違う、そうじゃない
文字数 2,170文字
大型デスクの隅に、食べかけのお菓子の袋が転がっていた。
八人いるメンバーは一様に疲労が濃いが、終電前に帰宅できるだろう。
この企画室に配属されてから初めての大きな仕事で、僕は期待に応えようと、所謂ハイ状態が十日間程続いていたのである。
ショートカットの瞳の色が薄い女性が、僕に斜め向かいのデスクから残り物のクッキーセットを渡しつつ会話を始めた。
「あと三日で、更新調印式のために〈星の外〉の母船に向けて使節団が発艦しますが、最終調整も済んでますし、物資の積み込みも明日には終わります。織垣 さん、他に確認事項はありますか? 関係ないですが、売り切れ必至のクッキーを入手したので、皆さんにおすそ分けです」
手入れの行き届いたパンツスーツに身を包み、淡々と語る磯部さんの目線は、次のお菓子を探しているようだった。
今は勤務時間外で、帰宅準備中だからお菓子が飛び交おうが問題ない。
十五分程で夜間の休憩時間が始まるが、夜間残業の申請はしていない。
「ありがとう、いただくよ。資料は問題ないね。持ち回りのサイン代わりのホログラム印紙も、悶着はあれこっちの手は離れたし、本番は全く問題ないからね」
「本当、デザインコンペは荒れましたからね」
これには、帰宅支度をしている一番の若手、木本が含み笑いをしていた。
デザインコンペは、公募ではなく内部で決められた。
有識者とやらの意見に翻弄され、利権議員に横槍を入れられ、手直しの草案が上がってくるたびに、深夜の企画室で木下なんかは――
「もーデザインなんか収入印紙でよくね?」
と言いながら、頭を掻きむしっていた。
結局、利権議員が有識者を良くない手で黙らせて、利権議員の有権者に受けの良い、相手の星的にかなり悪趣味なデザインに落ち着いた。
僕は遠い目で――
「あれは本当にひどいデザインだった……」
それしか感想が出なかった。
他のメンバーも苦笑いを浮かべ、お先に、お疲れさまと退館していった。
***
ここは、とある小さな国の省庁の企画室内である。
この星が他の惑星との交易開始五十年という区切りの記念式典を、各国持ち回り順の関係で、自国が更新調印式の栄誉ある初担当国となる。
否が応でも予算も、式典に帯同する議員も無駄に多い。
更新調印式は相手の母船内で行い、両方の星へ同時中継される一大イベントだった。
調印式で交わされるのは、デジタルパネルを使用した調印文書を表示したものではなく、古式ゆかしい革の調印用ホルダーに、上質な紙とインクで更新調印様式を記載したものに、各代表の交易大臣が、ホログラムの美しい切手のような物を貼り付けた所に、自分のサインを記し、ホルダーを交換する。
交換したホルダーはデジタル保存される。
この仕様は、紙の文化がない相手の星の希望による。
ホログラム化された切手を愛 でるのが楽しいらしい。
所変わればというものだろうか。
***
初めて惑星間戦艦に搭乗する大臣や議員達を見送った後、僕達企画室八人は〈本番〉の更新調印式に向けて、自国の地下にある神殿に移動していた。
場所は言えないが、地下深い所に緑の広がる公園があり、高さ十メートル以上の僕には懐かしい形のモニュメントがそびえていた。
その周りを、座れるような石が数十個円形に配置され、広さは高さ込みで直径二十メートル位だろう。太陽光のように柔らかい光が差し込んでいた。
モニュメントの手前には、祭壇のような石のテーブルがあり、その右奥にある木製の門扉に似せた転送ゲートから、星の外の星全体を掌握する総督が、護衛と一緒に出てきたところだった。
「ササカ様、ご足路いただきありがとうございます。こちらでお休みください」
「織垣、息災でなによりだ」
僕は、護衛に目配せしてササカ様をひときわ大きな石の椅子に案内した。
世界が交易する以前から、自国と星の外は関わりを持っていて、歴史は千五百年に遡る。
人の交流も活発で、星の外の人の仕様が人間とほとんど変わりないことも幸いし、国民に交じって数百年以上経っている。
磯部さんも三代前に星の外の人の遺伝子を継いでいる人間だった。
僕の両親は星の外の人だった。
こちらの本番の更新調印式は、五十年に一度の重要な秘事だった。
簡素ではあるが厳かに行われるのだ。
出席者は、自国から悠久の流れを汲む女性神官が一人と副官の男性神官が三人と儀式の補助をする使いが五人ほどである。
衣装は、古事に習い、簡素な麻で作られた衣を纏い、薄蒼いヒレが重力を無視して、神官の肩の上に浮かんでいた。
後は、専任担当となる企画室メンバーの八人である。
交易のきっかけが、UFOの墜落時、救出に携わった子孫との交流というのだから、公式記録のどこを探してもそのことの記載がないのは、お約束としておこう。
地上では、交易五十周年記念番組が、華々しく中継されているだろう。
本番で使われたホログラム印紙のデザインは、木本の案が通り、収入印紙を叩き台にした。
ササカ様はデザインにご満悦のようだった。
