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文字数 2,312文字
消えていた一ヵ月
早速、尚美のいる飲み屋へ行ってみた。相変わらず山猫と山猫人間どもは我が物顔で、店のそこいらじゅうをのさばっていた。店に入った赤木はカウンターのいつもの席につくと、いつもの水割りを注文した。
何もかも、あの頃と変わっていないような感じだった。
ところが赤木を見るなり、尚美は驚いた表情で赤木にこう言った。
「赤木君! あんた、今までどこ行っちょったとね?」
何と、尚美の話によると赤木は「失踪していた」ことになっているらしかった。
彼がジャガーズで清山に満塁ホームランを打たれた、あの「地球最後のマウンド」の日、即ち、2002年9月12日の秋分の日以来、行方が分からなかったというのだ。
もちろん赤木は「冗談じゃないよ!」と尚美に言った。
そもそも赤木は2002年10月中旬、ジャガーズをクビになり、それから身辺整理をきちんとやって(ここが重要だ!)つまり尚美やほかの友人らや山猫にもお別れを言って(ご丁寧にトイレの掃除までやって)それから、幕下らとスーパーカブで10月23日にR地球を発っていた。決して、失踪した訳ではない…つもりだったのだ。
しかし、「失踪した」という尚美の話を聞くうちに、赤木はふと幕下の弟のいう「魂保存の法則」のことを思い出した。
そして、自分の「失踪事件」と何か関係があるような気がし始めたのだ。そこで赤木は、とりあえず今夜の所は尚美の話に口裏を合わせることにした。
「そうなんだ。実はあれからアメリカに渡ってね。しばらくは、あちこちをぶらぶらしていたんだけど、偶然、むこうの独立リーグのスカウトと飲み屋で出会ってねえ。すっかり意気投合しちゃって。それでそのチームで投げてたんだ」
赤木は幕下に感謝していた。
こんなでたらめが、口をついてすらすらと言えるようになったのも、彼のおかげだ。
その夜、赤木は遅くまで飲んだ。酒が入ると、
「いいか、L地球ではな。車も列車もみんな空を飛ぶんだ。科学技術が物凄く進んでいるからだ。だから飛行機なんてない! 航空機メーカーも航空会社も全滅してそして飛行機はみんな『ヒコーキ』と呼ばれてラジコンだけなんだ。もちろん宮崎空港もないんだぞ! それから、向こうの野球ではな。一塁は何と左にあるんだぞ。だから、バント処理のときなんか注意しないと、とんでもないことになるんだ。咄嗟に一塁に投げたつもりが、実はそこは三塁だったりして…」などと本当のことを喋りはじめた。
尚美も他の客たちも、大笑いしながら聞き入っていた。
無論、本気にしたものなど誰もいなかった。
翌日赤木は、二日酔いの頭痛を抱えながら、まずは銀行でキャッシュカードを使ってみた。
先立つものがなければ話にならない。残高はちゃんとあったので五万円ほどおろした。
つぎに区役所へ行き、住民票を申請してみた。もちろんこれも入手できた。どうやら、自分がこちらの社会から抹消されているような事態は、起こっていないようだった。
赤木は一安心した。それから彼はとりあえず、アパートを借りて落ち着くことにした。
彼はL地球へと発つ前に、住んでいたアパートは引き払っていたからだ。
で、そうこうしているうちに腹も減ってきたので、その前にまずは腹ごしらえと、以前から行きつけの喫茶店でモーニングサービスの遅い朝食を摂ることにした。
テーブルで注文を待つ間、赤木は自分のバッグの中の整理を始めた。
そこには西尾崎からもらった記念のボールや、「すばる」のユニフォーム等々、L地球の思い出の品々が雑然と入れられていた。
そしてふと赤木は、その中に、以前L地球の鵜戸神宮で買っていたあのキングゴングのキーホルダーを見付けた。
L地球の宮崎秋季キャンプのとき、金剛とレンタカーを借りて日南海岸を走り、そのときに行った鵜戸神宮で買ったものだ。
それには鍵が付いていた!
