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文字数 1,146文字

 3月になると「すばる」はオープン戦に入り、選手たちは東京に帰ってきた。
 赤木は「すばる」の選手たちの練習の合間に、一人一人とあいさつをした。
 一年前と比べると、皆、とても逞しくなっていた。
 彼らの練習の様子を見ていると、「球が伸びてるぞ」とか、「いまのカーブはキレてたな」といった声が、方々から聞こえて来た。
 流体力学の本ばかりを読んでいた彼らの間にも、赤木の考えがすっかり浸透したんだなと感じ、彼には嬉しいような、また何となくおかしいような、不思議な感じがしていた。
 ともあれ彼らを見ていると、今年こそは優勝出来そうな気がした。また、例の本も出ることだし、赤木としてはこの星での自分の役目を全てやり終えたような、とても清々しい気分だったのだ。
 そんな赤木に一人の選手が駆け寄り、声を掛けた。
「赤木君!」
 赤木はその声に振り返った。
 西尾崎だった。
「これ、僕の150勝の記念のボールだよ。あのとき僕が復活出来たのは、君のおかげだから、ぜひ受取ってほしいんだ。これで借りは一つ返したことにしてくれよ」
 西尾崎は笑っていた。達筆な裏文字のサイン入りだった。
「え! そんな大切なものを…」
 赤木は躊躇したが、無論、西尾崎は譲らなかった。
「遠慮するなよ。僕は赤木君から、もっともっと大切な物を受け取ったんだ」
「あのトレーニングのマニュアルですか。僕、頑張って書きましたからね」
「それだけじゃない! 赤木君が熱心に練習する姿や、一生懸命にマウンドで投げる姿を見ることが、僕はもちろん、チームの皆にとって、どれほど為になったことか。どれほど勇気付けられたことか…」
「そうですか。そう言ってもらえると、僕、とても嬉しいです」
「じゃ、このボール、受け取ってくれるよね!」
 赤木は小さく頷いた。このボールは赤木にとって一生の宝物となった。

 3月23日、赤木と幕下は東京駅発、国鉄国際線「はやぶさ13号」で日本を発った。
 金剛、西尾崎ら数人がホームまで見送りに来てくれた。
 赤木は一人一人と握手し、別れを告げた。
「赤木さんの球もっと受けたかったです。ぼくが一軍の試合に出られるようになったのも、みんな赤木さんのおかげだから…、赤木さんのこと、絶対忘れませんからね」
 金剛は言った。
「赤木さんのおかげ」なんてとんでもない。赤木は思った。一体自分は、金剛にどれだけ助けられたか。どれだけ勇気づけられたか。そして彼と、どれだけ楽しい時を過ごせたか。
 そう思うと赤木は胸がいっぱいで言葉が出なかった。金剛にはただ一言、
「頑張れよ!」としか言えなかった。

 列車が走り出すと、皆が手を振っているのが車窓から見えた。
 何だか彼らが小さく見えた。金剛は泣きながらいつまでも手を振っていた。
 赤木も、もう少しで泣くところだった。

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