ザ ボイド

文字数 2,593文字

 地球の時間で何年経ったかなんて、どうでもよくなる程遠くへ来ている。

 帰る頃には知り合いなんて、一人も残っちゃいないだろうし、身分保障も本当はどこまで担保されるのだか怪しいものだ。

 好きなものを許す限り動画、ゲーム、書籍、音源を個人ストレージに満たし、この貨物船に乗ったのが三十年前になるだろうか。

 交代で冬眠状態に入り、五百メートル級の貨物船と護衛艦三隻をたった五十人位でコントロールしている。

 その他大勢として三百人ほどいるが、全てアンドロイドだった。これまで実質六年しか業務を行っていない。
 十人交代で二年起きて八年冬眠してを繰り返す。
 
 現在別の銀河を航行中で、地球時間ではそろそろ七十年位経っている。

 私は貨物船の操舵系の担当で、今はモニターを睨んでいた。
 
 冬眠している間の担当が、銀河間をジャンプする際に、軽微な座標の修正を余儀なくされる事態に遭遇していた。
 航路にない小惑星の接近は、その影響により地球時間にして十年もの遠回りを発生させ、護衛艦を一隻失っていた。

 私はこの事故で、システムエラーにより無理矢理起こされてしまったのだ。
 対応に半月程かかり、私達の旅程は想定の範囲内という損失を理解しつつ、冬眠に入る前、散った護衛艦に乗艦していた仲間を偲んだ。

「後三時間で交代時間ですが、ひと息入れますか」
そう話しかけるのは、アンドロイドのタオだ。

 私は少し考えて――
「そうね、平穏そのものだし、あとはマザーコンピューターにまかせちゃえ」
 お手上げポーズの私に、タオは笑顔で席を立った。

「お茶の時間にしましょう。私のとっておきを煎れますよ」
「ありがとう」

 私はモニターから視線を外し、座席上で身体を伸ばした。
 程なくお茶の香りが操舵室に漂い、お茶菓子でも探そうかと席を立ったところだった。

「ちょっといいかな?」
 緊急通信を入れて来たのは、アミュレットという積み荷の管理を行っている天を突きそうな体躯をした大柄な男だった。

「はい、どうしましたか」
「それがな、積み荷の部屋で一瞬なんだが人間以外の生体反応をキャッチしたんだ。今データを送ったから確認してくれないか」
「分かりました。あっこれですね」

 私は受け取ったデータを見たが、システムの想定内アラートとも取れる。
 マザーも許容範囲内のエラーだと回答していた。

 生体反応はコンマ一秒――これを異常と言う根拠の説明をアミュレットに求めた。
 モニターで困惑顔をしている様子から、彼の第六感が囁いているのだろうと思っていた。

「俺達が起きてから一年経ってるよな、でだ、前回とちょっと違わないか? 何て言うか……思念の気配を感じるんだよ」

 彼の精神状態はクリーンだ。マザーが冬眠中を含めたクルー全員のメディカルチェックも毎日行っている。
 閉鎖空間で精神異常を起こす確率は格段に上がるから、ストレスチェックと解消はセットなのだ、因みに私はひたすらお菓子を作る。
 アミュレットはプラモデルを作るのである。
 他にも犯罪に繋がらない範囲でストレス発散プログラムは用意されていた。

「その信頼度は?」
「満点」

 アミュレットは顎をかきながら視線を落した。
 私は非科学的なことには懐疑的だが、こういう〈カン的〉なことは無碍にはできないと身に染みているので、対応の準備をする。

「分かったわ、走査プログラムを船内にかけましょう。皆には伝えておくから、そうね、準備があるから三十分後にスタートする」
「ありがとう、取り越し苦労な事を願うよ」
「私もよ。じゃ」

 通信を切ると、お茶が目の前に差し出された。
「あなたなら、飲みながらでも出来ますよね」
 お茶目に笑うタオに笑顔で返し、お茶で喉を潤すと視線をモニターへ向けた。

「これより私、カナルが音声認識モードにより、船長権限で走査プログラムスタンバイを宣言する。対象は船内全域と人間全て、開始を三十分後とし結果をリアルタイムで表示、異常対象を隔離、不可な場合は排除としサンプルを回収する。これは護衛艦も含める事とする」

 モニターにスタンバイアラートが表示され、護衛艦と他の担当からも了解の返答が来た。
 実際の走査は三十分程度でその間人間要員は安静とし、業務はアンドロイドと人間の分はマザーが受け持つ。

「開始五秒前、カウントダウン開始、四、三……」

 機械音声のカウントダウンから走査プログラムが走り出した。
 各船尾から区画によって順番に完了個所は正常ならグリーンに塗りつぶされる。
 都合三つのモニターを操舵室の椅子から眺めていた。

 順調に進み、異常なしで走査は終了した。

「みんな、異常無しよ。ご苦労さま」
 各船から通常業務へ移行した連絡を受け、私は椅子に深く腰掛けた。
 
 もう異常は出ない。

「タオ、航行座標を、太陽系地球の月の裏へ」
「はい、カナル」

 タオが固い声で応じた。
 これまでの人間的振る舞いは失われ機械らしくなった。

 私はモニターに向かって言った。

「はい、みんな! 私達に片道切符を押し付けた奴らに思い知らせてあげましょう」
 船内と護衛艦から歓声が上がっている。

 船の積み荷は地球上で処理出来ない科学物質だった。

 それは、敵対する別の銀河にある惑星との和平条約締結の条件として、一定数の地球人を差し出す対価に、地球上で処理不可能な科学物質を敵対惑星で処理してもらうという恐ろしい密約だった。

 クルーは優秀だが犯罪歴がある者、或は生きていられると不都合な者達だ。
 
 船は星間友好条約のため輸送がメインで、人間が乗船しない情報だったので地球まで戻すつもりが元々無い。

 私はこの事をアクシデントで起こされた混乱時、システムを復旧する過程でマザーの中から見つけたのだった。

 マザーに隠れてウイルスを作成し、信用出来るクルー達と情報を共有した。
 記憶の一部を操作され積み荷は科学物質だが、危険はないものだと認識させられていたし、何より私自身がマザー級のコンピューターを制御下に置くことを得意とした政治犯だった事を忘れていたのだから。

「航行偽装完了、これより地球へ戻ります」
 マザーの声が操舵室に流れていた。

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