第12話 セーフルーム
文字数 2,233文字
(11)セーフルーム
「へー、アフリカか。アメリカから日本に来て、日本語も理解している。長い間日本にくらしてそうだし、ムハンマドは結構いい歳なんだ」
「ああ、正確な年齢は知らないけど200歳くらいかな?」とナカムラは言った。
「200歳?猫の寿命は20年くらいじゃないの?」
「人間はそう思ってるよな。だから、俺たちは人間の価値観に合わせて暮らしてるんだ。お前は、猫が死んだところ見たことあるか?」
「ない。『猫は死に際にいなくなる』って聞いたことある」
「そうだ。それは都市伝説みたいなもんだ」
「都市伝説?」
「人間は猫が最長20年しか生きないと思ってるから、住み始めてから15年経過したらその家を出て、別のところに行くんだ。そうしたら、人間は『猫が死に際にいなくなった』と思うだろ」
「本当は長生きなのに、なんで?」
「人間が猫を飼わなくなるからだよ。例えばさ、お前は300年生きる猫を飼おう思うか?」
「300年かー。猫よりも先に僕が死んじゃうな」
「そうだろ。猫の寿命が人間よりも長いのを知ったら、猫を飼うのを躊躇するよな?」
「確かに・・・」
「例えるなら、そうだな・・・・。300年返済の住宅ローンだ!」
「何それ?」
「死に際に『すまん。住宅ローンが完済できなかった。後は頼む!』って子供たちに言い残して死ぬことになる。子孫に住宅ローンを残して、申し訳ないと思わないか?」
「シュールだね。家は300年も住めない。300年経ったら家は取り壊されてもう無いね」
「家ないのに住宅ローン払うんだぜ。俺だったら嫌だね」
「僕も嫌だよ。ひいひいひいおじいちゃんの住宅ローン払うなんて」
「ひいひいひい、どころじゃないぞ。1世代30年として計算すると、10世代で住宅ローンを返済するんだ。悲惨だろ!」とナカムラは語彙を強めて言った。
「悲惨だ。想像したくない」
「だから俺たちは『猫の寿命は最長20年』という設定を作ったんだ。言ってみれば、猫の生存戦略だな」
「そういうことか。お前ら賢いな!」と武は感心した。
「そう思うだろ?猫の本当の寿命を知ったら誰も飼わなくなる」
「一度飼ったら、10世代以上にも関わる・・・。猫って、呪いの類だな」
「ああ。だから俺たちは20歳で死ぬことにしている」
「世の中には100歳を超える猫がたくさんいる?」
「ああ、たくさんいる。8割の猫が100歳以上だ。猫の寿命はだいたい500年だから」
「500年?300年じゃないんだ。長いなー。僕が猫だったら、500年も生きるの嫌だな。やることがなくて暇すぎる・・・」
「だから、俺たちはいろんな事件に首を突っ込んで暇をつぶしてるんだ。お前の件も、暇つぶしだな」
「へー。ところで、ナカムラは何歳?」
「俺か?400歳くらいだ。同年代は徳川家康だった。織田信長や豊臣秀吉は俺よりも少し年上だった。みんな死んじゃったけどな」
「すごいな。戦後時代を生き抜いたのかー」
「俺は戦ってないから、危険はなかったけどな。猫はただ隠れていて、腹が空いたら『ニャー』って言えば誰かがエサくれた」
「有名な武将に会ったことある?」
「もちろん!織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は会った」
「織田信長は狂暴だった?」
「別に・・・。普通の人だった。時代劇や歴史小説は、かなり誇張して書かれているからね。物語の設定上、狂暴な人間の方がストーリーを作り易かったんじゃないかな」
「へー。他に印象に残ってる人はいないの?」
「茶人かな。誰とは言わないけど、出来損ないの茶碗を法外な値段で売り捌いてた。あいつらは金が大好きだったな」
