第38話

文字数 1,844文字


今回の見せどころとして重要なシーンは、ゾンビ達に追われ教会に逃げ込んだ際に、
もう死ぬかもしれないからと、主人公の長年の夢である結婚式を挙げたい。

という夢を頼み込んで、実現させるというシーンである。
状況にあるまじき荒唐無稽な願いをされた男は最初こそ拒否したが、彼女の懇願の熱意に負けて承諾した。
という、とんでもない設定だが、脚本を書いた団長は誇らしげな顔で台本を渡して説明してきたので口を挟めなかった。


撮影は初めての試みではあったが、同種の事柄の事とあってか滞り無く進んだ。そして1番の山場である先程述べたシーンが始まる。
ゾンビ達の脅威から逃れるため教会に逃げ込んだ男女。そこで息を整えた彼女は突拍子のない事を言った。

「私ウエディングドレスを着れないまま死ぬのなんて耐えられない。ここで挙式しましょう」

「追い込まれすぎて頭おかしくなったのか?」

多少強引な台詞ではあったが、みなみの持ち前の演技力で、その場を成立させる。

先輩たちから悪い噂をきいて身構えて挑んでいたが、彼女から放たれる気迫に山中は圧倒された。
同時にこの人の実力は本物だと、まざまざと見せつけられた。

この人との演技力の差は歴然と開いてると悲観したが、負けてられるかと自分を鼓舞してみなみに食って掛かる。
互いに応戦しあい相乗効果となった。

男が折れて式を挙げる運びとなった。
ゾンビ達がドアを叩く音を聴きながら、バージンロードを2人で歩くシーンは、緊張と緩和の効果でハラハラもするが、クスリと笑えるくだりとなった。

ラストシーンは2人がキスする寸前でゾンビ達が群がる。ハッピーエンドともバッドエンドとも取れる終焉である。
山中の白かった頬が赤く染まったところで、撮影が無事終了した。

「皆さんお疲れ様でした。とてもいい出来映えになりました」

詩織が高らかに言った。表情はほがらかとしており早く編集したいと意気込んでいる。

「動画は後日配信されますので、楽しみにしてて下さい」

協力してくれた団員たちは、笑顔で頷き安堵の表情を浮かべた。

みなみが帰り支度をしていると、団長が近づいて来て話しかけてきた。

「お疲れ様。最初はどうなるかと思ったけど、無事に良い先品が出来て良かったな」

「団長のお陰だよ。あなたが協してくれなかったら、何も始まらなかった」

「お前しばらく見ないうちにだいぶ変わったな、団員たちも驚いてたぞ。
美香は勿論だが特に山中は骨抜きになってたぞ」

「みんな私のために協力してくれるんだから、横柄な態度とってられないでしょ。
それに事務所を辞めて個人で活動する様になってから、色々気付かされたの。
いかに自分が井の中の蛙で、 周りに迷惑をかけていたか思い知らされたの。一人じゃ、何も出来ないのにね」


そう言ったみなみの表情は後悔の念で陰が差していた。
それを見た団長は諸派の事情を察して明るい口調で言った。

「この作品に携われて良かったよ。これからも陰ながら応援してる」

「ありがとう」
こうして未経験者の多い中、小規模な撮影は幕を閉じた。

別れ際に美香が抱きついて離れなかったのはいい思い出となった。

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