第6話 エピローグ WEBライター 倉本ユカリ

文字数 1,708文字

 倉本ユカリは、最近妙な違和感を覚えていた。
 インターネット上の様々な情報の断片や流説を集め、その内容を順序立てて整理し、鑑賞に堪えうるモノとして提供するのを仕事としているが、最近は大手の動画サイトに主な客を奪われて、記事を掲載する自称ニュースサイトの広告収入が減ってきている。幸いにもユカリはインターネット話題を扱うライターとしてそれなりに名前も知れていて、より格式が高いとされる紙媒体や、そのほかの媒体への移行を本格的に検討し始めていた。だが表現の場所や形態が変わっても、自分の作った物は他人のガラクタを集めて綺麗にし、ある程度見栄の良い形に変化させた、抽象性の無いスクラップアートでしかない。その事実を強く意識すると、ユカリは自分の行ってきた行為に不安を感じて、自信を持って記事を書く事が出来なくなり始めていた。
 まだ小さい不安を抱きながら、ユカリは自分の作った文章が一番生きる場所は無いかと、インターネットの様々なサイトを巡っていると、大手の動画サイトに『今週の注目動画』としてピックアップされていた動画に懐かしい名前を見つけた。その動画に出ていた人間は中本ヒロヤという、大学時代から社会人二年目まで付き合っていた男の名前だった。
 動画のタイトルは『中本ヒロヤ 話題の社会運動家・評論家と語る』という物だった。動画をクリックして、二本立ての広告をスキップすると、懐かしいような憎らしいようなヒロヤの顔と、初めて名前を知った社会運動家・評論家という肩書の遠山タクトという男の顔が二分割で表示される。どうやら対面ではなく、お互いのPCを使ったオンライン対話のようだった。
「今回もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 ヒロヤの後に続いてタクトが挨拶をした。初めましての挨拶が無いという事は、何回目かの対話と言う事なのだろうか。隠されていた動画の概要欄をクリックして表示すると、二十分間にわたり時事問題や社会問題を語り合うらしい。それらの話題はユカリの興味を引くものではなかったが、概要欄のさらに下にあるコメント欄の内容は興味深い物が並んでした。
「ヒロヤさんイケメンです!」
「このお二人が並ぶとすごく知的な印象」
 動画の内容を知りたいから来るのではなく、動画に登場する人間を目当てで視聴しているらしい人間が多かった。ユカリはそのまま動画を配信しているヒロヤのチャンネルを確認すると、勤めていた企業を辞めて、同僚の女性社員二人と会社を立ち上げたとの説明があった、投稿された動画を確認すると、シンガポールへの出張旅行や与党の衆議院議員との対談の様子など、様々な種類の動画が投稿されている。それらの動画が活動報告なのか、それとも単なる自己顕示欲から来るものなのかは分からなかったが、幅広く精力的に活動している様子だった。
「僕達のする事は、どんな形であれ、世界中の人達に『しあわせのつぶ』を分けてあげることですからね」
「そうですよね。地味で目だない行動ですけれど、続けていくのが大切ですよね」
 動画の中でヒロヤの言葉にタクトが頷いた。ユカリは資本家に頷く社会運動家など信用するに当たらないと思って、動画を閉じた。

 やりきれない気持ちを弄んだユカリは、午後が暇であることを理由にして繁華街に出掛ける事にした。繁華街に向かう電車の中で、自分はヒロヤと収入面や社会的地位において大きな差をつけられてしまったと、ユカリは切ない気分になった。
 繁華街の駅で降りると、ユカリは大手資本の衣料品店や飲食店などが立ち並ぶ界隈を歩いたが、一度抱いてしまった切なさを晴らす事は出来なかった。ユカリはこれ以上残念な気分になりたくないと、細い裏道を通って駅前のロータリーに向かおうとした。するとそこには見慣れない小さな露店があった。気になって注目すると、露天のテーブルの小さな看板にはヒロヤの動画に出て来た『しあわせのつぶ』という言葉が書かれ、その隣には『しあわせのつぶ』らしきものを収めた小瓶があった。
「こんにちは。ここに『しあわせのつぶ』がありますよ」
 露店の店番をしていた若い女は、微笑みながらユカリに声を掛ける。


(了)
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