第1話 # 憧れのはじまり
文字数 2,623文字
いつもよりずっと、ずっと長く感じた春休みがようやく終わり、待ちわびた入学式の日がやってきた。
長い坂道を上り、学校前の桜並木を通り抜け校門をくぐると、憧れの制服に身を包んだたくさんの生徒が、奏音の瞳に鮮やかに映った。
奏音は思わずひとりで感慨に耽る。
玄関前に貼り出されているクラス分けの表を見ると、1年A組に名前を見つけた。
一年生の教室がある三階まで登るとすでにくたくたになってしまった。教室に入り、掲示を見て指定された席に着く。
緊張しながら周囲を見回すと、すでに仲の良い人同士でグループがあちこちにできていた。
突然、声をかけられ、奏音の身体がびくっとなる。
声のした方向を振り向くと、後ろ斜め左の席に座っている女の子が、机から身を乗り出す勢いで奏音を見ていた。
キラキラした光をいっぱいに宿した瞳が、眩しい。
屈託ない笑顔で見つめられ、奏音はどきまぎしながら答える。
そんな奏音の緊張を吹き飛ばすような明るい声音で、真湖はけらけらと笑った。
あたしは、中等部の時に仲良かった子とクラス別れちゃって。奏音がきょろきょろしてたから、気になって話しかけてみた!
これから同じクラスだし、席も近いし。よろしくね!
奏音も真湖に、笑顔で返す。
改めて、真湖をまじまじと見てみると、くせっけの黒髪を肩ではねさせ、くりくりとした大きな目が印象的だった。笑った顔はとてもあどけない。お嬢様とはまた、違った感じだけれど、ミルトスの欧風な制服を小柄な身体で着こなしていて、とても可愛らしかった。
真湖と他愛ない会話で盛り上がっていると、ガラガラと教室の扉が開いた。
すらっとしたいでたちの、綺麗な女の人が教卓の前に立った。
ざわざわとしていた教室が次第に静まり、しん、となると、にこやかな笑顔で話し始める。
みなさん、ご入学おめでとうございます。ミルトスは中間一貫校だから、中等部から持ち上がりの人も多いのかな。進学おめでとう。
今日から1年A組の担任をする
担当科目、『宗教』…?
わたしの頭に、はてなマークが浮かぶ。中学のころにはなかった科目だ。
真湖が、ひそひそ声で奏音に耳打ちする。
聖ミルトス学院は、キリスト教系の学校だ。
その響きがなんだかお洒落だなあ、と思ったのも、憧れの一因だった。
ミルトス特有の授業の存在は、奏音の心をますます期待にときめかせる。
『求めなさい。そうすれば与えられます。叩きなさい。そうすれば開かれます。探しなさい。そうすれば見つかります。』
これは、聖書のマタイによる
みなさんは、これから高校生活がはじまります。
充実した日々を送るためには、誰かや何かを待つのではなく、まず自分から、積極的に考え、行動することが重要です。
なりたい自分や目標を掲げて、限りある時間を一生懸命過ごしてください。
みなさんのことを応援しています。困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね
初めて耳にした聖書の言葉はなんだか、格言みたいで格好良い。
料理は昔から好きだったから楽しかったけれど、高校では何か新しいことを始めたいな、と漠然と奏音は思っていた。
緊張の糸が切れて、制服のまま、奏音はベッドにダイブした。
今日見た風景も、出会った人も、すべてが夢の景色のように、ふわふわとした甘やかな記憶だった。
……そして気づけば、そのままうとうとと、浅い眠りについていた。