「千の・・とか?」武は興味本位で聞いた。
「言わない。子孫に殺されたら困る。とにかく、あいつらは客を騙して金を稼ぐことに特化してた」
「あまりいい人はいなかったんだ」
「そうだな。今の方が親切な人が多いと思うぞ」
「そんなもんか。そういえば、何か僕に言うことない?」武はついに本題に入った。
「すっかり忘れてた。お前、危険なんだろ?どこかに隠れておいた方がいい」とナカムラは言った。
「隠れるってどこに?」
「ここだ。警察だ。安全だろ?」
「警察に?」
「そうだ。俺に付いてこい」
そう言うとナカムラは歩きはじめた。
警察署の地下につくと、武を部屋に案内した。
「ここだ。まあ入れよ」とナカムラは武に言った。
鉄格子の中にベッド、トイレが備え付けられている。
どう見ても留置所だ。
「ここ留置所だろ?」と武はナカムラに聞いた。
「そういう使い方もあるな。本来は警察が人を匿う(かくまう)時に使う部屋だ。俺たちはこの部屋を『セーフルーム』と呼んでいる」
セーフルームってなんだよ・・・
『英語にしたら誤魔化せるだろう』という考えは改めた方がいいぞ。
「留置所で過ごすって複雑な気分・・・。なんか嫌だな」武は本音を言った。
「そうでもないぞ。お前専用のベッドがあるし、お前専用のトイレもある。食事も1日3食付いてる。犯人から隠れるには最高の環境だと思うけどな」
武はこの部屋に入る前から思っていた疑問をナカムラにぶつけた。
「猫が留置所を勝手に使っていいのか?」
「それは大丈夫だ。署長が許可している」
猫は警察署長の許可を得ているらしい。用意周到だ。
「え?署長も猫語を話せるのか?」
「いや、タバコ屋のおばちゃんから署長に話してもらった」
「僕はいつここから出られるんだ?」
「犯人が捕まったらな。1週間もかからないだろ。じゃあな!」
そう言うとナカムラは留置所から去っていった。
ご丁寧にも、鉄格子に鍵を掛けて・・・。
「へー、アフリカか。アメリカから日本に来て、日本語も理解している。長い間日本にくらしてそうだし、ムハンマドは結構いい歳なんだ」
「ああ、正確な年齢は知らないけど200歳くらいかな?」とナカムラは言った。
「200歳?猫の寿命は20年くらいじゃないの?」
「人間はそう思ってるよな。だから、俺たちは人間の価値観に合わせて暮らしてるんだ。お前は、猫が死んだところ見たことあるか?」
「ない。『猫は死に際にいなくなる』って聞いたことある」
「そうだ。それは都市伝説みたいなもんだ」
「都市伝説?」
「人間は猫が最長20年しか生きないと思ってるから、住み始めてから15年経過したらその家を出て、別のところに行くんだ。そうしたら、人間は『猫が死に際にいなくなった』と思うだろ」
「本当は長生きなのに、なんで?」
「人間が猫を飼わなくなるからだよ。例えばさ、お前は300年生きる猫を飼おう思うか?」
「300年かー。猫よりも先に僕が死んじゃうな」
「そうだろ。猫の寿命が人間よりも長いのを知ったら、猫を飼うのを躊躇するよな?」
「確かに・・・」
「例えるなら、そうだな・・・・。300年返済の住宅ローンだ!」
「何それ?」
「死に際に『すまん。住宅ローンが完済できなかった。後は頼む!』って子供たちに言い残して死ぬことになる。子孫に住宅ローンを残して、申し訳ないと思わないか?」
「シュールだね。家は300年も住めない。300年経ったら家は取り壊されてもう無いね」
「家ないのに住宅ローン払うんだぜ。俺だったら嫌だね」
「僕も嫌だよ。ひいひいひいおじいちゃんの住宅ローン払うなんて」
「ひいひいひい、どころじゃないぞ。1世代30年として計算すると、10世代で住宅ローンを返済するんだ。悲惨だろ!」とナカムラは語彙を強めて言った。
