第30話

文字数 1,384文字


「いやー今日はどうもありがとうございました。お陰で再生数伸びそうです」

玄関前でライトが御礼を述べた。無事に完食し企画をやり遂げた兄弟二人は疲労の色を見せつつも誇らしげな顔をしていた。
だが円を描くようにお腹をさすっているので、お見送りが終わったらトイレに直行するのだろう。


「いえいえこちらこそ。良い勉強になりました。ありがとうございます」
詩織は精一杯の皮肉を込めたつもりだった。


「無事完食できてよかったです。ユーチューバーって想像してたよりもずっと過酷で難しい職業なんだと実感しました。一時は本当に帰れないって思いましたもん」満足げな表情でみなみは語る。


「ぶっちゃけて言うとユーチューバーって得体のしれない職業に軽視してた自分がいました。ですが実際に自分がやってみて考えが覆りました。これからは尊敬の念を抱いて接していこうと思います」そう言って深々と礼をする。
感謝の意が身体全体から滲み出ている。とても演技などには見えなかった。

間近で見続けてきた詩織にはこれが本心から来る言葉だということはすぐにわかった。
それと同時に勘違いしていた自分に気づく。

彼女が大人になったと過大評価していたが、単に全ての事柄を間に受けていただけなのだ。

そう思うと相好が崩れて安堵の息が口から漏れ出ていた。

「はあお腹いっぱい。当分ご飯要らないわあ」
みなみはお腹をポンポンと叩く。思いの外膨張して膨れ上がっており、来る前のと比較すると過酷さを物語っていた。
そんな彼女に微笑んで「よく頑張ったわね。どうなるかと思ってたけど無事終わってよかったわ」
そう言って健闘を讃えた。本心から込み上げてきた言葉だった。

手を伸ばしみなみの頭をクシャクシャとする。子供扱いしないでよ、と言っているが、満更嫌そうでもなさそうだ。



「みなみの好感度上がるように編集してくれたらいいけど」弱音めいた一言を詩織が呟いた。

「大丈夫でしょ。あの人たちプロだもん。いい感じにやってくれるさ」
毅然とした表情で彼女は返した。その口ぶりから相当信頼しているみたいだ。


「だといいけど」
「あの人たち今がピークなんだろうな」ふとみなみが言った。

「こらせっかく受けてくださったんだからそんな事言わない」
いつもの彼女の言動に戻って安心したのか唇が緩んでいた。





「うー腹いてえ」トイレの中から達也が呻いていた。「なんだか拍子抜けしちゃったな」


順番待ちなのであろう、ライトが側の壁に寄りかかり投げかけるように言った。

「いやーまさか企画をガチでやってくるとは思わなかったもんな。こっちはゴシップ聞き出してタイトルに[芸能界のばくろ]とかつけて釣ろうとしてたのにな。失礼な事聞いてそれでキレられても撮れ高あるって言う二段構えだったのに」

それが彼らの思惑だったのだ。どっちに転んでも採算がとれるはずだったのだが。


「あんな一生懸命に食べるんだぜ。そんなセコい手使ってらんねーだろ」
ライトがやれやれと言った顔で両手を上げた。


「だな。もしかして俺らって」

「あぁ人気にかまけてセコい技術ばっか身につけて、努力を疎かにしてたな」
それが今日二人が身をもって感じた痛切だった。

「まさかスキャンダル女王にその事を教えられるとはな」

「ほんとだよ。まぁこれを教訓にして、また一から頑張るか」ライトは目を瞑ってしみじみと言った。


「あぁそうだな兄貴」兄弟二人はトイレ越しに決意を固めた。
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