第2話 テレビが強盗と猫を連れてきた

文字数 2,704文字

(1)テレビが強盗と猫を連れてきた

ハトおじさんの本名は山田武(やまだ たけし)。1949年(昭和24年)11月に山形県米沢市で山田家の次男として生まれた。2023年時点で74歳だ。
米沢市は日本三大和牛のひとつ「米沢牛」で有名な町だ。上杉謙信を祭神として祀る神社「上杉神社」も観光名所として知られている。

第二次世界大戦の終結が1945年(昭和20年)だから、武は戦後4年してこの世に生を受けた。2歳年上の兄、1歳年上の姉、1歳年下の妹の4人兄弟だ。当時としては、多くも少なくもない子供の数だろう。
武の父親は旧制中学校(今の高等学校)で社会科を教える教師をしており、裕福でも貧乏でもない家庭で武は育った。武の家は公営住宅だった。第二次世界大戦の終結後の住宅不足解消のために大量に建てられた、いわゆる団地だ。団地にはたくさんの家族が住んでいて、武の同級生は同じ団地に15人いた。

家業があるわけではないので、父親には、大学を出ていい会社に就職しろと言われて育った。裕福ではなかったものの、兄弟4人を全員大学に入れるくらいの財産はあったようだ。

武が小学校に入ったころ、同級生の遠藤主税(えんどう ちから)の家がテレビを買ったのを知った。主税の家は米屋をしていて、部屋が15ある大金持ちだ。リビングには父親が趣味で作った暖炉があった。

1950年代に日本でテレビ放送が始まったのだが、一般家庭の月給が1万3千円なのにテレビは17万円以上したので、多くの家では買えなかった。武の家もテレビが無かったので、電気屋さんの店頭に置いてあるテレビや公園に置いてあった街頭テレビを見ていた。

子供の武にとって、テレビは富と権力の象徴だった。
武の家にはテレビが無かったので、毎日のように主税の家のテレビを見に行った。

そんなある日、主税の家で事件が起きた。

強盗が入ったのだ。

テレビのある家は、『うちはお金持ちですよ!』と言いふらしているようなものだったから、強盗はお金があると思ったのだろう。今だったら、TikTokに1億円の現金と住所を載せてアップロードするようなものだ。

***

その日も武は、同級生6人と一緒に主税の家でテレビを見ていた。すると、強盗が包丁を持って入ってきた。
タイミングが悪いことに、主税の母親が晩御飯の買い物に出かけていたので、家の中には子供しかいない。6人の小学生がテレビを見ているだけだった。

強盗は6人の小学生に「金を出せ」と言ったのだが、小学生相手に話が通じるとは思えない。強盗は少しがっかりしたように見えた。

強盗は「家の人はいないのか?」と6人の小学生に聞いたが、誰かが「分からない」と答えた。
次に、強盗は「この家の子供は誰だ?」と6人の小学生に聞いたが、誰かが「分からない」と答えた。
そして、強盗は「お金はどこにあるんだ?」と6人の小学生に聞いたが、誰かが「分からない」と答えた。

子供たちは強盗よりもテレビに夢中のようだ。誰も真剣に強盗を見ようとしない。

強盗は子供たちの態度に腹が立ったのだろう。子供たちが見ていたテレビを蹴った。
当時のテレビは現代のテレビよりも大きいし重い。蹴ったくらいでテレビは壊れない。

テレビを邪魔された子供たちは「何すんだよ!」「邪魔だよ!」と強盗への怒りを隠そうとしない。強盗は更に腹を立てて、今度はテレビを持ち上げて床に投げつけようとした。

“テレビが壊されたら見られなくなる”

子供たちはそう思ったはずだ。
強盗の暴挙に怒った同級生の中島昭(なかしま あきら)は、近くにあった暖炉の火かき棒(薪をかき混ぜる鉄の棒)で強盗を殴りつけた。昭が振り上げた火かき棒の尖っている部分が強盗の後頭部に刺さった。

“ドス”

当たり所が悪かったのだろう。強盗は火かき棒が刺さったまま動かなくなった。

6人の同級生たちは視線をテレビから動かなくなった強盗に移した。

強盗を火かき棒で殴った昭は自分が犯人になるのを恐れたのだろう。「誰がやったんだ?」と言い出した。
昭は火かき棒を持っていなかった。強盗に刺さったままだ。
火かき棒は強盗の後頭部に刺さっているから、血も出ていない。

きっと火かき棒を抜いたら血が出る。床が汚れるから、誰も抜こうとしない。

武は昭が強盗を火かき棒で殴ったのを見ていた。
昭が犯人であることを知っている。
でも『昭がやった』とは言えなかった。

少年には『仲間を庇うことは正義』という暗黙のルールがある。
武も暗黙のルールに従うことにした。
他の同級生も『昭が強盗を火かき棒で殴った』と言わなかった。

そのうち同級生の井上聡(いのうえ さとし)が「強盗が勝手に棒を振り回して、バランスを崩して頭に刺さったのを見た」と言い出した。
他の同級生も「そうだったような気がする」と言い始めた。

少年の暗黙のルールにより『強盗は金を出せ!と火かき棒を振り回し、バランスを崩して頭に刺さって倒れた』という事実が捏造された。

同級生全員がこの事実を共有し、秘密にすることが友情になったのだ。

さすがにテレビを見る気分ではなくなったので、子供たちは「また明日!」と言って家に帰っていた。

動かなくなった強盗を主税の家に残して・・・。

***

同級生の家から帰る途中、武は白い猫に出会った。

白い猫は武とすれ違いざま「警察に知らせなくていいのか?」と言った。
武は白い猫が秘密を知っていることを不思議に思ったものの、「それが僕たちの友情なんだ」と白い猫の問いかけに答えた。

白い猫は少し考えた素振りをして「でも、人殺しだよ」と言った。

「まだ死んだかどうか分からない」と武は動揺しながらも白い猫に言った。
強盗は動かなかっただけだ。死んだとは限らない、と武は考えた。

「動かなかったよね?本当に死んでないと思う?」と白い猫は笑いながら武に言う。

嫌な猫だ。思うか思わないかは重要ではない。武は『この猫は何の目的があって、揺さぶりを掛けてくるのだろう?』と思ったが、当たり障りなく切り抜けた方が得策だと考えた。

「知らない。もし強盗が死んでいたとしても、やったのは昭だ。僕じゃない」

「お前は何をしていたんだ?」白い猫はしつこく武に付きまとってくる。

「僕は何もしていない。見ていただけだ。強盗を殺してないし、事実を捏造していない」武はイライラしながら白い猫に答えた。

「警察を呼ばなかったし、救急車も呼ばなかった。死にかけている強盗を助けようと思わなかったのか?」

「それは、大人の仕事だ。僕のやることじゃない」
武はそういうと、団地に向かって走り出した。

白い猫はまだ何か言っていたようだが、武は無視して走った。

友情は破るためではなく、守るためにあるのだから・・・。
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