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文字数 3,294文字

もう一人の自分?
 熾烈なシーズンが終わって、赤木にとっては久しぶりの平穏な日々だった。
 二つの地球で、立て続けに二つのシーズンを過ごしたのである。ゆっくりと休息をとる必要があったのだ。
 そこで彼は、L地球の伊豆の温泉で自分の体のオーバーホールのため、たっぷりと時間を費やすことにした。
 そんなある日、温泉につかりながら、赤木はある奇妙な考えに取り付かれていた。

 R地球のワイルドキャッツの清山と、こちらのレグルスの清川。
 どちらも強打者で、顔形、雰囲気も良く似ていた。
 というか、瓜二つだった。
 R地球の歯江島コーチとL地球の別江府コーチもそうだ。
 彼らも瓜二つだ。
 だけど何故か性格や人格は正反対だった。
 ところで幕下は、実は赤木が工業高校のときの恩師、物理の十両先生によく似ていた。
(もしかしたらR地球とL地球には、一人一人対応する人間がいるのではないのか。あるときは、ほとんど全てそっくりだったり、またあるときは、性格が正反対だったり…)
 そこまで考えて、そして赤木は思った。
(…だとすると、この星にもう一人の自分がいたりして)
 赤木は、とても不思議な気持ちになった。

「すばる」は例年シーズン終了後、L地球の宮崎で秋季キャンプを行っていた。
 レギュラークラスの選手の参加は義務付けられていなかったが、赤木はどうしても参加したかった。
 自分の「故郷」の様子が見たかった、ということももちろんだったが、もしかしたら、「もう一人の自分」に逢えるかも知れないと思ったからだ。
 逢えないにしても、何か手掛かりくらい…

 温泉から帰った彼は、早速、若手の選手に混じって、新宿のバスターミナルから長距離スカイバスで宮崎へと「飛んだ」。
 その日の午後宮崎に着いた赤木は、当然のごとく「こちらの宮崎」を見たくなった。
 そこでまだ日も高いしと、金剛とドライブに出掛けることにし、レンタカーを借りた。
 もちろん運転は金剛に任せ、まずは市内を走り回った。
「こちらの宮崎」は、地形が裏返しである以外、とてもよく似ていた。
 街の感じも、フェニックスの並木も同じだった。
「宮崎空港」はもちろん存在しなかった。
 その土地の一部は長距離スカイバスのターミナルとなっており、それ以外の広大な土地はラジコン飛行場と、市民のための巨大な緑地公園となっていた。
 そしてその一角にある野球場を中心に、「すばる」のキャンプは行われていたのだった。

 それから彼らは日南海岸へと向かった。
 この辺からは、例のヨタフロートが使用可能になるのだが、赤木は「日南海岸をドライブ」したかったので、金剛にヨタフロートを使わずに、地面を走り続けるよう厳命した。
 金剛は「訳の分からんことを言う!」と言いたそうな、けげんな顔をしながら、しかし赤木にたてつく訳にも行かず、海岸通で車を「走らせ」た。

 負けず劣らずきれいな海だった。いや、負けず劣らずではない。海洋汚染や大気汚染が限りなくゼロのL地球の宮崎の海と空は、腰が抜けるほどきれいだったのだ。
 赤木はしばらくの間、その風景に見入っていた。
 車はやがてサボテン公園を過ぎ、最後に鵜戸神宮に到着した。
 参拝した後、彼らは名物の「運玉」を投げることにした。
 断崖から遥か下にある亀石の甲羅の窪みを狙って投げるのだ。窪みに運玉が入ると願いが叶うという言い伝えなのだが、こちらでも状況は似たようなものだった。
 実はR地球では男は左手、女は右手で投げろと看板に書いてある。ところがこちらでは当然、男が右手、女は左手だった。(なんたってこちらは「鏡の星だ」!)
 そこで赤木は金剛に、「赤木さんは『サウスポー』だからずるい!」などと言われながらも、(俺と金剛が、いつまでも野球ができますように)と願い事をしてから投げた。

