第8話 # カインとアベル(2)
文字数 2,131文字
旧校舎の窓に不規則にはめ込まれたステンドグラスは、朝の儚い神秘的な印象とはまた変わり、昼間の目映い太陽の光を反射して、奏音たちの足元にカラフルな影をつくっている。
それもまたうっとりするほど綺麗で、歩きながら思わず見とれていた。
砂久はすたすたと廊下をまっすぐに歩くと、突き当たりの教室のドアを開き、中に入った。
沈黙の気まずさになにか口を挟もうとした瞬間、砂久はふいに奏音の方をじっと見た。
さっきの宗教の時間、ハッとしたんだ。俺、カインになりかけてたって、気づいて……。
あそこに書かれてたカインは俺そのものだ、って思った。
和久、あいつは、勉強も部活もすべてうまくいってて、俺はそうじゃなくて。
和久のことを憎む気持ちと嫉妬心でいっぱいになって、周りが全然、みえなくなってた。
でも、あいつはあいつで、自分にできる精一杯のことをやってたんじゃないかってさっき、気づいた。
もしこの感情にとらわれたままだったら、そのうち、もっとひどい暴力をふるうところだったかもしれない。
そう思ったら、自分が怖くてたまらなくて……手が、震えた。
そんな最低な人間にだけはなりたくないって、思った
自分のこと、客観的に見てなかったけど…俺、こんなんなんだって。
……和久が怖がるのも当然だよな。
殺されるかもしれないって思ったら、近づきたくもないよ、普通。
あいつは、優しかったんだな…こんな俺に対しても、無視したりしないでいつも普通に接してくれてて……ほんと、最低な兄だ、俺
誰にだって、間違いはあるよ。人間だもん……よくない感情が芽生えることだって。悔しかったり、悲しかったり、自分でもコントロールできないくらいに強い感情が生まれてしまうことだってある。
だけど……だけど、そこで、そのマイナスな感情に囚われて、行動に移さないようにすることが、大切なんじゃないかな?
砂久くんはカインみたいになる前に、こうやってちゃんと気づけたんだよ?
だから、大丈夫だよ、まだ間に合うよ……!
本心からの言葉を話しているのに、きちんと伝えたいと強く思っているのに、声は震えた。
砂久の悩みも思いも、他人事には思えなかった。
奏音自身がさっきの授業中からずっと、自問していたのだ。
――自分がカインにならないという保証なんて、どこにあるだろう?
砂久は自嘲気味に笑った。
奏音はうなずいて、スマホで真湖の連絡先を開き、ふたりの現在地と現状を軽く伝える。
真湖からもすぐに返事が来た。
数分後、真湖と和久が並んで空き教室に入ってきた。
簡単に許してもらえるなんて、思ってない。俺がお前の立場だったら、そんなの無理だってわかるし……。
でも、もうお前に八つ当たりしたり、理不尽に怒ったりしないっていうことだけは、どうしても伝えたかった。
……本当に、悪かった
サク兄、僕……そもそも、怒ってないよ。
サク兄と昔みたいに仲良くしたいって、ずっとそれだけで……でも、どうしたらいいのかわからなかった。
でも、もう大丈夫なんだよね? また、普通に話せるようになるんだよね?
お互いに謝りあう二人に埒があかないと感じたのか、真湖が強引に二人の間に入り、手と手を取って握らせた。
握手させられながら、和久が砂久に微笑みかけると、砂久もつられて笑った。
それは奏音が初めて見る、砂久の笑顔だった。