第1話 # 雨の朝

文字数 2,402文字

奏音(かのん)が聖書研究会に入部することが決まってから、一週間が経った。

今日は、奏音にとって初めての活動日だ。

(ふう…なんだか緊張するなあ……。どんな感じで、活動するんだろう?)

授業が始まる前の休み時間、奏音は窓の外をぼんやり眺めながら物思いに耽っていた。

今日は朝から雨がぱらぱらと降っていて、どんよりとした空気が広がっている。

かーのんっ♪ なに朝からぼんやりしてるの~?
真湖が後ろから飛びついてきて、奏音はもう少しで机に頭をぶつけるところだった。
もう、真湖! いきなり飛びつくのはやめてって言ってるじゃん~!
あはは、ごめんごめんっ。奏音が浮かない顔してたから、ちょっと驚かせてみようと思って!

もう、真湖ってば……。別に、浮かない顔してたわけじゃないんだけどね。


今日の放課後、聖書研究会があるんだ。それでちょっと緊張してて……

あ、今日聖書研究会の日なんだぁ! そんな緊張することないって~、先生も生徒会長も、優しそうじゃん?

そ、そうだよね、そうなんだけど、わたし、ちょっと人見知りだからさ…

だいじょぶ大丈夫~♪ 気合!だよ、気合! あとは、笑顔も大事~♪
真湖は満面の笑みで謎の歌を口ずさみながら、奏音の背中をばしばしと叩く。
(わたしも、真湖ぐらいポジティブになれたらなぁ……。うう、羨ましい)
奏音がそんなことを思っていると、後ろからまた声がした。
へえ、藤白さん、聖書研究会、入ることにしたんだ?
振り返ると、そこには、
あ、天野(あまの)くん……!
(しょう)の姿があった。奏音は驚く。同じクラスで過ごしているけれど、聖を近くで見るのは、随分久しぶりな気がした。

あ、ごめん。別に、盗み聞きしたわけじゃないんだけど。

若水(わかみず)の声がでかいから、後ろまで丸聞こえなんだよな

なんだよ~、うるさいなぁ。天野、また奏音に絡みにきたわけ?

なんなのさ、もう

だからうるさいのはお前だって…そんなに邪険にしなくてもいいだろ?


藤白さんが先生から勧誘されてたとき、俺もその場にいたんだからさ。気になるのは当然だろ

うがー、と真湖が聖を威嚇するようなポーズを取ると、聖もむっとした表情になる。ふたりがまた険悪な雰囲気になりかけたとき、

まあまあまあ。聖、その可愛げのない物言いはやめろっていつも言ってるだろ?

真湖も、そうカッカすんなよ。

ほんと、生意気なやつでごめんな? 藤白さん

割って入る声があった。
あ、結城(ユーキ)もきた! ほんとに結城(ユーキ)は、いつも天野(アマノ)にべったりだなぁ

(しょう)につづいて現れた海斗(かいと)に、真湖(まこ)が言う。

海斗はもう慣れっこなのか気分を害した様子もなく、苦笑しながらやれやれ、と大げさに首を振った。

酷いなぁ、真湖(マコ)ちゃん。人を金魚のふん呼ばわり?


こいつはすぐ人に突っかかるから、ストッパーがいないとダメなんだよ。俺はお守り役ってとこかな……まったく、世話が焼けるよ

海斗てめえ、だれがお守りが必要だって?
ほらほら、すぐムキにならない

あははっ、ユーキ、ほんとに保護者っぽーい!

……ふふっ

三人のやり取りがおかしくて、奏音は思わず笑ってしまった。

なんだかんだ言っていても、中等部からの進学組の三人は、付き合いが長いからか仲が良さそうに見える。

あ~ほらもう、天野とユーキ、奏音に笑われてるよ~?
ほら、聖、藤白さんに笑われてるぞ〜?
全部俺に振るなっ!
真湖も海斗も、聖のことをおちょくって楽しんでいるようだった。聖は一見気難しそうに見えるけれど、案外いじられる役回りなのかもしれない。
いやー。こいつさ、藤白さんが聖書に興味もってるみたいだって知って、気になって仕方ないんだよ。さっきも真湖の声が聞こえてきた途端、突然ふたりのとこに駆け寄ってくし
ばっ海斗てめ、余計なこと言うなよなっ!