(おかしいな。「すばる」の選手宿舎の鍵は返したはずなのに…)
赤木は思った。L地球で車を持たなかった彼は、それに選手宿舎の鍵を付けた。
そしてL地球を去るとき、その鍵は球団に返したはずだった。
だけどその鍵をよく見て、赤木はもう一度驚いた。
そのキーホルダーに付いていたのは、選手宿舎の鍵ではなく、赤木が以前住んでいた、とうに引き払ったはずの、アパートの鍵だったのだ!
ずっと使っていた鍵だからしっかり覚えていたし、何度確認しても間違いなかった。
(冗談じゃない。これは2002年10月23日に、アパートを引き払うときに管理人のおばちゃんに、確かに返したはずなのに!)
赤木は二日酔いがいっぺんに覚めた。
それから急いで朝食をのどに流し込むと、早速、以前自分が住んでいたアパートへ行ってみることにした。
案の定、郵便受けには「赤木」と書いてあった。そして思ったとおり、その鍵はドアの鍵穴にぴったりだった。それで赤木はドアを開け、中へ入った。
部屋の中には、アパートを引き払うときに処分したり、宮崎の実家へ送ったはずの家具類が、元通りに置いてあった。またドアの近くの床には、2002年9月24日から、しばらく溜まっていたらしい新聞が積み上げてあった。
部屋の中は少し小ぎれいになっていた。誰かが掃除をしてくれていたようだった。
そしてテーブルの上には手紙が置いてあった。それは宮崎の家族からのもので、
「とても心配している。帰ったらすぐに連絡をくれ」といったことが書いてあった。
(何で引き払ったアパートに「俺が住んでいる」んだ? 何で俺、心配されているんだ?)
赤木は思った。赤木はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
一体全体これはどうなってんだ?
冗談じゃないよ!
早速、尚美のいる飲み屋へ行ってみた。相変わらず山猫と山猫人間どもは我が物顔で、店のそこいらじゅうをのさばっていた。店に入った赤木はカウンターのいつもの席につくと、いつもの水割りを注文した。
何もかも、あの頃と変わっていないような感じだった。
ところが赤木を見るなり、尚美は驚いた表情で赤木にこう言った。
「赤木君! あんた、今までどこ行っちょったとね?」
何と、尚美の話によると赤木は「失踪していた」ことになっているらしかった。
彼がジャガーズで清山に満塁ホームランを打たれた、あの「地球最後のマウンド」の日、即ち、2002年9月12日の秋分の日以来、行方が分からなかったというのだ。
もちろん赤木は「冗談じゃないよ!」と尚美に言った。
そもそも赤木は2002年10月中旬、ジャガーズをクビになり、それから身辺整理をきちんとやって(ここが重要だ!)つまり尚美やほかの友人らや山猫にもお別れを言って(ご丁寧にトイレの掃除までやって)それから、幕下らとスーパーカブで10月23日にR地球を発っていた。決して、失踪した訳ではない…つもりだったのだ。
しかし、「失踪した」という尚美の話を聞くうちに、赤木はふと幕下の弟のいう「魂保存の法則」のことを思い出した。
そして、自分の「失踪事件」と何か関係があるような気がし始めたのだ。そこで赤木は、とりあえず今夜の所は尚美の話に口裏を合わせることにした。
「そうなんだ。実はあれからアメリカに渡ってね。しばらくは、あちこちをぶらぶらしていたんだけど、偶然、むこうの独立リーグのスカウトと飲み屋で出会ってねえ。すっかり意気投合しちゃって。それでそのチームで投げてたんだ」
赤木は幕下に感謝していた。
こんなでたらめが、口をついてすらすらと言えるようになったのも、彼のおかげだ。
その夜、赤木は遅くまで飲んだ。酒が入ると、
