世界への侵攻がある。それだけの話だ」
「勇者が現れる理由は?」
「せっかちだな。ちゃんと答える」
一息。あくまで私見だがね、と断った上で魔王は言葉を続ける。
「正直に言えばあまりそちらの文化について詳しくはないのだが。たしか、精霊のことを神だなんだと持て囃す宗教みたいな文化があるだろう?」
魔王が確認するようにそんなことを聞いてきたものの、ぴんと来るものが無かったので素直に言う。
「……どうだったかな。生憎と、不信心者だったから思い当たるところがない」
こちらの言葉を聞いて、魔王は小さく笑ってから言う。
「若者が自分の国について興味がないというのは、世界が違っても同じなのだな。身近にある文化くらいは知っておいて損は無いぞ。
……まぁ、知らないというならそれでもいい。あまり重要なことでもない。
要は、おまえの国では未だにお告げやなにやらで国の方向を決めているという話だよ。では、そのお告げはどこから来ていると思う?」
「……精霊の居る世界から来ているってことか?」
「恐らくはな。我らは随分前の代からおまえたちには干渉しなくなったが、それでも最初の頃、この体制の基礎となったものが出来上がった時代には、それこそ世界すべてを敵に回すような侵攻もしていたらしい。
勇者が現れる原因は、おそらくこの過去の出来事にあるのだろう。
侵攻されていた世界は互いに連絡を取り、助け合うための仕組みを作った。それが勇者という存在というわけだ。
しかし、そんな侵攻もやがては無くなり、勇者という仕組みはほぼ過去のものになった。ただ、仕組みは残っている。だから、今回のように困り事が起こるとお告げとしてそれが伝わって、君のような者が宛がわれる。
……そういうことではないかと、私はそう考えている」
「なるほどね。じゃあそんな風に現れる勇者たちに、あんたらはどう対処してきたんだ?」
「……さぁ、どうだったかな。
とりあえずは、被害が大きければ早急に対処するだろう。そして、それだけだ。その対処の内容が侵攻の中止なのか、勇者とやらを処分するのかはその時々によって違うだろうよ。
……もっとも、私はどうしたものか悩んでいるところだがね。
まさか自分の代で勇者の姿を拝むことになるとは思わなかったから、何も考えていない」
魔王はそう言うと、小さく肩を竦めて見せた。
その様子を意外に思いながら、そういえば聞き忘れていた、と思い出したことを聞いてみる。
「最後にひとつ、知っていたら教えて欲しいことがある。
勇者というのは同時に複数現われるものなのか?」
「さっきの二つが最後ではなかったのか?」
「聞き忘れてたんだよ」
こちらの言葉に、魔王は苦笑を浮かべてから答えた。
「そういう記録も残っている」
「そうか。……聞きたいことは聞けた。助かったよ。時間をとらせて悪かったな」
そう言ってから、魔王に対して背を向ける。
しかし、テーブルを離れて、いざ外に出ようと扉に手を伸ばした――ちょうどその時になって。
「そのまま帰れるとでも思っているのか?」
そんな風に、背後に居る魔王から制止の声が飛んできたのだった。
ふと気付けば、周囲に人影が見えなくなっていた。
感じられる人の気配も殆どなく――はっきりと感じられるものは、ただひとつだけとなっている。
どうやらこちらの意図が正しく伝わったらしいと判断して、走る勢いを落とし、気配のする方へと真っ直ぐ進むことにした。
もっとも、初めて来る場所である上に、この城の内部構造が想像していた以上に複雑だったものだから、目的地に辿り着くまでに結構な時間を要してしまったのだが。
……しまらないねぇ、まったく。
そんな風に考えて、自嘲するように笑った後で意識を切り替えた。
おそらくこの先に居る、と感じた扉の前で立ち止まり。呼吸を整えるために深呼吸を数度繰り返してから、静かに扉を開く。
扉を開いた先には、思ったよりも広い空間があった。
と言っても、床面積が広いという意味ではない。
いやまぁ、旅に出る前に住んでいた安宿に比べれば雲泥の差と言えるほどに広いのは間違いない事実だけれども、今言いたいことはそういうことではなくて。
広い空間だという印象を持った理由は天井が高いからだろうと、そう思ったということである。
覚えた疑問に答えを得たので、視線を上から正面に戻す。
部屋の中央には、扉を開いた先から正面の壁まで伸びているかのように長いテーブルが置かれていた。
そして、このテーブルの壁際に近い場所、自分の正面にあたる方向にひとつの人影があった。
それは壮年の男――のように見える何かだった。
自分の視界に映るその姿は、ぶっちゃけどう見てもそうとしか言いようのない形をしていたのだが、断言しないことにはちゃんと理由がある。
