6話「君のもの」

文字数 2,140文字





「合コン…ですか?」

それは、5月のある月曜日の事だった。

「うん!相田さんも来てよ。人数足りてないからさ」

僕は、会社の人事課の「野田さん」から、合コンに誘われた。それは、課長や他の事務員が、昼食を買いに出ている時だった。


野田さんは僕より二期上で、僕は下っ端だから、他の部署によく書類の判をもらいに行く。だから、野田さんとも顔見知りくらいにはなっていた。

野田さん曰く、「大学の同窓生との話の流れで決まった合コン」で、「まずは交友目的くらいから始まる」らしいので、気軽に参加してもらって構わないとの事だった。

「ああ〜。でも、可愛い子いたら絶対狙っちゃうよなあ…」

そう言って、今から照れているような顔をした野田さんは、僕を見てにまにまっと笑った。

「ってことで、相田さんも参加ね」

僕はどう断ろうか考えていた途中だったのに、野田さんはそのまま行きかけてしまう。

「え、ちょ、ちょっと待って下さいよ!僕、まだ行くなんて…」

そう引き止めると、野田さんは事務室出口に向かったまま、こう言い残していった。

「いつまでもそんなに内気じゃ、彼女できないぞ!とにかく今週末だから、空けといてね!」

「ちょっと、野田さん!」

僕は、自分のデスクから立ち上がったままの姿勢で取り残され、週末の予定が決まってしまった。

でも、野田さんはいつも僕に励ましの言葉をくれる人で、部署は違えど、世話になっている先輩とも言える。そんな人からの誘いを、元々断れるはずもない。

それに、「お付き合いしている人が居て」という理由も、僕はまだ口に出せなかった。

“雄一に、なんて言おう…”

そう思って悩んだまま、その日は仕事をした。




「合コン〜?」

「うん、先輩に誘われて…」

次に僕と雄一が会ったのは、その週の水曜日、雄一の家だった。

彼のマンションは、オートロックの駐車場完備で、内装もまだ綺麗な、建てられたばかりの建物だ。

彼のマンションは、天井が高く、空間が広い。

リビングは8畳ほどで、大きなソファと、大画面のテレビモニターがある。

寝床になっているのは布団を敷いたロフトで、梯子は高い。

前に雄一の言った通りに、使いやすそうなキッチンの足元には、オーブンが付いている。

「今日はトンテキにしようぜ。肉屋で奮発したからさ」

「いいね!ありがとう!」



僕たちは、シャワーと着替えを済ませてから食事をした。

それから、いつもするように、雄一はスウェット、僕はハーフパンツとTシャツに着替える。

動画サイトをテレビに映して、二人でソファに座り、缶ビールを開けてから、「一日お疲れさま」と言い合った。



“言わなきゃな…”

そう思って、雄一がテレビを消した時に、「会社の先輩に、誘われたんだ」と言った。

「誘われた?何に?」

彼は、テレビのリモコンをリビングのテーブルに置き、布団に行く前の一服に火を点けていた。

僕は自分の分には手を出さず、話が終わってからにしようと思った。

「ご、合コンに…」

その時、やっぱり雄一は頓狂に叫んで、驚いたのだった。



「その先輩には、けっこうお世話になってて…部署は別だけど、よく顔を合わせるし…」

そんな言い訳をしながら僕が俯くと、彼からは意外な答えが返ってきた。

「行ってこいよ」

僕が驚いて顔を上げると、彼はソファの上に胡座をかき、背もたれに肘をついてこちらを見つめている。とても優しい目で。

「お前が浮気なんかできるはずねえし」

明るい笑顔で、彼は僕を信じ切ってしまっていた。

でも、なんだかそれは悔しい。

“取り乱して引き止めろ、なんて言わないけど…”

僕がそう思って俯いていると、雄一は僕の顎を取って、キスをしてきた。

そしてそのまま、彼は僕の体を大きなソファに倒そうとする。

「ゆ、雄一、待って…」

「やだ」

彼はなぜか、いつもより強く僕を押さえつけたし、早く僕を高めようとしているのか、僕の体を、すぐに服の上から撫でた。

僕が彼の早さと強さに焦って押し返そうとしていた時、彼はTシャツの襟首を引っ張って、何をするのかと思ったら、はだけた僕の首元に噛み付いたのだ。

「いっ…痛いって、雄一…!」

噛みちぎられそう、とまではいかないけど、絶対に痕は残るだろうくらいに、彼の歯は、きつく僕の首の根に食い込む。

“どうしたんだろう?こんな事、普段しないのに…もしかして、怒ってるのかな…”

しばらく彼を引き離そうと肩を押していたけど、昔から力の強かった雄一は、離れやしない。

「ちょっと…ほんとに、痛い…どうしたの、雄一…」

痺れるような甘い痛みに、僕が切れ切れに訴えると、彼はやがて離れてくれて、僕に覆い被さるようにソファに手をついたまま、僕を覗き込んでいた。

「よし。しっかり痕付いたな」

「へっ?」

彼は、さっきまで歯を立てていた僕の首をなぞり、満足そうな顔をしてから、僕に笑って見せる。それは挑戦的で、荒々しさを隠しもしなかった。

“もしかして…”

「こんなモン付けて、浮気なんかできない」

“やっぱり!”

僕は途端に頬が熱くなって、ほかの誰が見る訳でもないのに首に手を当てて痕を隠し、下を向いた。

「…ワイシャツで、隠れるとこにしてくれた…?」

彼が剥き出しの独占欲を見せてくれて、嬉しいはずだったのに、僕はそんな事しか言えなかった。

彼は「隠れる隠れる」と気楽に笑っていた。




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