「悲惨だ。想像したくない」
「だから俺たちは『猫の寿命は最長20年』という設定を作ったんだ。言ってみれば、猫の生存戦略だな」
「そういうことか。お前ら賢いな!」と武は感心した。
「そう思うだろ?猫の本当の寿命を知ったら誰も飼わなくなる」
「一度飼ったら、10世代以上にも関わる・・・。猫って、呪いの類だな」
「ああ。だから俺たちは20歳で死ぬことにしている」
「世の中には100歳を超える猫がたくさんいる?」
「ああ、たくさんいる。8割の猫が100歳以上だ。猫の寿命はだいたい500年だから」
「500年?300年じゃないんだ。長いなー。僕が猫だったら、500年も生きるの嫌だな。やることがなくて暇すぎる・・・」
「だから、俺たちはいろんな事件に首を突っ込んで暇をつぶしてるんだ。お前の件も、暇つぶしだな」
「へー。ところで、ナカムラは何歳?」
「俺か?400歳くらいだ。同年代は徳川家康だった。織田信長や豊臣秀吉は俺よりも少し年上だった。みんな死んじゃったけどな」
「すごいな。戦後時代を生き抜いたのかー」
「俺は戦ってないから、危険はなかったけどな。猫はただ隠れていて、腹が空いたら『ニャー』って言えば誰かがエサくれた」
「有名な武将に会ったことある?」
「もちろん!織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は会った」
「織田信長は狂暴だった?」
「別に・・・。普通の人だった。時代劇や歴史小説は、かなり誇張して書かれているからね。物語の設定上、狂暴な人間の方がストーリーを作り易かったんじゃないかな」
「へー。他に印象に残ってる人はいないの?」
「茶人かな。誰とは言わないけど、出来損ないの茶碗を法外な値段で売り捌いてた。あいつらは金が大好きだったな」
「千の・・とか?」武は興味本位で聞いた。
「言わない。子孫に殺されたら困る。とにかく、あいつらは客を騙して金を稼ぐことに特化してた」
「あまりいい人はいなかったんだ」
「そうだな。今の方が親切な人が多いと思うぞ」
「そんなもんか。そういえば、何か僕に言うことない?」武はついに本題に入った。
「すっかり忘れてた。お前、危険なんだろ?どこかに隠れておいた方がいい」とナカムラは言った。
「隠れるってどこに?」
「ここだ。警察だ。安全だろ?」
「警察に?」
「そうだ。俺に付いてこい」
そう言うとナカムラは歩きはじめた。
警察署の地下につくと、武を部屋に案内した。
「ここだ。まあ入れよ」とナカムラは武に言った。
鉄格子の中にベッド、トイレが備え付けられている。
どう見ても留置所だ。
「ここ留置所だろ?」と武はナカムラに聞いた。
「そういう使い方もあるな。本来は警察が人を匿う(かくまう)時に使う部屋だ。俺たちはこの部屋を『セーフルーム』と呼んでいる」
セーフルームってなんだよ・・・
『英語にしたら誤魔化せるだろう』という考えは改めた方がいいぞ。
「留置所で過ごすって複雑な気分・・・。なんか嫌だな」武は本音を言った。
「そうでもないぞ。お前専用のベッドがあるし、お前専用のトイレもある。食事も1日3食付いてる。犯人から隠れるには最高の環境だと思うけどな」
武はこの部屋に入る前から思っていた疑問をナカムラにぶつけた。
「猫が留置所を勝手に使っていいのか?」
「それは大丈夫だ。署長が許可している」
猫は警察署長の許可を得ているらしい。用意周到だ。
「え?署長も猫語を話せるのか?」
「いや、タバコ屋のおばちゃんから署長に話してもらった」
「僕はいつここから出られるんだ?」
「犯人が捕まったらな。1週間もかからないだろ。じゃあな!」
そう言うとナカムラは留置所から去っていった。
ご丁寧にも、鉄格子に鍵を掛けて・・・。