第6話 # 砂久の話

文字数 1,737文字

ねえ、真湖
奏音、どした~?

授業が終わると、奏音はさっそく、真湖の席へ向かった。


授業中に考えていたことを実行するために、真湖に手伝ってもらいたかったのだ。

今朝、和久くんの話をふたりで聞いたよね。でね、今度は、砂久くんの話も聞きたいなあ、って思ったんだ。


けど、わたし、砂久くんとはまだ一回も喋ったことなくて……

たしかに、和久からも聞いたなら、砂久からも、事情を聞いた方がいいのか~。


あいつ、機嫌いいときはフツーにいいやつなんだけどね。機嫌悪いときは、結構面倒くさいんだよな~……

そ、そうなんだ

真湖の言葉に、奏音は一瞬怯み、ごくり、と唾を飲み込む。たしかに、今朝の砂久の剣幕は怖かった。実際、和久に怒鳴って、掴みかかってもいたし…。



真湖は、しばらくうーん…と悩むようなそぶりを見せていたが、結局、割り切ったようにうん! と勢いよく頷いて奏音を見た。

ま、いっか。さすがに砂久も、初対面の女子に悪態ついたりはしないでしょ~。


じゃ奏音、あたしについてきて?

う、うんっ!

真湖と一緒に、教室の入り口側の前方にいる砂久の席へ向かう。


当の砂久は、机に思い切り突っ伏していた。

サク! ねえ、ちょっと

真湖が遠慮なく砂久の肩を掴んで揺さぶるので、奏音はたじろぐ。

相変わらず、真湖はいつでも、だれに対しても豪快だった。

あぁ?

案の定、顔を上げた砂久は不快そうな表情で真湖をじろりと睨んだ。

しかしそんなことは想定済みなのか、慣れているのか、真湖は全然気にしていないように見えた。

バンバンと、リズミカルに砂久のブレザーの背中を叩く。

まだ朝だよ〜、寝るにははやいって。


ねえサク、ちょっと話があるんだけど?

なんだよ、若水……。お前は朝からうるせーな。


今朝のことなら、俺と和久の問題だから、お前には関係ないだろ

砂久は冷たく一刀両断するが、真湖はまったくめげることなく食い下がる。
なに言ってんの、関係ないわけないでしょ?

あたしたちの目の前であんな風になっておいてよくそんなこと言えるね。


…和久、悲しんでたよ?

それに、最近はずっと、部活のみんなも心配してるんだよ?

……そんなの、知るかよ。ほっとけよ
サク、あんたねえ……!

ま、まあまあ、真湖、そんなに怒らないで?


きっと砂久くんにも、いろいろ事情があるんだよ……

真湖が今にも砂久に掴みかかりそうだったので、奏音は慌てて制止する。


同時に砂久の切れ長の目がぎらり、と奏音を見たので、内心ひぃ、とおののきながら、ひきつった笑みを浮かべてみた。

あんた、誰だっけ。藤白さん…だっけ?


別に、俺のこと庇ってくれなくていいよ。俺が和久のこと恨んでるのは、事実だし

べ、別にわたしは…庇ってるわけでは、ない、よ?

なんていうか、砂久くんも、すごくつらそうだって、見ていて思ったから……えっと、なにか話を聞けたらな、って思ったというか……。


って、突然、こんなこと言われても困るよね……!

奏音のしどろもどろな言葉が伝わったのか、砂久の険しい表情がすこし和らいだように見えた。すこし考えこんだあと、申し訳なさそうに眉を軽く下げ、ぼそりとつぶやく。
いや。そりゃ、クラスのやつが目の前で喧嘩してたら、気になるよな……。


俺のこと全然知らないのに、心配してくれたんだ?

そーだよっ! 奏音は心優しい子なんだからっ! ビビらせちゃダメなんだよっ?
……悪かったよ。人前で口論する気はなかったけど、ついカッとなった。反省はしてる
砂久が謝罪の言葉を口にしながら、ひどく悲しそうな顔をしているのを見て、奏音は心配になってしまった。

砂久くん、大丈夫……?

砂久はしばらく黙った後、重々しく口を開いた。その表情は痛ましく、傷ついている心中が伝わってくる。

俺、最近おかしいんだ。陸上も調子が悪いし、勉強はもとからあんまりだし……。


和久はなにもかもうまくいってるように思えて、双子なのに、弟なのにって思うと、あいつに対して悪い感情がどんどん生まれてきて、それが爆発すると、今朝みたいに、歯止めが効かなくなる。


正直、自分でも自分がこわい。でも、どうすればいいのかわかんねえ……

砂久くん……
サク………

砂久の言葉を聞いて、奏音も真湖もそれ以上なにも言えなくなってしまった。

すこしして授業の予鈴が鳴り、ふたりはとぼとぼと自分の席に戻った。

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登場人物紹介

藤白 奏音(ふじしろ かのん)。

聖ミルトス学院高等部一年。

引っ込み思案だが知的好奇心は旺盛。

趣味は読書とピアノを弾くこと。

四つ年上の兄がいる。運動は少し苦手。

若水 真湖(わかみず まこ)

聖ミルトス学院高等部一年。

天真爛漫。小柄だがスポーツ万能。陸上部。

一人っ子。

天野 聖(あまの しょう)

聖ミルトス学院高等部一年。

両親はクリスチャンだが、本人はあまり興味がない。

奏音との出会いですこしずつ心境の変化が……?

結城 海都(ゆうき かいと)

聖ミルトス学院高等部一年。

聖の幼馴染で親友。小中高と一緒。

中等部まではバスケ部。爽やかそうに見えて率直で時々毒舌。

桑原 翠(くわはら みどり)

奏音たちの担任教師。

担当科目は宗教。

性格は穏やかで豊富な聖書の知識をもっている。

聖書研究会の顧問で、奏音たちを誘う。

沢野  まどか (さわの まどか)

聖ミルトス学院高等部三年。

生徒会長兼、聖書研究会の部長。

美人だが男前でサバサバした性格。

和泉 砂久(いずみ さく)

聖ミルトス学院高等部一年。

陸上部。双子の弟がいる。

和泉 和久(いずみ わく)

聖ミルトス学院高等部一年。

砂久の弟。勉強も運動も得意だが性格は気弱。

向居 紗里奈(むかい さりな

聖ミルトス学院高等部一年。

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