第70話

文字数 946文字

西原はイライラした様子でポケットからタバコを取り出し、自慢のジッポライターで火をつけた。
事務所を設立してから今まで順調に舵をきってきたのに、最近雲行きが怪しくなってきた。
肺に煙を送りみ、豪快に吐いた。

それもこれも全部相良みなみと神崎詩織のせいだ。西原の脳裏に忌々しい記憶が蘇ってくる。


相良みなみは今まで育てた恩を忘れて他事務所に移籍したいと言いやがった。
それをマリアから聞いた時は、はらわたが煮え繰り返ったもんだ。
問い詰めたら暴力振るってきやがったから、大騒ぎして業界全般に厄介者のレッテルをはって、
完全に干したもんだと思っていたのに。

抜け抜けとフリーになって活動しやがって。
神崎詩織が入れ知恵したんだろう。相良は演技はできるが頭はからっきしだからな。
あいつもマネジャーのくせに俺に歯向かって出て行きやがった。
どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。西原の目は怒りに満ちていた。

あいつらが細々と活動する分には目を瞑ってやるが、
問題は徐々に世間を味方につけつつある事だ。
コスモキャリーは有能なやつの首を切る、無能な社長だと言ってくる輩が増えてきた。

相良たちが評価を上げるほど俺の風当たりがキツくなる。まるでシーソーゲームのようだった。
面白くない状況だ。予期せぬところで風評被害が降りかかり、会社の信用問題にも直結していく。
西原の心中は怒りの炎で燃え上がっていた。



そもそもこういう自体は社長業にはきっては切れぬ問題で、
それをうまく切り盛りして体制を整えるのが社長の腕の見せ所なのだ。
だが生憎西原には、その才能が不足していた。

社員や所属タレントに罵声混じりの発破をかけ、結果を人任せにするのが今、西原ができる最善の一手である。
だが日々の業務で忙しなく働いている体に鞭を打たれた当の本人たちは、心底辟易としていた。

耐え切れなくなって辞職を願い出る社員が先月は一人、今月は二人も出ている。
社内はどんよりと暗い雰囲気が立ち巡っていた。

頼みのマリアも使い物にならない。
指を咥えて見ているしかないのか。
なにか打開策はないかと西原が頭を抱える。だが当然のごとく答えは出ない。

煙を吐き出し、視線をマリアに向ける。何か案はないのか、と言おうとしたが未遂に終わった。

彼女がスマホを見ながら青ざめた表情をしていたからだ。
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