アイ フェルト ハングリー

文字数 2,137文字

 サッカーコートが入りそうな面積を、カラフルなベルトコンベアーが交差し、食品が流れて行く。

 光栽培の農場区画から使用分が運び込まれ、待ち受ける配膳コンテナに美味しそうなメニューが積み込まれていった。
調理区画内に人間の姿は無い。
 
 寒々しいくらいの明るさの中、腕だけのロボット達によって一日二食の献立やルームサービスのオーダーに沿って調理されていった。
 
 僕の仕事は、食事オーダー全体の進行管理だった。

 工程に異常があれば即座にアラートが視界を覆い尽くす。
 実作業はロボット達が対応してくれるので、人間は殆どやる事が無い。
 
 調理区画を出ると、人の気配が波となって僕を押し流そうとする。
 
 ここは、星間連絡船〈あんもないと二号〉下層作業エリアだった。
 
 お客さんを一千人程乗せた巨大連絡船は、従業員百人と数えきれないロボットとAI搭載のアンドロイドで運行されている。
 地球から金星までの定期航路で、手軽な観光と物資調達が主な業務だった。

 簡素な通路の角を曲がって若い女性が現れた。
「はい、コロン。今日も冴えない顔してるわね。森林か海区画に行ってリフレッシュしてきなよ」
「そうだねアンジェラ、気が向いたらいくよ」

 アンジェラと呼ばれた女性は、困った顔を浮かべながら去っていった。
 言わんとしている事は理解している。
 僕はこの業務に左遷されてきたので、出発から今日までイジイジしたままだったからだ。
 
 メディカルアラートからメッセージが眼前に表示された。

「消化器系が弱っています。食事はこのメニューをお勧めします。なお、運動レクリエーションは以下の項目を推奨――」
 
 ご丁寧に美しい声で音読してくれるのを「分かった」の一声でぶった切り、足早に森林区画に向かった。

 お客さんと共有しない個所を従業員用として開放しており、木漏れ日を堪能したりハンモックでうたた寝したり、夜間モードの時は降るような星空が見られた。

 今は夕方のようだった。
 赤く燃える遠くの山々が合成映像だと分かっていても圧巻の眺めだった。
 暫し立ち尽くし完全に日が落ちると、濃い青が空を覆っていく。
 
 僕は手近な切り株に腰かけ、これも合成とは思えない月明かりに照らされるまま、時間の経過を忘れて意識を拡散させていった。

「食事の時間を超過しています」

 視線の隅の方に赤く注意メッセージが表示された。
 空腹感は既に感じていたがあまり食べたくなかった。
 
 自分で管理していて何だが、どう見ても完璧な食事が美味しいと思えないからだ。
 
 独り言のようにメディカルAIに返信をする。
「どうも食欲がないから、流動系をオーダーする。ここで食べるから持って来て」

 了解のメッセージとともに、到着までの時間が表示されていた。
 調理区画の冷蔵庫から取り出した流動パックを、僕の好みの温度に温めて、配膳ロボットが恭しく手渡してくれるだろう。

 星を眺めていると「お待たせいたしました」と声をかけられ、配膳ロボットが朱塗りの盆に載せられた流動パックを差し出していた。

「ありがとう」と僕は受け取り、配膳ロボットは「ごゆっくり」と返して去って行った。

 他にも何人か従業員が休んでいるが、距離的に離れているので気が楽だった。

 消化器系が弱っているのは左遷の影響――流動パックに吸い付きながら星を見ていた視線を足元に落した。

「僕は、悪くない、短期航路の連絡船にあんな食事を設計するなんて……」

 飲み終わったパックを握りしめ、誰に言うでもなく呟いていた。

〈地球外生活における食事の有り方〉なんて大業な国レベルの研究支援の名目で、食事は感覚的に加工されるように変わった。

 お客さんには予約サイトでも明記されている。
 嫌なら割高な通常食を選択するしかない。

 高額な旅費を支払うお客さんは通常食が付いていて、研究支援の食事はオプションで選択可能になっていた。

 一般のお客さんは、研究支援食が旅費の中に含まれていた。
 メニューは定食や一品料理、バイキングや何でもありだ。

 見た目も感触も、五感に感じる物は通常食と変わらない。
 しかし、食事上のフラグに視線を合わせると『研究支援食』の文字が浮かび上がる。
 
 食事名称と栄養とカロリーの表示、後は個人の神経系統が勝手にメニューを判断し、味も食感も再現され通常食のように楽しめるのだ。

 視線の中の画面を切り替える時に、タイムラグで食欲が消失しそうな個体に見えることが仕様にあり、このギャップが何故か人気になっていた。
 
 僕は、船内全てのメニューを取り仕切るトップシェフとして、この研究に異議を唱えた。
 全部が悪いなんて言っていない。
 効率もいいが食べるという基本行為を誤魔化す事にすんなりと入って行けなかった。
 
 高額な補助金目当ての経営陣に睨まれ、ネガティブな反応を示した僕は、左遷させられてしまったのだ。

 流動パックは満腹感が得られるように僕が設計したものだったが、いつまでも空腹感が取れなかった。

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