第22話 看守の小学生

文字数 1,856文字

(21)看守の小学生

地下施設に連行された収容者は米沢派のスパイ容疑者ではあるが、シン米沢派の家族や親戚も多く含まれている。
もし、シン米沢派の看守が米沢派の収容者に対して虐待すると、親族を虐待した看守に対してシン米沢派のメンバーが問題にする可能性がある。

米沢戦争によって米沢市は真っ二つに割れているが、米沢派とシン米沢派には血縁関係があるため収容者の扱いはデリケートな問題だ。

地下施設の収容所ではシン米沢派のメンバーが看守をしているのだが、看守の中には収容者を虐待する者が出ないとも限らない。特に戦時下では看守による虐待が横行する可能性が高い。
シン米沢派の幹部は、看守による収容者の虐待を防ぐために、収容所の看守を監視する監視員を設置することにした。

クマさんは収容所の監視員として働いている。主な任務は看守の監視だが、収容者の世話もしている。武は特にすることがなかったので、クマさんの手伝いをすることにした。

朝、昼、晩と収容所に連行されたスパイ容疑に食事を出すのを手伝った。
スパイ容疑者にシン米沢牛を出すわけにいかないから普通の食事だ。

収容者に入っているスパイ容疑は約1,000人なので全員に食事を配るにはかなりの時間が掛かる。
武は食事をカートに乗せて運ぶのだが、一度に運べるのはせいぜい10人分だ。武が一人で1,000人分の食事を運ぶとすると、100往復しないといけない。
クマさんだったら一回で20人分を運べるけど50往復しないといけない。
要は、誰が運んでも時間が掛かる。

収容所には1,000人いるものの、宿泊用の布団は人数分用意されていない。
だから武は藁に布を乗せて簡易ベッドを作るのも手伝っている。
基本的には収容者自身が作業をするのだが、収容者は建物の外に出られないから、武たちが資材を運び込んで収容者に渡すことになる。

建物の中に資材を運びこんでいる時に、武は同級生の川口に話しかけられた。川口は隣のクラスの女子だ。
武は学校で女子生徒と話すのが恥ずかしいから、男子生徒としか話をしない。だから、川口とは今まで話したことはない。
お互い初対面だったのだが、ここは学校じゃないのと、恥ずかしがっているような状況じゃないから、武は川口と少し話すことにした。

「私は両親が北部出身だから、米沢派だと思われて連行されたんだ。山田君はどういう理由で連行されたの?」

川口は武のことをスパイ容疑で連行された米沢派だと思っているようだ。

この状況でスパイ容疑者でないことを言うべきだろうか?

この場で米沢派ではないことが分かると、周りの収容者から袋叩きにあうかもしれない。

収容者は左腕に赤い布を巻いているのだが、武は付けていない。
川口にはいずれ分かることだから、武は正直に言った。

「僕はスパイ容疑で連行されたわけじゃないんだ。みんなに食事を運んだり、簡易ベッドを作るための資材を運び込んだりしている。言ってみれば、収容所の手伝いをしているボランティアだね」

「そうなんだ。山田君はシン米沢派なの?」と川口は小声で言った。

きっと武のことを自分と身の上が同じ、不幸な米沢派のスパイ容疑者だと思っていたのだろう。川口の声がしぼんでいくように感じた。

「僕は米沢派でもシン米沢派でもないよ。というか、昨日まで米沢市に米沢派とシン米沢派があるのを知らなかったんだ」

「じゃあ、なんでここにいるの?」

「米沢派が起こした事件に巻き込まれてこの地下施設に隠れていたんだ。ただ隠れているのも暇だったから、収容所の仕事を手伝うことにした」

「そう。知ってたら教えてほしいんだけど、私たちはいつ家に帰れるの?」

「それは僕には分からないよ。でも、これだけの人数を長期間収容しておくわけにはいかないから、そのうち解放されると思うよ」と武は答えた。

「無事に出られるといいんだけど・・・」

川口は不安そうだ。武は元気づけようとして言った。

「大丈夫だよ。米沢派とシン米沢派は血縁関係者も多いから、不要な問題は起こしたくないと考えているみたい。だから、シン米沢派の看守が米沢派の収容者に悪いことしないように、監視員を置いてるんだ。もし看守に何かされたら、あそこの大きい人に言うといいよ。クマさんっていうんだけど、いい人だから」

「ありがとう。もし何かあったらクマさんに相談する」

「早く終わればいいね。じゃあ、僕はまだ仕事があるから行くね」

武はそう言って収容所の入り口に向かって行った。

いつの時代でも、戦争の被害を受けるのは関係のない一般人だ。

武は早く米沢戦争が終わることを祈った。
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