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ここまで読んで頂きありがとうございます。
〈評価☆〉を頂けると創作の励みになります。
よろしくお願いいたします。
八人いるメンバーは一様に疲労が濃いが、終電前に帰宅できるだろう。
この企画室に配属されてから初めての大きな仕事で、僕は期待に応えようと、所謂ハイ状態が十日間程続いていたのである。
ショートカットの瞳の色が薄い女性が、僕に斜め向かいのデスクから残り物のクッキーセットを渡しつつ会話を始めた。
「あと三日で、更新調印式のために〈星の外〉の母船に向けて使節団が発艦しますが、最終調整も済んでますし、物資の積み込みも明日には終わります。
手入れの行き届いたパンツスーツに身を包み、淡々と語る磯部さんの目線は、次のお菓子を探しているようだった。
今は勤務時間外で、帰宅準備中だからお菓子が飛び交おうが問題ない。
十五分程で夜間の休憩時間が始まるが、夜間残業の申請はしていない。
「ありがとう、いただくよ。資料は問題ないね。持ち回りのサイン代わりのホログラム印紙も、悶着はあれこっちの手は離れたし、本番は全く問題ないからね」
「本当、デザインコンペは荒れましたからね」
これには、帰宅支度をしている一番の若手、木本が含み笑いをしていた。
デザインコンペは、公募ではなく内部で決められた。
有識者とやらの意見に翻弄され、利権議員に横槍を入れられ、手直しの草案が上がってくるたびに、深夜の企画室で木下なんかは――
「もーデザインなんか収入印紙でよくね?」
と言いながら、頭を掻きむしっていた。
結局、利権議員が有識者を良くない手で黙らせて、利権議員の有権者に受けの良い、相手の星的にかなり悪趣味なデザインに落ち着いた。
僕は遠い目で――
「あれは本当にひどいデザインだった……」
それしか感想が出なかった。
他のメンバーも苦笑いを浮かべ、お先に、お疲れさまと退館していった。
***
ここは、とある小さな国の省庁の企画室内である。
この星が他の惑星との交易開始五十年という区切りの記念式典を、各国持ち回り順の関係で、自国が更新調印式の栄誉ある初担当国となる。
否が応でも予算も、式典に帯同する議員も無駄に多い。
更新調印式は相手の母船内で行い、両方の星へ同時中継される一大イベントだった。
調印式で交わされるのは、デジタルパネルを使用した調印文書を表示したものではなく、古式ゆかしい革の調印用ホルダーに、上質な紙とインクで更新調印様式を記載したものに、各代表の交易大臣が、ホログラムの美しい切手のような物を貼り付けた所に、自分のサインを記し、ホルダーを交換する。
交換したホルダーはデジタル保存される。
この仕様は、紙の文化がない相手の星の希望による。
ホログラム化された切手を
所変わればというものだろうか。
***
初めて惑星間戦艦に搭乗する大臣や議員達を見送った後、僕達企画室八人は〈本番〉の更新調印式に向けて、自国の地下にある神殿に移動していた。
場所は言えないが、地下深い所に緑の広がる公園があり、高さ十メートル以上の僕には懐かしい形のモニュメントがそびえていた。
その周りを、座れるような石が数十個円形に配置され、広さは高さ込みで直径二十メートル位だろう。太陽光のように柔らかい光が差し込んでいた。
モニュメントの手前には、祭壇のような石のテーブルがあり、その右奥にある木製の門扉に似せた転送ゲートから、星の外の星全体を掌握する総督が、護衛と一緒に出てきたところだった。
「ササカ様、ご足路いただきありがとうございます。こちらでお休みください」
「織垣、息災でなによりだ」
僕は、護衛に目配せしてササカ様をひときわ大きな石の椅子に案内した。
世界が交易する以前から、自国と星の外は関わりを持っていて、歴史は千五百年に遡る。
人の交流も活発で、星の外の人の仕様が人間とほとんど変わりないことも幸いし、国民に交じって数百年以上経っている。
磯部さんも三代前に星の外の人の遺伝子を継いでいる人間だった。
僕の両親は星の外の人だった。
こちらの本番の更新調印式は、五十年に一度の重要な秘事だった。
簡素ではあるが厳かに行われるのだ。
出席者は、自国から悠久の流れを汲む女性神官が一人と副官の男性神官が三人と儀式の補助をする使いが五人ほどである。
衣装は、古事に習い、簡素な麻で作られた衣を纏い、薄蒼いヒレが重力を無視して、神官の肩の上に浮かんでいた。
後は、専任担当となる企画室メンバーの八人である。
交易のきっかけが、UFOの墜落時、救出に携わった子孫との交流というのだから、公式記録のどこを探してもそのことの記載がないのは、お約束としておこう。
地上では、交易五十周年記念番組が、華々しく中継されているだろう。
本番で使われたホログラム印紙のデザインは、木本の案が通り、収入印紙を叩き台にした。
ササカ様はデザインにご満悦のようだった。
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