第26話 マッドサイエンティスト竹村

文字数 1,368文字

(25)マッドサイエンティスト竹村

武はクマさんに連れられて牛舎の中に入った。
昨日武が来たときは鍵が掛かっていたので入れなかったのだが、クマさんが持っていたカードキーを入り口のボックスにかざすと、ドアが自動で開いた。

「近未来的な施設だね」と武はクマさんに言った。

「まあな、クローン技術を狙っている奴がいるから、セキュリティには金を掛けている」

武たちが牛舎の中に入ろうとすると、「俺も暇だから付いて行くよ」と言って猫のムハンマドがやってきた。
人生の重要なイベントに興味本位で踏み入れる猫にイラっとした。

「遊びに行くんじゃないんだ!」と武は猫に言った。

「知ってるよ。竹村に会いに行くんだろ?」と猫は返答した。

「そうだ。お前、僕がクローン人間だって知ってたのか?」

「もちろん。竹村のことも知っているし、そっちの大きいのがクローン人間なのも知ってる」

「じゃあ、なんで教えてくれなかったんだ?」

「それはだな・・・お前に聞かれなかったからだ。わざわざ言う必要ないだろ。知らない方が幸せなこともある。それとも、クローン人間って教えた方が良かったのか?」

「・・・」武は何も言い返せない。

心配になったクマさんが武に話しかけた。

「どうしたんだ?」

「この猫は全部知ってた。僕のこと、クマさんのこと、竹村も知ってるって」

「そうか。お前に伝えなかったのは、猫なりに気を使ってたのかもな」とクマさんは言った。

「イナ グッ ウェイ(in a good way)・・・」と猫は言った。

「どういう意味?」と武は猫に聞いた。

「『いい意味で』ということだ。お前がクローン人間だと知れば取り乱すかもしれないから、言わなかった。それと、お前の親は20歳になったら伝える契約だから、俺が伝える必要はない」

「そうか。ありがとう。でも、英語で言う必要なかったけどな」と武は言ってクマさんが待つ奥の部屋に向かった。

奥の部屋の前にもボックスがあって、クマさんがカードキーをかざすとドアが開いた。
無機質な空間に下に降りる階段が現れた。その階段を降りていくと、巨大な空間が目の前に広がっていた。

目の前にはテニスコートが2面あった。テニスコートでは白衣を着た4人の研究者がテニスをしている。

「呑気だね。テニスしてる」と武はその光景を見て言った。

「あれは、実験の反応待ちだな。研究所はいろんな実験をしているけど、実験結果が出るまで時間が掛かるんだ。その間は暇だからテニスして時間を潰している。大学ではよく見る風景だぞ」と猫は言った。

「へー。遊んでるのかと思った」

「実際のところ遊んでるんだけどな。白衣脱いでテニスすればいいのに」

武が猫と話していると、クマさんは白衣を着た1人の研究者を指して言った。

「あれが竹村だ」

「想像していたより若いな。おじいちゃんかと思ってた」と武は言った。

「竹村は20代で有名になったからな。今は48歳のはずだ。おじいちゃんではないけど、中年のおじさんだな」

クマさんは武に「ちょっと待ってろ」と言うと、竹村の方に歩いて行った。
クマさんは竹村に事情を話しているようだ。

しばらくすると、クマさんと竹村が武の方に歩いてきた。

「やあ、君が武だね。大きくなったね」と竹村は笑顔で言った。

武の目の前に現れた竹村は、マッドサイエンティストには似つかわしくない笑顔の健康的なおじさんだった。
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