リーブ ザ ハウス

文字数 1,819文字

 日差しの届かない壁際に、アンティークのチェストがあり、人形が三体鎮座している。

 右から毛糸の髪に、赤いワンピースの作りがやや粗雑な女の子、真ん中はメタリックな躯体に滅茶苦茶な配色に塗られたロボット、左は手足が異常に長いのに首の短いキリンだった。

 ロボットの電源ケーブルだろうか、三体を絡めてチェストの端から垂れ下がっていた。

 真ん中のロボットの目が青く光り出し、少しだけ腕を上げ身じろぎすると、両サイドを眺める仕草をした。

「ねぇってば、起きてる? 起きてるなら返事してくれる?」
 ロボットは、やや高圧な物言いで返答を待っているようだ。

「はいはい、起きてますよ。ギムレット今日の調子はどうですか」
 ギムレットと言われたロボットは、右側に少しだけ顔を向けた。

「アレキサンダー、返答は一度でいいんだよ。設定がずれているよ」

「気まぐれで作られたから、性格設定は推して知るべしよ」
 色褪せたスカートの裾を直しながら、アレキサンダーはやり取りが楽しそうだった。

「アドニス、おい、アドニス寝坊だぞ」
 ギムレットはアレキサンダーの逆向きに顔を向けて、肘でキリンを突いた。

「荒っぽいな、ギムレット。とっくに起きているよ」
 アドニスと呼ばれたキリンは、手足をぶらつかせて起きていた事をアピールした。

 ギムレットは正面に向き直り、決意したように姿勢を正した。
「さて、明日はいよいよこの家を出る記念すべき日だが、それぞれ別の道を歩く事になるだろうし、僕から新天地でのアドバイスなど」

「あら、三人一緒って場合は考慮されないのかしら、なんだかさびしい」

 アレキサンダーの横槍で話の腰を折られたギムレットは、苛立たしげに身体を揺すった。
「アレキサンダー、君も見ていたなら分かっているだろう。僕達は別々にされるんだよ。悲しい事だけどこうやって話していられるのも明日の朝までだ」

 手足をぶらつかせていたアドニスが短い首をうなだれて溜息を吐いた。
「君たちはいいよ、俺なんて目も合わせてもらえなかった。こんな悲しい気持ちは理解できないだろうね」

 首を傾けて、不格好でうまく動かない腕を精一杯伸ばして、アレキサンダーはアドニスへやさしく語りかけた。
「そんなこと言わないでちょうだい。明日にならないと本当のところは分からいから、今は楽しい話しだけしましょうよ」

 ギムレットは無言のまま、埃が午後の日差しに光っていた。

「楽しい話しをしてよアレキサンダー、俺には何も浮かばない」
 アドニスはうなだれたまま手足も動かなくなった。

 アレキサンダーは姿勢を戻し、思案するように虚空を見つめている。

「アドニス、君が初めてこの部屋に来た時の事を思い出してごらんよ。圧倒的な勘違いで首と手足の長さが逆に作られて、そのおかげで随分可愛がってもらったじゃないか」
 ギムレットが思いのほか優しくアドニスに語りかけた。

「そうね、アドニスの一番人気は長く続いたもの」
 アレキサンダーが後に続く。

「そうだった、俺にもいい時期があったんだよ。想い出になっちまったけど大切にしまっておくよ」
「そう、それでいい」
「そうね」
 三体は無言になった。

 日差しは傾き、やがて月明かりが覗き込むように照らしていた。

「おやすみみんな、いい夢を」
 ギムレットの言葉にアレキサンダーとアドニスがおやすみと返し、寝息の代わりに静寂が部屋を満たしていった。

 日付が変わるタイミングでギムレットから音声が漏れて来た。

「エラー、エラー、再起動します」

 固い音声で呟くと、徐に立ちあがった。

 アレキサンダーとアドニスとケーブルで繋がっていて、完全に立ち上がる事が出来ず、多少もがいてから、諦めたように座り直した。
 
 赤く点滅していた両目が青く変わり、硬い音声が告げた――
「再起動、連動機能完了、スリープモードに移行します」
 部屋は再び静寂に包まれた。

 ***

 午後の日差しが使い古した絨毯を照らし、薄っすらと埃を纏った床は人の出入りが久しく、窓に掛けられたレースのカーテンもすっかり黄ばんで、美しい模様が台無しだった。 

「ねぇってば、起きてる? 起きてるなら返事してくれる?」

 ギムレットの問いかけから、一日が始まった。

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