奏音が聖書研究会に入部することが決まってから、一週間が経った。
今日は、奏音にとって初めての活動日だ。
(ふう…なんだか緊張するなあ……。どんな感じで、活動するんだろう?)
授業が始まる前の休み時間、奏音は窓の外をぼんやり眺めながら物思いに耽っていた。
今日は朝から雨がぱらぱらと降っていて、どんよりとした空気が広がっている。
真湖が後ろから飛びついてきて、奏音はもう少しで机に頭をぶつけるところだった。
もう、真湖! いきなり飛びつくのはやめてって言ってるじゃん~!
あはは、ごめんごめんっ。奏音が浮かない顔してたから、ちょっと驚かせてみようと思って!
もう、真湖ってば……。別に、浮かない顔してたわけじゃないんだけどね。
今日の放課後、聖書研究会があるんだ。それでちょっと緊張してて……
あ、今日聖書研究会の日なんだぁ! そんな緊張することないって~、先生も生徒会長も、優しそうじゃん?
そ、そうだよね、そうなんだけど、わたし、ちょっと人見知りだからさ…
だいじょぶ大丈夫~♪ 気合!だよ、気合! あとは、笑顔も大事~♪
真湖は満面の笑みで謎の歌を口ずさみながら、奏音の背中をばしばしと叩く。
(わたしも、真湖ぐらいポジティブになれたらなぁ……。うう、羨ましい)
奏音がそんなことを思っていると、後ろからまた声がした。
聖の姿があった。奏音は驚く。同じクラスで過ごしているけれど、聖を近くで見るのは、随分久しぶりな気がした。
あ、ごめん。別に、盗み聞きしたわけじゃないんだけど。
若水の声がでかいから、後ろまで丸聞こえなんだよな
なんだよ~、うるさいなぁ。天野、また奏音に絡みにきたわけ?
なんなのさ、もう
だからうるさいのはお前だって…そんなに邪険にしなくてもいいだろ?
藤白さんが先生から勧誘されてたとき、俺もその場にいたんだからさ。気になるのは当然だろ
うがー、と真湖が聖を威嚇するようなポーズを取ると、聖もむっとした表情になる。ふたりがまた険悪な雰囲気になりかけたとき、
まあまあまあ。聖、その可愛げのない物言いはやめろっていつも言ってるだろ?
真湖も、そうカッカすんなよ。
ほんと、生意気なやつでごめんな? 藤白さん
あ、結城もきた! ほんとに結城は、いつも天野にべったりだなぁ
聖につづいて現れた海斗に、真湖が言う。
海斗はもう慣れっこなのか気分を害した様子もなく、苦笑しながらやれやれ、と大げさに首を振った。
酷いなぁ、真湖ちゃん。人を金魚のふん呼ばわり?
こいつはすぐ人に突っかかるから、ストッパーがいないとダメなんだよ。俺はお守り役ってとこかな……まったく、世話が焼けるよ
三人のやり取りがおかしくて、奏音は思わず笑ってしまった。
なんだかんだ言っていても、中等部からの進学組の三人は、付き合いが長いからか仲が良さそうに見える。
あ~ほらもう、天野とユーキ、奏音に笑われてるよ~?
真湖も海斗も、聖のことをおちょくって楽しんでいるようだった。聖は一見気難しそうに見えるけれど、案外いじられる役回りなのかもしれない。
いやー。こいつさ、藤白さんが聖書に興味もってるみたいだって知って、気になって仕方ないんだよ。さっきも真湖の声が聞こえてきた途端、突然ふたりのとこに駆け寄ってくし
海斗が揶揄するように言うと、聖は顔を赤くしながら海斗に抗議する。
真湖はそんなふたりを見てため息交じりに言った。
天野、やたら奏音に絡んでくると思えば、そーゆーこと?
さっすが、聖書オタクだねえ
聖書オタクじゃねえっ! 無駄に知識があるのは、不可抗力だっ
はいはい、藤白さん、こいつがうるさくてごめんねー。
眉間にしわ寄せちゃってさ、怖いでしょ? 笑えば結構かわいい顔してると思うんだけどねえ
あ、えと、ううん、大丈夫…だよ。なんだか気遣わせちゃって、ごめんね?
いやいや、こちらこそ。
ほら聖、言いたいことがあるならちゃんと言えよ?やさしく、な。
くれぐれも、藤白さんをいじめるなよ~
だれが、いじめるかよ……。
藤白さんは……えっと、なんで聖書研究会に入ることにしたのかなって。
こないだは、そんなに乗り気じゃなかったように見えたけど
あ、えっとね、宗教の時間で聞いた話が興味深かったのももちろんあるんだけど、ちょっといろいろあって……聖書って深いなあ、って思うことが。
それで、聖書研究会に入れば、もっとわかるのかな? って。
一週間くらい、いろいろ見学してみたけど、ほかに入りたい部活もなかったから……
……ふうん? なんか、よくわかんねえけど。
まあ、藤白さんが自分で決めたことなら、いいんじゃない
奏音と真湖の意味深な目くばせに、要領を得ない、という表情をしながらも、聖はとりあえずは納得したようだった。
そっかそっか〜。
まあ、もし聖書でわかんないこととかあったら、聖に聞けばいいよ、藤白さん。
こいつほんと、無駄に詳しいからさあ
にこやかに言う海斗に、聖が意義を唱えようとした瞬間、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
奏音の周囲に集まっていた三人はそれぞれ、自分の席に戻っていく。
奏音はほっと一息ついてから、慌てて授業の準備をはじめた。