「いいか、L地球ではな。車も列車もみんな空を飛ぶんだ。科学技術が物凄く進んでいるからだ。だから飛行機なんてない! 航空機メーカーも航空会社も全滅してそして飛行機はみんな『ヒコーキ』と呼ばれてラジコンだけなんだ。もちろん宮崎空港もないんだぞ! それから、向こうの野球ではな。一塁は何と左にあるんだぞ。だから、バント処理のときなんか注意しないと、とんでもないことになるんだ。咄嗟に一塁に投げたつもりが、実はそこは三塁だったりして…」などと本当のことを喋りはじめた。
尚美も他の客たちも、大笑いしながら聞き入っていた。
無論、本気にしたものなど誰もいなかった。
翌日赤木は、二日酔いの頭痛を抱えながら、まずは銀行でキャッシュカードを使ってみた。
先立つものがなければ話にならない。残高はちゃんとあったので五万円ほどおろした。
つぎに区役所へ行き、住民票を申請してみた。もちろんこれも入手できた。どうやら、自分がこちらの社会から抹消されているような事態は、起こっていないようだった。
赤木は一安心した。それから彼はとりあえず、アパートを借りて落ち着くことにした。
彼はL地球へと発つ前に、住んでいたアパートは引き払っていたからだ。
で、そうこうしているうちに腹も減ってきたので、その前にまずは腹ごしらえと、以前から行きつけの喫茶店でモーニングサービスの遅い朝食を摂ることにした。
テーブルで注文を待つ間、赤木は自分のバッグの中の整理を始めた。
そこには西尾崎からもらった記念のボールや、「すばる」のユニフォーム等々、L地球の思い出の品々が雑然と入れられていた。
そしてふと赤木は、その中に、以前L地球の鵜戸神宮で買っていたあのキングゴングのキーホルダーを見付けた。
L地球の宮崎秋季キャンプのとき、金剛とレンタカーを借りて日南海岸を走り、そのときに行った鵜戸神宮で買ったものだ。
それには鍵が付いていた!
(おかしいな。「すばる」の選手宿舎の鍵は返したはずなのに…)
赤木は思った。L地球で車を持たなかった彼は、それに選手宿舎の鍵を付けた。
そしてL地球を去るとき、その鍵は球団に返したはずだった。
だけどその鍵をよく見て、赤木はもう一度驚いた。
そのキーホルダーに付いていたのは、選手宿舎の鍵ではなく、赤木が以前住んでいた、とうに引き払ったはずの、アパートの鍵だったのだ!
ずっと使っていた鍵だからしっかり覚えていたし、何度確認しても間違いなかった。
(冗談じゃない。これは2002年10月23日に、アパートを引き払うときに管理人のおばちゃんに、確かに返したはずなのに!)
赤木は二日酔いがいっぺんに覚めた。
それから急いで朝食をのどに流し込むと、早速、以前自分が住んでいたアパートへ行ってみることにした。
案の定、郵便受けには「赤木」と書いてあった。そして思ったとおり、その鍵はドアの鍵穴にぴったりだった。それで赤木はドアを開け、中へ入った。
部屋の中には、アパートを引き払うときに処分したり、宮崎の実家へ送ったはずの家具類が、元通りに置いてあった。またドアの近くの床には、2002年9月24日から、しばらく溜まっていたらしい新聞が積み上げてあった。
部屋の中は少し小ぎれいになっていた。誰かが掃除をしてくれていたようだった。
そしてテーブルの上には手紙が置いてあった。それは宮崎の家族からのもので、
「とても心配している。帰ったらすぐに連絡をくれ」といったことが書いてあった。
(何で引き払ったアパートに「俺が住んでいる」んだ? 何で俺、心配されているんだ?)
赤木は思った。赤木はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
一体全体これはどうなってんだ?
冗談じゃないよ!