第3話 人間・ダチョウ・大渋滞

文字数 1,153文字

 本会議場は白熱していた。
 冷房は効いているはずだが、誰もが額に汗を浮かべている。
 アブドゥル議長はもうすっかり気持ちが萎えていた。平行線とはこのことだ。どっちでもいいからさっさと決めてくれ。
「これだけの損害が出ているんです! なぜおわかりにならないんですか!」
「損害も何もありません。どんな理由であれ、ダチョウを傷つけることは許されません」
「人間よりダチョウの命のほうが大事だとおっしゃるんですか!?」
「どちらも共に尊いものです。比べることはできません」
「ですから! ダチョウのせいで人が死んでいるんですよ!」
 この国ではダチョウは神聖な生き物とされている。ダチョウが道路を横断する際、車は待たなければならない。万が一轢けば重罪、悪意が認められれば死罪まである。
 多くの人にかわいがられ、観光資源の一つにもなっている。が、近年、いささか増え過ぎた。ダチョウの横断待ちによる大渋滞が各地で深刻な問題となっている。
「経済的な損失は認めます。けれど、渋滞が直接的な原因となって人が死んだというエビデンスは?」
「経済が止まれば死人は出ます! その程度の想像力もないんですか!」
 立体道路はまだ主要都市の駅前にしかない。しかも厄介なことに、ダチョウは気まぐれに立体道路の上にまで登ってくる。
「駆除すべきです!」
「アンジェロ議員、発言は慎重に……」
「ダチョウを駆除すべきです!!」
「これは大変だ。議長、お聞きになりましたか。アンジェロ議員はたった今、聖典に背く発言をなさいました」
 実際のところ、国全体の信仰心は薄れてきている。教会に来るのは老人ばかりで、若者は皆スマートフォンを携えて先進国の遊びをしている。
 だが、与党は守旧派であり、聖典の教えを守ることを最重要の公約としている。
 実は与党の議員たちも内心、このままダチョウを放っておいてはまずいということはわかっているのだが、公約として掲げている手前、折れるわけにはいかないのだ。
「アンジェロ議員を裁判にかけねばなりませんな」
「アベドゥラ議員! 現実をご覧になってください! いいですか! 聖典が作られた頃、ダチョウはこんなにいなかったんです! 状況が変化しているんです! 対応せねばなりません! 何のための国会ですか! 我々の務めは国民を守ること! 違いますか! このままではダチョウによって国が滅ぼされてしまいます!」
「それならそれで……」
 神の思し召し――と、アベドゥラ議員が発言しようとした時、本会議場の分厚いドアが開け放たれ、大量のダチョウがなだれ込んできた。
 アベドゥラ議員は悲鳴を上げて逃げ出したが、敬虔なアルマーニ議員はダチョウに踏み潰されるその瞬間まで、聖典を手放さなかったという。

 (了)
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