この国に住む種族の中には、自身の容姿を自分と同じような人型か特定の形へと自在に切り替えることができるものもいれば、そもそも定型を持たないものもいるからだ。
要は、この姿が彼の本当の姿であるかどうかが判断できないという、それだけの話ではあるのだが。
一方で、確信できる事実もある。
それは、ここにこうして姿を現し、わざわざ自分を出迎えてくれているということから想像できる事実だ。
つまり、彼がこの国の――こちらが魔王と呼んでいる誰かだということである。
やっと会えたと、少しほっとした気持ちにもなりながら、彼に第一声を投げかける。
「初めまして。魔王様……でいいんですかね?」
「初めまして。勇者……でいいのか?」
そして、第一声がお互いに同じような内容だったことがなんだか無性におかしくて、思わず笑ってしまった。
あちらは表情を変えないまま、こちらの反応をじっと窺っている。
私は相手の反応を気にせずに、笑いが自然と落ち着くまで待った後で、口を開くことにした。
「否定の言葉が来ないところを見ると、どうやら合っているようですね。
まぁ本当に本人かどうかを確かめる術は私には無いですが――それはお互い様ですから、気にしないようにしましょう」
「何の用だ?」
「聞きたいことがあって来ました」
私の言葉を聞いて、彼はいぶかしむような表情を作って聞いてくる。
「……私を倒しに来たのではないのか?」
魔王と勇者という間柄に対する認識がこの国においても似たような意味合いであるのなら、彼がそんな風に疑問を呈することは自然なことだった。
魔王と勇者は敵対関係にあり、互いに互いを滅ぼすために戦う者だとすれば――勇者である私の訪問は、すなわち命のやり取りをしにきたと思うのが当然だからである。
とは言え、それはあくまで一般的な認識における話でしかない。
私個人には全く関係のない話でしかない。だから言う。
「問答無用で倒す、みたいなことをする気はありませんよ。そもそも、私個人としては、あなたのことなんて正直どうでもいいですしね。
知ってそうな相手があなただったから、ここに来ただけです」
私の言葉を聞いた後で、彼は吐息を吐いて表情を戻してから言う。
「……聞きたいことと言うのは?」
「いくつかあります。順に質問するので答えてもらえれば助かりますね。
答えられないか知らないことなら、素直にそう言ってもらえると更に助かります」
彼――魔王は無言と視線でこちらの言葉を促した。
私は少し言葉を選ぶための間を置いてから、続ける。
「ひとつめの質問です。
あなたを魔王と呼び、自らを勇者と名乗って現れた輩はこれで何人目ですか」
魔王は少しだけ間を置いてから答える。
「……私の代では君が一人目だ。
以前の代には、勇者を名乗る人間が幾人か現れたこともあるそうだがな」
魔王の回答に、おや、と思ったところがあったので聞いてみる。
「聞いていると、勇者が現れなかった代があるように思えるんですが」
「そうだ」
「……何をやったら出てくるのかって、知ってます?」
「それを知ってどうする?」
「最初に言った通りですよ。聞いてから考えます」
魔王は少し考えるような間を置いた後で、答えた。
「あくまで私見だが。
――我々が、君たちが言う精霊の世界に対して干渉しているときに起こることが多いようではあるな」
「例えば侵攻とか?」
「何か思い当たることでも?」
「そりゃあまあ、色々と。
例えば炎の精霊がいる世界では、とある化物を倒したことがあります。炎を食料にするというでかいトカゲだったんですが、そちらもご存知では?」
「…………」
私の回答に、魔王は押し黙るような沈黙を返してきた。
そのせいか、部屋の雰囲気が少し重くなったように感じられたが――気にするほどのことでもない。
話を続けよう。
「じゃあ次の質問を。
同じ代で何人も勇者が現れたと言われましたが、それは何故ですか?」
「……理由はもうわかっているのではないか?」
「質問に質問で返すのはあまりよくないと思いますよ」
私がそう答えると、魔王は苛立たしげに大きく息を吐いてから言った。
「おまえの目的は何だ。何がしたい」
口調と態度を少し変えてきた魔王を見て――こちらも少し態度を変えることにする。
テーブルの傍に近寄って、天板の上に片手を叩きつけるように置いてから、にやりと笑って言う。
「別に大したことじゃあない。自分が何に巻き込まれたのかを知りたいだけだよ。それ以上でもそれ以下でもない。悪いことか?」
「……それを知ってどうなる。国と国、世界と世界の間で起こる話だ。おまえ一人では何も出来まい」
魔王の発した言葉は正論だ。
そして私も、自分ひとりで国や世界と渡り合えると思えるほど、馬鹿ではないつもりだ。
でも、それが出来るかどうかと、自分のやりたいことを優先することは同列で考えることじゃない。だから言う。
