オン・セン・ドロボウ

文字数 2,768文字

「ハッキング完了しました。フェイク用転送経路展開確認、正規合流地点に転送まで、三、二――転送確認」

 モニターを注視していた僕の体の動きに連動した椅子は、緊張を解いた体を優しく受け止めている。  ここは、宇宙船シュレディンガーの制御室、三人の人間と、制御系AIで回している。 制御室以外では、五人の人間が機械メンテナンスや、荒事を担当する。

 二メートルは軽くある体躯のボスは、笑顔だった。「ミルトン、向こうの受領を確認したら、次回はいよいよ〈家具屋の戦艦〉だな」

「そうですね、準備期間はきっちり取りましたから、問題はないですよ」 モニターには、今転送された惑星間護衛艦エスカテリーナのデータが表示されてている。

「そろそろこちらの移動時間です。準備願います。ボス」 一番端の椅子に座っている、蛍光緑の髪の女性が、こちらも見ずにぶっきらぼうに言った。

「時間通りだ。撤収するぞマージ」

 マージと言われた蛍光緑髪が、面倒くさそうに、パネル上のポイントをタップした。「拠点へ星間ワープに入ります。各位ヨロ!」 それだけ言って、棒のついた飴を舐め始めた。 

 ***

「ミルトン、これ、ボスから今回のボーナスだってさ」  拠点に着いてから、僕はマージから手渡しで小型記憶媒体を受け取った。 マージの口には棒のついた飴が入っていた。

 拠点は辺境銀河の衛星にあった。 緑の多い木星程度の大きさの星だ。

 僕たちのような〈どろぼう稼業〉が情報交換も兼ねて集まっている。 町もあるし、港もあるし、交易拠点もある。

 大型モニターでは、銀河間共有ニュースが流れていた。

貴人(きじん)護衛中の、最新鋭衛惑星間護衛艦エスカテリーナが強奪されました。この戦艦は完全機械管理戦艦で、有機的損害はないとの事ですが、軍事的損害は計り知れないと、関係者は発言しています。犯行について捜査本部は、逃走ルートを捜索中」   横目で中空のモニターを見ながら、自室のあるビルに向かった。 自室はこれと言って、荷物も窓ない、寝るだけの部屋だ。

 仮想ドライブへ、受け取った小型記憶媒体を接続した。 懐古主義なところがあるボスは、たまにこういう事をする。わざわざ物理。 渡した人物以外が触れれば、データは即時破棄されるセキュリティーなので心配はないが。

「ミルトン、次回の仕事で契約完了だ。更新だけどな、そこでなんだが――俺と恒久契約しないか? 拾ってからここまで十五年、お前はすごいぞ! 技術はそこらの高級技術者じゃ手も足も出ない。時間も正確だ。報酬も望むものを出そう。いい返事を待っている」

 記憶媒体はノーデータを示していた。

 僕は、口元が緩むのを抑えきれなかった――。 

 ***

 一週間後、別の銀河へ来ている。

 今回のターゲットは、通称〈家具屋の戦艦〉。

 太陽系とかの地球とかいう星の偉い人間を護るため建造された一隻で、機体こそ百メートル級の小型護衛艦だが、作りが凄い。

 外装の装飾が、寄木作りのように入り組んでいて無駄に華美だ。 その実、実戦では外壁の装飾がバリヤとなり、艦への攻撃を防ぎつつ相手を殲滅する。そのバリヤがどういう仕組みなのか、有機的、無機的解析興味を惹かれるものだった。 これが三機、色違いで母船を囲むように地球から出発し、火星を抜ける手前で星間ワープに入る。

 今回はワープする手前で、一隻〈赤い護衛艦(あかつき)〉を頂戴する予定だ。

「現在、商船偽装にて金星裏を航行中」 マージがチラッと僕を見る。「何?」「別に」 マージは、視線を戻した。

「ショータイムまで五時間だ。交代で少し休憩しよう」 ボスはマージを操舵室から追い出すように送り出した。

 シュレディンガーは自動航行で順調に進んでいる。「ミルトン、恒久契約ありがとうな、これでうちも安泰だ。お前を強奪した戦艦で見つけたときは、こうなるとは思わなかったよ。当時のお前、十歳のガキの売り込み方じゃないエグさだったな」 ボスは少しだけ、遠い目をした。

「昔の話ですよ。それに、僕は身寄りもないし、この頭一つで見いだされ、あの戦艦のメンテに偶然乗船していただけですよ。ボスが拾ってくれなかったら、売られて今頃どうなっていたことか」

 ***

 十五年前――。

 むさくるしい男が操舵室で声を荒げている。「ボス! 強奪した戦艦に、人間が乗船してるって! センサーに反応あり」「ああーん? それじゃあ納品待ってもらわないと、一度拠点近くに転送だな、偽装完了後転送するから急げよ、時間超過するなよ」

「オッケー!ボス」 操舵室が慌ただしくなった。むさくるしい男が、強奪した戦艦の偽装にかかる。ボスと言われた男は、拠点近くの一時停泊場所の安全確認、もう一人の男は周辺警戒をしていた。

 ***

「ターゲット、護衛艦あかつきスキャン開始、有機情報なし、ハッキング開始」 作業を開始した。僕たちはちょうど地球に迫っていた。

「ハッキング完了まで一時間です。現在偽装中です。警戒を怠らないでください」 やる気のない言い方で、マージが艦内に伝達した。視線は青い地球を眺めていた。 「ハッキング完了しました。フェイク用転送経路展開確認、正規合流地点に転送まで、三、二――転送確認」 目の前に<あかつき>が姿を現した「おい! 何が起こってる!」 ボスが慌てている。

 僕は冷静に回避行動開始の命令を画面にタップしながら言った。「向こうの方が上手だったようです。逃げた方がいいですね」

 あかつきから対艦砲が発射された。「避けろ!」「近すぎてムリ!」 マージが悲鳴を上げた。

 艦内から警報が鳴り響く。「脱出するぞ、拠点まで後退だポッドに急げ!」 ボスの指示で、ワープ機能付きポッドに急ぐ。  光の中を過ぎて到着した先は、湯煙り立つ場所だった。

「ようこそ、窃盗団のみなさん」 そこでは、完全武装した一団が待ち構えていた。

 護送車に揺られながら、マージは地球の景色を眺めていた。 外からは中は見えないが、中からは良く見えた。思ったより、自然もあって都会的だと思っていた。

 大型モニターでは、銀河間共有ニュースが流れていた。「神出鬼没の窃盗団確保される。完全機械制御戦艦ばかり狙う窃盗団が、W温泉卿で確保されました。この窃盗団は名称が無かったため〈オンセンドロボウ〉仮称として捜査を――」

「名称、クッソダサ」 マージはため息をついた。護送車は走っていき、ニュースは続いていた。

「続いて、今日の特集です。十五年間行方不明だった王子が発見された喜ばしいニュースです――」

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