 考えてみると、L地球に来て以来、「左右が逆」ということが赤木にとって有利に働いたのは、これが初めてだった。
 それから土産物屋で、なぜか置いてあったキングゴングのキーホルダーを買った。
 キングコングを見て、赤木は例の「すばるドーム」での「キングコング事件」のことを思い出し、何となく買いたくなったのだ。もっとも赤木は車を持たないので、「すばる」の選手宿舎の鍵を付けることにした。
 帰り道は金剛の提案を受け入れ、レンタカーのヨタフロートを使い、十分程で宮崎市内までたどり着いた。

 その翌日からキャンプが始まった。しばらくの間、彼らは野球の練習に明け暮れることとなる。しかし、このキャンプが彼ら若手にとって、かつて経験のない地獄のキャンプになろうとは、赤木以外の誰一人、予想してはいなかった…
 実はそのキャンプを地獄にしたのは他でもない、赤木だった。
 前にも言ったように秋季キャンプは金剛ら若手が中心だったので、赤木はどちらかというとコーチ的な役割も多かった。そんな赤木は熱心に若手の指導をやったのである。
 実は、赤木が若手の指導に熱心だったのには、少しばかり訳があった。
 赤木は肩を傷めていたのだ。
 赤木はR,L両地球の二つのシーズンをぶっ続けで過ごし、その上、例の九月二十三日の対レグルス最終戦で力投したことが原因である。
 それで赤木は一ヵ月程ボールを握らないことにしていたのだ。
 そして「投げる」こと以外で赤木の生き甲斐と言えば、それは「走る」ことだったので、赤木はキャンプで走りまくった。
 そして、それを見た若手らも、のんびり流体力学の本などを読んでいる訳にもいかず、それで赤木の後を延々と走らされる羽目になった。
 実は赤木にはもう一つ、生き甲斐があった。それは筋トレだった。
 そこで赤木は若手一人一人のために、鬼のような筋トレメニューを作ってあげたのだ。
 そして彼らは赤木にたてつく訳にもいかず、歯をくいしばって、その鬼筋トレメニューをこなしていったのだった。
 とにかく走り込みに筋トレにと、彼らはR地球のプロ野球並のトレーニングを続けたのである。それは、スポーツが百年遅れたL地球の野球選手にとって、まさに地獄そのものだったのである。
 それから毎日の仕上げは「夜の野球談義」だった。
 赤木は自分の部屋に若手を集め、野球談義に花を咲かせたのである。もちろんその甲斐あって、「生きた球!」の意味を理解出来ないのは、金剛一人を残すのみとなった。
 そんなある日、赤木は若手のためにもう一肌脱ごうと、バッティング投手をかって出た。
 そこで約一ヵ月ぶりにキャッチボールをやったのだが、やはり肩は痛かった。
(まずい。これはしばらくかかるぞ…)
 赤木は悪い予感がした。まあそれでも次の日は休みだったし、若手に自信を付けさせるべく、赤木はこの日、この星の二軍選手にとっても「ひょろひょろ球」と言えるくらいの緩いボールで、彼らに希望を与えることにした。
(もっともその直後、なぜか最近ピッチャーに目覚めた金剛が、この日は「コントロール重視」とばかりに、かる~く140キロ台後半の(L地球の、だよ)球を投げ、若手らはせっかく芽生えた自信を、超大型ブルドーザーで一気に削り取られることとなった。

 その夜赤木は、気をよくした金剛と、最終的には気を悪くすることとなった若手数人を引き連れ、東橘通りの歓楽街へと出掛けた。
 赤木が妙に街に詳しいので、皆、大いに不思議がっていた。
 彼らがぶらぶらと街を歩いていると、通りから少し奥まったところに「ダブルムーン」という奇妙な名前の飲み屋を発見した。
 たしかR地球の尚美の飲み屋は「シングルムーン」だった。なるほどL地球には月がふたつある訳だ。(それから「シングルムーン」の入り口には山猫のトイレがあった!)

 早速入ることにした。しかしいくらなんでもこんな惑星にまで、入り口に山猫のトイレのある飲み屋なんてめったになかろうと、たかをくくっていたのがいけなかった。
 ドアを開けたとたん…
 そのトイレに豪快にずっこけ、それから赤木がその山猫のトイレの砂を払っていると、この店の看板娘らしき女性が、驚いた表情で赤木にこう言った。

「青木君! あんた、今までどこいっちょったとね!」
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