「そんなの知ったこっちゃねえんだよ。
まずは知りたい情報を得る。その後でどう生きるのかを決める。それだけだ。
実現できる可能性の話は今関係ないんだよ。それはその後の話だろうが。そして、そこはあんたが決めることじゃあない」
こちらの答えを聞いて、魔王は睨むような鋭い視線でこちらを見据えながらしばらくの間黙っていたものの。その行為に飽きたのか、あるいは何か自分を納得させる材料でもあったのか――やがてこちらから視線を外すと、椅子に深く背を預けながら大きく息を吐いた。そして言う。
「私も忙しい。聞きたいことをさっさと言え」
どこか投げやりな雰囲気も出ている魔王の言葉に、どうも、と軽くお礼を言ってから、考えていた内容を口にする。
「聞きたいことはあとふたつ。一度に聞こう。
ひとつは、どんな目的であんたが他の世界にちょっかいをかけるのか。
もうひとつは、どうして無関係だろう私たちの国などから勇者なんてものが現れるのか、だ」
「前者は答えられる。後者は私見しか話せん」
「それでいい」
こちらがそう言って頷くと、魔王はやれやれと溜め息を吐いてから言った。
「我らが他の世界に侵攻する理由は単純だ。そこに欲しいものがあるからだよ。
例えば先ほど話に出てきた炎の世界であれば、物を作るためのエネルギーのひとつである熱エネルギーが容易に手に入るわけだ。他の世界も同じだよ。水の世界であれば生活に必要な水が、風の世界ならば雷や風の力が、土の世界ならば様々な物資が手に入るようになる。
我らの生活も随分と安定してきて数が増えた。養うためには土地も要るし、物も要る。それを補うための手段のひとつとして、他世界への侵攻がある。それだけの話だ」
「勇者が現れる理由は?」
「せっかちだな。ちゃんと答える」
一息。あくまで私見だがね、と断った上で魔王は言葉を続ける。
「正直に言えばあまりそちらの文化について詳しくはないのだが。たしか、精霊のことを神だなんだと持て囃す宗教みたいな文化があるだろう?」
魔王が確認するようにそんなことを聞いてきたものの、ぴんと来るものが無かったので素直に言う。
「……どうだったかな。生憎と、不信心者だったから思い当たるところがない」
こちらの言葉を聞いて、魔王は小さく笑ってから言う。
「若者が自分の国について興味がないというのは、世界が違っても同じなのだな。身近にある文化くらいは知っておいて損は無いぞ。
……まぁ、知らないというならそれでもいい。あまり重要なことでもない。
要は、おまえの国では未だにお告げやなにやらで国の方向を決めているという話だよ。では、そのお告げはどこから来ていると思う?」
「……精霊の居る世界から来ているってことか?」
「恐らくはな。我らは随分前の代からおまえたちには干渉しなくなったが、それでも最初の頃、この体制の基礎となったものが出来上がった時代には、それこそ世界すべてを敵に回すような侵攻もしていたらしい。
勇者が現れる原因は、おそらくこの過去の出来事にあるのだろう。
侵攻されていた世界は互いに連絡を取り、助け合うための仕組みを作った。それが勇者という存在というわけだ。
しかし、そんな侵攻もやがては無くなり、勇者という仕組みはほぼ過去のものになった。ただ、仕組みは残っている。だから、今回のように困り事が起こるとお告げとしてそれが伝わって、君のような者が宛がわれる。
……そういうことではないかと、私はそう考えている」
「なるほどね。じゃあそんな風に現れる勇者たちに、あんたらはどう対処してきたんだ?」
「……さぁ、どうだったかな。
とりあえずは、被害が大きければ早急に対処するだろう。そして、それだけだ。その対処の内容が侵攻の中止なのか、勇者とやらを処分するのかはその時々によって違うだろうよ。
……もっとも、私はどうしたものか悩んでいるところだがね。
まさか自分の代で勇者の姿を拝むことになるとは思わなかったから、何も考えていない」
魔王はそう言うと、小さく肩を竦めて見せた。
その様子を意外に思いながら、そういえば聞き忘れていた、と思い出したことを聞いてみる。
「最後にひとつ、知っていたら教えて欲しいことがある。
勇者というのは同時に複数現われるものなのか?」
「さっきの二つが最後ではなかったのか?」
「聞き忘れてたんだよ」
こちらの言葉に、魔王は苦笑を浮かべてから答えた。
「そういう記録も残っている」
「そうか。……聞きたいことは聞けた。助かったよ。時間をとらせて悪かったな」
そう言ってから、魔王に対して背を向ける。
しかし、テーブルを離れて、いざ外に出ようと扉に手を伸ばした――ちょうどその時になって。
「そのまま帰れるとでも思っているのか?」
そんな風に、背後に居る魔王から制止の声が飛んできたのだった。