海斗が揶揄するように言うと、聖は顔を赤くしながら海斗に抗議する。

真湖はそんなふたりを見てため息交じりに言った。

天野、やたら奏音に絡んでくると思えば、そーゆーこと?

さっすが、聖書オタクだねえ

聖書オタクじゃねえっ! 無駄に知識があるのは、不可抗力だっ

はいはい、藤白さん、こいつがうるさくてごめんねー。

眉間にしわ寄せちゃってさ、怖いでしょ? 笑えば結構かわいい顔してると思うんだけどねえ

だから、余計なお世話だっつの!

あ、えと、ううん、大丈夫…だよ。なんだか気遣わせちゃって、ごめんね?

いやいや、こちらこそ。

ほら聖、言いたいことがあるならちゃんと言えよ?やさしく、な。

くれぐれも、藤白さんをいじめるなよ~

だれが、いじめるかよ……。

藤白さんは……えっと、なんで聖書研究会に入ることにしたのかなって。

こないだは、そんなに乗り気じゃなかったように見えたけど

あ、えっとね、宗教の時間で聞いた話が興味深かったのももちろんあるんだけど、ちょっといろいろあって……聖書って深いなあ、って思うことが。

それで、聖書研究会に入れば、もっとわかるのかな? って。


一週間くらい、いろいろ見学してみたけど、ほかに入りたい部活もなかったから……

奏音は、とある問題を解決したんだもんね~
そ、そんな、大げさなことはしてないよ

……ふうん? なんか、よくわかんねえけど。

まあ、藤白さんが自分で決めたことなら、いいんじゃない

奏音と真湖の意味深な目くばせに、要領を得ない、という表情をしながらも、聖はとりあえずは納得したようだった。

そっかそっか〜。

まあ、もし聖書でわかんないこととかあったら、(しょう)に聞けばいいよ、藤白さん。

こいつほんと、無駄に詳しいからさあ

てめ、なに勝手に――
にこやかに言う海斗(かいと)に、(しょう)が意義を唱えようとした瞬間、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

あ、もう時間か……それじゃあ、またね~

奏音の周囲に集まっていた三人はそれぞれ、自分の席に戻っていく。


奏音はほっと一息ついてから、慌てて授業の準備をはじめた。

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登場人物紹介

藤白 奏音(ふじしろ かのん)。

聖ミルトス学院高等部一年。

引っ込み思案だが知的好奇心は旺盛。

趣味は読書とピアノを弾くこと。

四つ年上の兄がいる。運動は少し苦手。

若水 真湖(わかみず まこ)

聖ミルトス学院高等部一年。

天真爛漫。小柄だがスポーツ万能。陸上部。

一人っ子。

天野 聖(あまの しょう)

聖ミルトス学院高等部一年。

両親はクリスチャンだが、本人はあまり興味がない。

奏音との出会いですこしずつ心境の変化が……?

結城 海都(ゆうき かいと)

聖ミルトス学院高等部一年。

聖の幼馴染で親友。小中高と一緒。

中等部まではバスケ部。爽やかそうに見えて率直で時々毒舌。

桑原 翠(くわはら みどり)

奏音たちの担任教師。

担当科目は宗教。

性格は穏やかで豊富な聖書の知識をもっている。

聖書研究会の顧問で、奏音たちを誘う。

沢野  まどか (さわの まどか)

聖ミルトス学院高等部三年。

生徒会長兼、聖書研究会の部長。

美人だが男前でサバサバした性格。

和泉 砂久(いずみ さく)

聖ミルトス学院高等部一年。

陸上部。双子の弟がいる。

和泉 和久(いずみ わく)

聖ミルトス学院高等部一年。

砂久の弟。勉強も運動も得意だが性格は気弱。

向居 紗里奈(むかい さりな

聖ミルトス学院高等部一年。

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